フランシスとの連携

 野菜はフランシスに任せるとして、こちらは肉の準備に取りかかるとしよう。


 牛もも肉の塊は、精肉店の店主が刻んでくれたおかげで、複数に分けられていた。

 その中から一つを手に取り、まな板に乗せた。

 

 火の通りや焼き加減を計算した上で、厚みや大きさを考えた方がいいだろう。

 

「……鉄板はうちの店のとほぼ同じとして、後で試し焼きもしないといけないか」


 店を始めた当初は手探りで肉を切っていたが、今では「このぐらいに切れば大丈夫」という感覚が身についている。


 数日間、ジェイクと行動を共にして、彼の技術を参考にできた部分も大きい。

 肉自体は多めに用意してあるので、まずは大まかに切ることにした。


 俺はまな板の上に肉を乗せて、包んでいる薄紙を取り除いた。

 利き手で包丁を握り、反対の手を肉に添える。

 最初に切れこみを入れた瞬間、あまりの切れ味に驚いた。


「うわっ、これはよく切れるな」


 対応すべきことに追われて気づかなかったが、しっかりと研がれていた。

 切れない包丁では断面の見映えが悪くなるので、「大臣に出す料理」であることを考えればプラスな要素だった。


 小さめの塊の状態から、幅の広い長方形になるように切り分けていく。

 今回は城に招かれて出す料理である以上、切り落としにするわけにはいかない。

 緊張はほとんどないと思っていたが、気づけば包丁を握る手に力が入っていた。

 

 一枚ずつ切り分けて、まな板の端に置いていく。

 集中して作業を続けると、十枚以上の完成形が重なっていた。


「ふぅ、だいぶ集中したな」


「あのー、マルクさん。野菜の確認いいっすか」


「ああっ、ごめんなさい。気づかなくて」


「いや、大丈夫です。集中されてたし、肉を切る作業は邪魔できないっすよ」


「お気遣いどうも」


 フランシスは洗い終えた野菜をカゴに入れて持っていた。

 どれもきれいに洗い流してあるように見えた。


「洗いは十分だと思います。あとは切り方ですね」


 俺はネギとニンジンを一本ずつ手に取って、まな板の上に乗せた。

 大きさの見本にするためにフランシスに見せておく。


「鉄板で焼くので、煮こみ料理みたいに厚くしすぎないようにお願いします」


「はい」


 ネギとニンジンをそれぞれ、一口で食べられる大きさに刻んだ。

 これまでの経験が焼き野菜の切り方にも生きており、火の通りと食感のバランスを覚えている。


「大臣一人が食べるには多めに見えますけど、洗った分は全て切ってもらっていいです」


「うっす、分かりました!」


 フランシスは必要な道具を手にすると、別のテーブルでネギを切り始めた。

 俺よりも手際のいい動きに、苦笑いしてしまいそうだった。

 助手の彼の方が技術に関しては上回っている。   


「――よしっ、自分にできることに集中しよう」


 これで肉を切り分けられたので、皿に盛りつけておきたい。

 しかし、調理用のトレーみたいなものはあっても、焼く前の肉を乗せる皿も取り皿も見当たらなかった。

 離れた椅子にブルームが腰かけているので、彼に頼むとしよう。


 ブルームのところへ歩き出したところで、どこからかアンがやってきた。

 その両手には何枚かの重ねられた皿が握られている。


「失礼します。こちらをお使いくださいー」


「ありがとうございます!」


 アンはテーブルのところまで来ると、邪魔にならないところに皿を乗せてくれた。


「皿がほしいことがよく分かりましたね」


「お城の窓からこちらの様子が見えて、必要かと思いまして」


「ははっ、アンはできたメイドだろう」


 いつの間にかブルームが近くに立っていた。  

 誇らしげな様子でアンを賞賛している。


「たしかにそうですね」


「お褒めにあずかり、うれしく思います。わたくしは城内の業務に戻ります」


「アンよ、メイド長は厳しくないか? 何かあったら相談してくれ」


「いえ、メイド長はお優しい方ですよ」


「そうか、それならよいが」


「では、失礼します」


 アンはペコリと一礼して、この場から離れていった。


「メイドはアンさんだけじゃないんですね」


「うむ、そうだな。数人のメイドとその上にメイド長がいる」


 この城で初めてメイドを見たわけだが、メイド長がいるというのも興味深い。

 城内にアンのようなメイドが何人もいる光景を想像すると、不思議な感覚を覚えた。


 さて、気を取り直して作業を続けよう。


 俺はアンの用意してくれた皿を手に取って、まな板の近くに置いた。

 その上に丁寧に切り分けた肉を乗せていく。


 切るのと同じく、盛りつけもジェイクの見よう見まねで成長した気がする。

 平らに横並びという味気ないやり方ではなく、立体感のある並べ方にした。


 これで肉の準備ができて、野菜はフランシスに任せてある。

 そろそろ、タレを取りに行った方がいいだろう。


 俺はブルームに一声かけてから、早足で客間に向かった。

 

 外庭から城内につながる扉から廊下に出た。

 城の中を何度か歩いたこともあり、道順はだいたい覚えている。

 客間に向かって歩いていると、部屋が見えてきた。


 足早に近づくと、扉を開けて中に入った。

 アンが整理してくれたようで、何となく整頓されているような感じがする。

 目当てのものは同じ場所から動いていなかった。

 

 俺はタレにするために漬けておいた、しょうゆ風調味料とドライデーツが入った容器を手に取った。

 それ以外に鉄板に引く油が入った瓶を荷物から取り出した。


 他に必要なものがないことを確かめてから、客間を出て外庭に向かった。

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