城下町の地図

「肉を焼くから焼肉というのはよいが、鉄板や材料はどうするつもりじゃ?」


「それでしたら、鉄板は街の鍛冶屋に、肉などは市場で購入可能かと」


「さすがじゃな、ブルーム。そこまで計算しておったのか」


「いえ、身に余るお言葉です」


 俺がカタリナの質問に答えるべきかと思ったが、ブルームが対応してくれた。

 事前に彼から、必要なものは王都の街で揃えられると聞かされていた。


 ただ、全て揃えるとなると、なかなかのコストになりそうだ。

 まさか、自腹ということはないだろうが、カタリナやブルームの意見を聞いた方がいいだろう。


「して、マルクとやら。その格好では一般人と見分けがつかぬ。城への出入りが許可されていると分かるように、あれをつけた方がよいのう」


「……あれとは何でしょう?」


「わしが持ってくる。少し待ってくれ」


「分かりました」


 ブルームは部屋を出てどこかに向かうと、足早に戻ってきた。

 その手には何かが握られている。


「カタリナ様が言われたのはこれだ。早速、身につけてもらえるか」


「あっ、はい」


 ブルームが腕章のようなものを差し出した。

 無地の布に紋章のような絵柄が紺色で描かれている。

 バラムの町では見かける機会が少なく、それがランス王国の紋章を意味することに気づくまで時間がかかった。


「それがあれば、ランス城が認めた者である証明になるからのう。仕入れにかかった費用は城に請求するように言うのじゃ」


「ありがとうございます」


 俺は装着した腕章をしげしげと眺めた。

 これがあるだけで、支払いフリーになるとは便利な代物だ。

 

「マルクよ、腕章は外さないようにな。わしがいなくても城を出入りできるぞ」


「なるほど、分かりました」


 ブルームの言うように、俺だけでは衛兵に呼び止められる気がした。

 暗殺機構の影響を考えれば、見ず知らずの人物が警戒されてもおかしくはない。


「その腕章は余の魔法の師匠の発案なのじゃ。師匠の名前はカタナ……、カタリナは余の名前だな。ブルーム、覚えておらんか?」


「聞いたことがありませんな。わしがカタリナ様に側仕えする前の話でしょう」


「そうか、師匠は元気にしておるかのう」


 カタリナはどこか遠くを見るような目をした。

 魔法の師匠がいたということは、彼女も魔法が使えるということか。


「さて、補助に付き人をつけることもできるが、どうする? どこで何が手に入るか分かるように地図を渡すから、一人でも問題ないはずだ。好きな方にするといい」


「うーん、そうですね……」


 ブルームの提案はありがたいものの、すぐに答えが出なかった。

 一人では荷物を運びきれないが、初対面の人間が仕入れに同行するとやりづらい気もする。    


「ちなみに市場で買ったものを、城へ配達してもらうことは可能ですか?」


「店にもよるだろうが、可能だと思うぞ」


「それでは一人で行きます。あと、地図をお願いします」


「よしっ、分かった。地図の場所は……どこだったか。すまぬが、街の地図を探してきてくれ」


 ブルームは部屋に控える兵士の一人に声をかけた。

 兵士は短く返事をして、そそくさとどこかに向かった。


「そのうちに戻ってくるだろう。あとは大丈夫そうか?」


「……あと、焼肉は火を使うので、屋外で料理できる場所を使わせてください」


「それなら問題ない。城内の庭園を使えるようにしておこう」


「ええと、あとは大丈夫か……これで、一通り確認できたと思います」


 俺とブルームが話していると、先ほどの兵士が折りたたまれた紙を持ってきた。


「ブルーム様、街の地図はこちらです」


「うむ、手間をかけたな」


 兵士はブルームに紙を手渡すと、元いた位置に戻った。


「この地図で迷うことなく、街を散策できるはずだ」


「ありがとうございます」


 俺はブルームから地図を受け取った。

 開いて中を見ると、街の様子が細かく書かれていた。


「早速、仕入れに向かってもいいですか?」


「余は構わぬ。焼肉を楽しみにしておる」


「貴女(あなた)のご期待に沿いたいと思います」


 俺は言葉を返してから、カタリナの部屋を後にした。


 少し進んだところで、城内が複雑な通路になっていることを思い出した。 

 誰かにたずねようと思ったところで、ブルームがやってきた。


「城を訪れるのが初めてならば城内で迷うだろう。わしが出口まで案内しよう。戻った時は兵士に案内を頼めばいい」


「お願いします」

 

 俺はブルームに先導してもらいながら、城の中を歩いて外に出た。

 前を歩いていたブルームは、城門の近くで立ち止まった。

 

「お主の故郷からここまで、強引に連れてきてしまったが、お主の気の向くままにやってくれ。わしが食べたのと同じ味なら、大臣はお気に召すはずだ」


「分かりました。食材さえ揃えば、やれると思います」


「その意気だ。では、頼んだ」


「はい」


 俺は城門を通過して、城の敷地を離れた。

 そこで一旦、城内でもらった地図を開いた。 


「……現在地がここで。ここからしばらく歩くと市場か」


 工房で鉄板と焼き台を用意したい気持ちもあるが、一番最初に肉のことを見ておきたい。

 王都の規模感からして、品揃えは充実しているだろう。

 あとは鮮度と肉の質が気になるところだ。

 

 立ち止まって必要なものを考えた後、地図を片手に歩き出した。

 城の前から少し離れたところに、レジナール通りがあった。

 この通りは民家らしき建物が中心で、店の類(たぐい)はほとんど見当たらない。

 

 レジナール通りを通過して直進を続けると、市場手前のモントレー通りに入った。

 街の中心部に近いため、通行人の数が徐々に増えていた。


 俺は道の脇に立って、地図を再確認した後、市場に向かって歩き出した。

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