仕込みの最終段階 その1

 タレと油を手にして戻ると、フランシスが野菜の盛りつけを終えたところだった。

 大きめの皿の上にネギとニンジンがきれいに並んでいる。

 

「ありがとうございます。手際がいいですね」


「そうっすか? いつもこんなもんですよ」


「おおっ、それはすごい」


 想像の域を出ないが、城の調理場には厳しい側面があり、その分だけ技術が身についているのだと判断した。

 俺よりも若いはずだが、フランシスに敬意を感じるような心境だった。


「この先は手伝ってもらわなくても大丈夫ですけど、持ち場に戻りますか?」


「いや、今は調理場は動いてないんで、ここで料理ができるところを見たいっす」


「それじゃあ、そのままいてもらっていいですよ」

 

 俺がそう伝えると、フランシスはうれしそうな表情を見せた。


 あとは鉄板と焼き台の仕上がりを確かめて、タレの調整をすれば準備完了だ。

 フランシスの参考になるような場面があればいいが、カタリナに万全の状態で食べてもらうことに集中したい。

 

 火加減の調整に時間がかかるので、鉄板の状態を確かめるのを優先しよう。

 

「今から鉄板で肉の試し焼きをするので、手伝ってもらえますか?」


「もちろん!」


 フランシスは常に積極的な姿勢だった。

 肉の切り落としをトレーに乗せるように指示すると、流れるような動作で移し終えた。

 それから、二人で協力して包丁とまな板を片づけた。


 調理器具の整理が済んだところで、テーブルの上に焼き台を移動した。

 さらにその上に鉄板を置いた後、焼き台の空洞にサスペンド・フレイムで火を入れた。


 鉄板の厚みがうちの店とほぼ同じなので、火力はいつもと同じにしておく。

 ある程度熱が伝わったところで、持参した油を薄く引く。


「ホントに珍しい調理法っすね」


「同じような食べ方を他で聞いたことはあります?」


「いや、聞いたことないですよ」


 フランシスは即答だった。  

 

 鉄板が徐々に加熱されていった。

 俺は調理用のトングを使って、牛もも肉の切り落としを鉄板に乗せた。

 肉の焼ける音がして、美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

「うーん、鉄板が新品だから、火の通りが微妙に早いような……」


 王都の鍛冶職人はこだわりが強そうなので、純度の高い鉄材で熱伝導に優れている可能性もありえる。

 ひとまず、焼き台の中心を覗いて、サスペンド・フレイムの火力を弱めた。


「けっこう繊細な作業っすね」


「いつもはここまでしなくていいんですけど、今回は自分の店ではないので」


「そりゃたしかに」


 フランシスはこちらの説明に納得しているようだった。


 すでに火の通った肉を空き皿に移して、生の状態の肉を鉄板に乗せた。

 じっと眺めていると、一度目よりもゆっくりと火が通っているのが確認できた。


「とりあえず、いつもよりも弱めがいいってことだな」


 俺が納得していると、フランシスが声をかけてきた。


「これで完了っすね。次は何をしますか?」   


「あとはタレの味見が必要です」


「この焼けた肉で味見は?」


「そうか、その方が早いですね」


 当初は舌先で確認するだけのつもりだったが、出す予定の肉と同じ部位なので、味見には打ってつけだと気づかされた。

 一人で作業するよりも助手がいた方が利点は多いみたいだ。


 俺がタレの入った容器と岩塩入りの袋を用意すると、フランシスは二本のフォークと数枚の小皿を持ってきてくれた。


「心配しないでください。カタリナ様に使うための立派な皿は選んでないっす」


「ああっ、どうも」


「そのタレ、自分も味見しても足りそうですか?」


「たくさん用意があるので、一緒に試してみましょう」


「はい!」


 俺はしょうゆ風調味料にドライデーツが浸かる液体を二枚の小皿に注いだ。

 塩の味も知っておいた方がいいと思い、別の二枚の小皿には細かくなった岩塩を入れた。


「いい肉だ、美味そう」


 フランシスは焼けた肉をフォークに刺した後、しみじみと言った。

 この部位を高級感で選んだわけではないが、それなりに値が張る肉だった。 


「それじゃあ、タレと塩のそれぞれ、味見しましょう」


「はいっす」


 俺とフランシスはそれぞれに口に運んで、肉を噛みしめた。

 タレの方は何か物足りない感じがしたが、塩は高いクオリティを感じた。


「……マルクさん、正直に言ってもいいですか」


「ええ、どうぞ」


「塩の方は完璧で何も手を加えない方がいいっす。タレはいい仕上がりだけど、もう少しアクセントをつけた方がいいんじゃないかと」


 フランシスは遠慮がちながらも、まじめな口調で伝えてきた。

 俺も同じ意見だったので、確信が持てた気がした。


「何かスパイスか、甘みもしくは塩味を足すか……」


「ちょっと待っててもらっていいっすか。調理場から使えそうなスパイスを持ってきます」


「いいんですか?」


「それぐらいのことなら、何も言われないっすよ」


 フランシスは言い終えると、調理場に向かっていった。


 彼をただ待つのは時間がもったいないので、タレの味を再確認することにした。

 肉の切れ端にタレをつけて食べてみると、たしかに少し物足りない感じがする。


 俺とフランシスでスパイシーにした方がいい点は共通しているので、彼が持ってきてくれるもので、調整が上手くいくことを願うばかりだ。

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