魚料理と旅立ち

 岸壁には新鮮な魚が入った木箱が並び、漁師たちの活気のある声が響いていた。

 しばらくして、魚の水揚げが落ちついたところで、ランパードが声をかけてきた。

 

「あんたたちのために獲れたての魚を選んできた。これをあそこの店に持っていけば、美味しく料理してくれる」


「ありがとうございます。おおっ、すごい! 立派なタイとヒラメ、青物まである」


 ランパードに差し出された箱の中には、活きのいい魚が入っていた。

 俺とランパードが話していると、リリアが近づいてきた。


「こんなに新鮮な魚を見るのは初めてです」


「これぐらいしかお礼ができないから、よかったら受け取ってくれ」


「ええ、もちろん」


「それじゃあ、おれは作業が残っているから、失礼するぜ」


 ランパードは漁船のある方へ戻っていった。

 海の男の背中はたくましく見えた。


「それじゃあ、ランパードに聞いた店に魚を持っていきますか」


 俺たちは紹介された店へと移動した。


 二階建てで年季の入った雰囲気の外観だった。

 夕食時には早い時間だが、すでに店はオープンしていた。


 まずは先頭のブルームが店の扉を開けて中に入った。

 続いて、リリア、俺の順番で店に入る。


「いらっしゃい! その魚はどうしたんだい?」


 リリアが手に持った木箱を見て、店主と思しき男が驚いた様子を見せた。


「漁師のランパードさんから頂きまして」


「そうか、漁ができなくなったと聞いたけれど、再開されたのか」


「ええ、そうです」


「そいつはよかった。その魚は美味しく料理するから、ちょっと待っておくれ」


「はい、お願いします」


 男はリリアから木箱を受け取ると、調理場の方へ向かった。

 他のお客は見当たらず、俺たちは空いていた席に腰かけた。 


「まさか、こんなことになるなんて、思わなかったですよ。無事に解決してよかったです」


「その通りだな。ジャレスという名は初めて聞いた。この島に留(とど)まっているようだから、他の地域で知られることはなかったと」


 ブルームはそこまで言い終えたところで、気を取り直したように口を開いた。


「王都で高位の魔法使いを探すのはそこまで難しくはない。そこまで深刻に考える必要もないだろう。せっかくの機会だ、レアレス島の魚料理を楽しもう」


 俺たちが雑談をして待っていると、料理の乗った皿が運ばれてきた。


「お待たせ。まずはヒラメのカルパッチョだ。魚が新鮮だから、絶対に美味いよ」


「すごーい、身が輝いていますね」


「おおっ、盛りつけがきれい」


「ふむっ、これはなかなか」


 俺たちはそれぞれに感嘆の声を上げた。


「まだ、他にもあるから、楽しみにしててな」


 男は再び調理場に戻っていった。


「それじゃあ、食べるとしますか」


「はい!」


「こんなに元気なリリアを見たのは初めてだ」


 俺たちはナイフとフォーク、取り皿を手にして、カルパッチョを取った。

 フォークに刺したヒラメの身は弾力があって、新鮮さを感じた。

 ゆっくりと口の中に運ぶと、ソースのさわやかな酸味の後に白身の甘みがした。


「これはおいしい!」


「新鮮な魚って、こんなにも美味しいのですね」


「レアレス島の魚がここまでとは、ううむ……」 


 俺たちがじっくり味わっていると、次の料理が運ばれてきた。

 温かい料理のようで、湯気と匂いが漂ってくる。


「ははっ、美味いのは魚だけじゃなくて、オレの腕もあるんだぜ。次はタイのアクアパッツァだ」


「これまたすごい料理が……」


「カルパッチョに感動していたのに」


「まだ始まったばかりだというのか」


 レアレス島の魚料理の洗礼を受けたような心境だった。

 美味しい食事を味わう夜はまだまだ続きそうだ。




 翌朝。俺は領主に用意された宿で目を覚ました。

 庶民的な民宿のようなところだった。


 身支度を整えて、食堂で朝食を済ませた後、宿を出た。


 宿は港のすぐ近くにあるため、目の前にはいくつか船が停泊していた。

 時折吹くそよ風が潮の香りを運んでくる。   

 周りの景色を眺めていると、ブルームがやってきた。


「マルクよ、昨日の料理は盛大だったな」


「おはようございます。たしかにそうですね。なかなか食べられない量でした」


「ところで、ジャレスの件で気になったんですけど、他の地域で同じようなことはあるんですかね」


「ふむ、どうだろうな。村長や領主を操るような悪魔がいるなどということは、この島に来て初めて知った。とはいえ、わしの知る全てが世界の全てではない。ランス王国以外も含めれば、同じようなことはあるかもしれんな」


 ブルームは言葉を選びながら話しているようだった。

 彼の言うように、広大な世界に同じような存在がいてもおかしくないと思った。


「――お二人とも元気ですね」


 ブルームに続いて、リリアがやってきた。

 気のせいかもしれないが、いつもと様子が違うように見える。


「おはようございます。なんだか、昨日と雰囲気が違いますね」


「ええ、昨日は魚料理を食べすぎました」


「ああっ、それで」


 リリアは少しテンションが低かった。

 昨日、最も多い量を食べたのは彼女だったので、そうなってもおかしくはない。


「リリアよ、気の毒にな。ところで、定期船はそろそろ出る時間だったか」


「昨日、聞いた感じではそうですね。船着き場まで移動しておきますか」


 俺たちは定期船に乗り降りする場所へと歩き出した。

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