市場での仕入れ

 市場の近くまで来ると、人の流れや活気の様子でどの辺りにあるのかが分かった。

 そのまま歩いたところで、露店が延々と軒を連ねる場所があり、そこが市場だと気づいた。

 今は昼前の時間帯ということもあり、人の数は落ちついているようだが、それでもバラムの市場よりも混雑しているように見える。

  

「地図の雰囲気で広いのは分かったけど、すごい規模だな」


 ブルームに聞いていた通り、バラムの市場よりも面積が広そうだった。

 地図を参考にしながら、まずは回ってみるとしよう。 

 

 最初に見えたのは青果店が並んでいる一角だった。

 色とりどりの果物や野菜が陳列されていた。

 見たことのない商品が売られており、興味をそそられそうになる。


 俺は市場の中を歩きながら、青果店の様子を見て回った。

 とりあえず、購入を決めるのは肉の調達が済んだ後でいいだろう。

 

 ブルームから受け取った地図は取り扱い商品ごとに分けられているが、「青果店」、「精肉店」のように各エリアの名前しか書かれていない。

 そのため、実際にどんな商品があるかは足を運んで確かめる必要があった。


 青果店を一通り確認できたところで、地図を眺めて精肉店がある方へ移動した。


 実際にその場に来てみると、規模の大きさに驚いた。

 こちらもバラムの精肉店よりも軒数が多い。


「目移りしそうだけど、まずは様子を見るとするか」


 俺はゆっくりと歩きながら、各精肉店を横目で眺めた。

 鮮度は店によって多少の違いがあるものの、どの店も質の高い肉を置いていた。


 この世界ではイノシシの家畜化は行われていないため、豚肉は取り扱いがない。

 軒先に並ぶのは牛肉と鶏などの鳥肉が主だった。

 

 店の観察をしながら一周したところで、途中で気にかかった店の前に戻った。


「いらっしゃい。何をお探しで」


 俺が店の前に立つと、精肉店の店主は陽気に声をかけてきた。

   

「新鮮でおすすめの牛肉はどれですか?」


 焼肉の説明は時間がかかるので、ざっくりとした話から始めた。


「うちの肉はどれも鮮度に自信ありだけども、今日のおすすめはこのブロックだね」


 店主は棚に並んだ中から、牛肉の塊を手に取った。

 部位の説明はないが、見た目からもも肉だと判別できた。

 

「なるほど、脂と赤身のバランスが最高ですね」


「お客さん、肉を見る目があるね!」


「ええ、まあ」


「これを丸ごと火で炙(あぶ)ると美味しいんだよ」


 豪快で面白い食べ方だが、それだと鮮度の良さを活かしきれない気がした。

 それにローストビーフが作りたいわけではない。 

 

「あれ、その腕章はもしかして、城の料理人とか?」


「城仕えの料理人ではないですけど、大臣に料理を振る舞う予定で」


「おおっなんと、カタリナ様にか。そいつは光栄なことだ。安くしとくよ」


 店主はいい気分になったようで、表情がさらに明るくなった。


「ちなみに、城宛てに請求してもらうことはできますかね」


「全然、大丈夫。この大きさだと荷物になるだろうから、好きな時間に配達するよ」


「それは助かります。他にも見るものがあるので、後からまた来ます。その部分は取っておいてください」


「あいよ。それじゃあ、また来てくださいな」


「はい、また後ほど」


 俺は精肉店の前を離れて移動を始めた。

 地図を確認して、今度は食料品を扱う店が集まるところへ向かった。


 その場に足を運んでみると、ここも他の場所と同じようにバラムよりも規模が大きかった。

 取り扱い商品の種類も多く、目を引くものがいくつも並んでいる。

 

 ドライフルーツ、香辛料、色んな種類のソルサ――ウスターソースに似た調味料――など。

 タレを作るのにバリエーションが広がりそうなものがたくさんだった。


「――あんた、城仕えの料理人なのか? ここらじゃ見ない顔だな」


 色んな店を見比べていたところで、塩や香辛料を取り扱う店の店主が声をかけてきた。

 飾らない口調と素朴な雰囲気で、親しみやすい人物だと感じた。

 

「いえ、城仕えではないんですよ。大臣に料理を振る舞う予定で」


「ほう、カタリナちゃんに。そいつは難題だな。城の調理場の話では、幼い頃から美味い料理を食べてきた影響で、十代にしては舌が肥えてるってな」


「……なるほど、そういうことだったか」


「うんっ? 何かあったか」


「いえいえ、こっちの話で」


 ジェイクが俺の店に来た流れやブルームが焼肉を食べさせたがった経緯が理解できた。

 世間話はこれぐらいにして、調理関係の話をしておこう。


「塩の種類が豊富ですけど、岩塩が中心ですか?」


「いやいや、侮ってもらっちゃ困るよ。海水を干した天日塩、釜で炊いたせんごう塩もあるから」


「言われてみれば、たしかにそうですね」


「味見してもらってもいいんだが、そのままだとしょっぱすぎるからな。これに付けて食べてみなよ」


 店主が取り出した小皿の上にスティック状のニンジンが転がっている。

 その傍らには粉末状のさらさらした塩が小さな山になっていた。


「これは俺っちのおやつなんだが、味見にちょうどいいだろ」


「それじゃあ、遠慮なく」


 一本のニンジンスティックを手に取り、小皿の塩に付けてから口へと運ぶ。

 単にしょっぱいだけでなく、奥行きのある旨味が口の中に広がった。


「これはいい! 種類は何ですか?」


「そいつはなぁ……採取地は秘密。まあ、岩塩だ」


「砕くのが大変そうなので、細かくなったものを一袋ください」


「よしっ、分かった。加工の手間賃はサービスしておくよ」


「あと、代金を城へ請求してもらうことは可能ですか?」


「それも問題ないな。まだ、市場を回るつもりなら荷物になるだろうから、この後に配達しておくよ」


「ありがとうございます」


「毎度あり。カタリナちゃんに負けんなよ」


「味に自信はあるので、できる限りのことはやるつもりです」


 俺がそう答えると店主がうれしそうに笑みを返した。

 塩焼肉以外にタレも用意したいところだが、まずはいい塩が手に入ってよかった。

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