領主による漁業禁止令

 コルヌからの定期船は追い風を受けて、レアレス島の港に向かっていた。

 入港のタイミングが近づくと、船員が帆を素早く収納した。

 減速した船は二つの桟橋の間に入り、岸壁の手前に停泊した。

 

「――お待たせしましたっ! レアレス島に到着です。足元が揺れるので、気をつけて下船してください」


 船長が到着を高らかに告げた。

 定期船というよりも観光船のような見送り方だと感じた。


 俺たちは船内の椅子から立ち上がると、順番に船を下りた。

 続いて桟橋から岸壁へ渡ると、港周辺の通りには民家や商店などが目に入った。


「離島なのに栄えていますね。何か利益を生むような産業があるのでしょうか」


「リリアよ、レアレス島周辺はいい漁場になっているようで、漁業が大きな利益を生むらしい」


「そうなのですね」


 ブルームがガイドのようにレアレス島のことをリリアに伝えている。

 俺自身もそこまでこの島について詳しくはなかった。


 三人で船を下りたところから歩いていると、しばらく港が続いていた。

 漁業が盛んな島だけあって、係留されている船の数は多い。

 港の規模も海運で栄えているコルヌと大差ないほどの広さだった。


「新鮮な海の幸とはどのようなものなのでしょうか。カルパッチョ、アクアパッツァ、グリル、何でもありそうです」


「リリアは楽しそうですね」


「こんなにも風情がある町並みは王都にはありません。さらに美味しい魚介料理が食べられるなんて……幸せすぎます」


「――そこのお嬢さん。もしかして、レアレスの獲れたての魚が食べたいのかい?」


「は、はい」


 道沿いに置かれた木箱の上に男が座っており、リリアに声をかけてきた。

 彼女はふいに声をかけられて驚いている様子だった。


「おれの名前はランパード。この島の漁師頭だ」


「はじめまして、ランパードさん。私はリリアと申します」


 俺とブルームは立ち止まり、少し離れた位置でリリアとランパードのやりとりを見守った。


「非常に残念な知らせがある。島の領主様からの通達で漁が禁止になった」


「な、なんだって!?」


「おぉっ、あんたはリリアちゃんの知り合いか?」


 ブルームの反応があまりにも大きかったので、ランパードはびっくりした様子で声をかけてきた。


「わしはリリアの旅の仲間のブルーム。この者はマルクだ」


「はじめまして、マルクといいます」


「そうかそうか、旅の方たちだったか」


 俺たちは三人でランパードと話すかたちになっていた。

 彼は屈強な海の男という雰囲気だが、人当たりはよさそうだった。


「して、領主が漁業を禁ずるなど信じがたいが」


「おれたちもよく分かんねえ。ずいぶん急なことで、通達が出たのは今日の朝だ」


 ランパードからは戸惑いの色が見て取れる。

 おそらく、気持ちの整理がついていないのだろう。


「領主の命令は絶対なんですか?」


「ふむ、どうだろう。その土地土地で規則や法令は細かく違うこともあるが」


「領主様の言うことは絶対だ。漁師たちのために船を揃えて、何もないこの島を興した人だから。その人が禁止と言ったら、おれたちは反対できねえんだ」


「ふーん、それは困りましたね」


 俺は話の内容を頭の中でまとめながら、二人の仲間の顔を見た。

 リリアは新鮮な魚が食べられそうにないことで、少し元気がなくなっているようだ。

 一方のブルームは何かを決意するような表情をしていた。


「――よしっ、決めたぞ」


「えっ、どうしたんですか?」


「もし、この場に大臣がおられたら、レアレス島の漁師のために一肌脱ぐだろう」


 俺はブルームの話についていけず、成り行きを見守ることにした。


「ええっと、ブルームさんは偉い人なのかい?」


「わしは王都の大臣に仕えるしがない年寄りだ」


「おっと、そうだったの。これはすんません」


 ランパードは恐縮したように頭を下げた。

 そんな彼の様子を見て、王都の威光はなかなかのものだと思った。


「気にすることはない。それより、君たちから領主に物申せぬのなら、わしから事情を聞いてみよう」


「ありがてえけども、それは本気で?」


「うむっ、わしに二言はない。ここは任せてくれまいか」


「ええ、ええ、そりゃもちろん!」


 ブルームの言葉にランパードは感激するような表情だった。




 それから、俺たちはランパードの案内で領主の屋敷へと向かった。

 屋敷は高台の見晴らしのいい場所にあり、港や町の様子を一望できた。


「漁業で儲けているようだな。離島にこんな立派な家を建てられるとは」


「領主様は昔からレアレスを治められているので、この屋敷は以前からありやす」


「あまり気にかけたことはなかったが、この島には歴史があるのだな」


 ブルームは感心するように言った。


「領主様は早朝に漁師の様子を港へ見に来た後、屋敷にいらっしゃることが多いんで」


「そうか。では早速、領主をたずねるとするか」


「俺とリリアは外で待てばいいですか?」


「うむ、そうしてくれ」


「私は護衛ですので、同行してもよいですよ」


「まあ、物騒なことにはならんだろう」


 ブルームはランパードと二人で中に入ろうとしている。

 大所帯で訪問したら領主が警戒する可能性もあるので、彼らだけで行くのが最善なのかもしれない。


「では、行ってくる。この辺りで待っていておくれ」


「はい、分かりました」


 ランパードが屋敷の方へ向かい、正面の入り口にある扉を開いた。

 そこからブルームが中に入ると、次にランパードも足を踏み入れた。


「唐突に漁業を禁止するなんてよほどのことだと思いますけど、ブルームの説得で領主は禁止令を解きますかね?」


「どうでしょう。私は戦闘要員ですから、交渉に関しての知識は少ないです。ただ、ブルーム様は貫禄があるので、領主を説得できそうな気もします」


 漁師たちが困っていること、リリアが新鮮な海の幸が食べられないことを考えると、無事に説得できることを願うばかりだ。

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