レアレス島への航路

 王都へ向かうはずだった道が大岩で封鎖された影響で、俺たちはコルヌの町に馬車で戻ることになった。

 レアレス島を船で経由すれば王都に行けるということなので、これから定期船に乗ることになっている。


 今いる定期船乗り場には、俺とブルーム、リリアに御者の四人がいた。

 俺たち以外にも、ちらほらと船を待っているような乗客の姿が見える。

 海がすぐ近くなので、潮の香りが周囲に漂っていた。


「馬車は定期船に乗せることはできないそうなので、僕の役目はここまでです」


「うむ、ごくろうだった。封鎖が解除されたら、王都に戻るとよいだろう」


「お気遣いありがとうございます。それではまた」


 御者は深々と頭を下げて、どこかに歩いていった。

 彼を見送った後、これから乗る予定の船から船員と思われる男が出てきた。


「定期船をお待ちのお客さん、もう少ししたら出航しまーす! 乗船してお待ちください」


 船を待つ乗客に向けて、大きな声で呼びかけられた。

 海の男風な雰囲気で、何となくこの人物が船長だと思った。


「では、行こうか」


 ブルームが定期船へと歩き出す。

 俺とリリアはその後に続いた。


 岸壁から桟橋を歩いて船に乗ると、足元が上下に揺れた。

 この世界に生まれてから、初めて経験する感覚だった。

 バラムには川はあっても、船に乗る機会はなかった。

 

 船体を眺めてみると、帆船で風を動力にするようだ。

 ちなみに船外機は発明されていないため、この船にもエンジンはついていない。


「私、船に乗るのは初めてです」


「わしも初めてだ。マルクはどうだ?」


「はい、俺も初めてです」


 地球で船に乗った記憶はあるが、それを説明するつもりはなかった。


「それにしても、不思議な感覚ですね」


「過去に聞いた話では、船に酔うという現象があるらしい」


 ブルームは独り言のように、気持ち悪くなるというのは恐ろしいと口にした。

 基本的に威厳がある感じなのだが、ふとした時にナイーブなところを見せる。


「まもなく、船が出ます! 航行中は大きく揺れることもあるのでご注意をー」


 先ほどの男が場内アナウンスのように声を響かせた。

 よく通る声なので、マイクとスピーカーは必要なさそうだ。


「それでは、出航しまーす!」

  

 桟橋側にも一人の船員がおり、彼が係留された縄を外していた。

 コルヌ出航の定期船が港の岸壁から少しずつ離れていく。


「海の風は気持ちいいものですね」


「はい、たしかに」


「マルク殿と話したように、レアレス島に行けば魚介料理が食べられそうなので楽しみにしています」


「俺も楽しみですよ。バラムは川魚が大半で、海鮮を食べることは滅多にないですからね」

 

 リリアはレアレス島へ向かうことを心待ちにしているようだ。

 表情がいつも以上に明るく、話しぶりからもそう感じられた。


 二人で話していると、船は港を出て沖に進もうとしていた。

 船の周りでは海鳥が飛び回っている。


 海が荒れることはなく、穏やかな天候だったので、安心して見ていられた。

 そよ風が頬に当たる程度で、波は落ちついた様子だった。


 すがすがしい景色の中で、胸の内には先ほどの大岩の件が引っかかっていた。

 俺やブルームを足止めすることが目的とは考えにくいが、火薬が落石の原因であるならば人為的に起きたということだろう。

 暗殺機構について考えることは減っていたものの、エバン村のイリアやレオンを追跡した刺客のことが脳裏をよぎる。


「……深刻な顔をしているな。もしかして、街道が封鎖されたことか?」


「ええ、まあ……。正直、俺はそこまで暗殺機構に詳しくないんですけど、情勢はどんな感じですかね」


「うーむ、そうだな……」


 ブルームは何かを考えるように腕組みした後、リリアの方に顔を向けた。

 彼女は何か知っていることがあるのだろうか。


「暗殺機構については調査中なのですよ。王都でもそこまで追いきれているわけではありません。ただ、王族の方々は危険を避けるために身を隠しています」


 リリアはブルームの視線を察したように口を開いた。

 他の乗客もいるので、控えめな声だった。


「そんな大事なこと、俺に話してもいいんですか」


「王都に着けば、いずれ知ることですから。問題ありませんよね、ブルーム様」


「それを聞いたところで、お隠れになった場所が見つかるわけではないからな」


 ブルームは浮かない顔をしているように見えた。

 何か気がかりがあるのかもしれない。


「それで、大臣は大丈夫なんですか?」 

 

「現王、王妃、第一王子ならばともかく、大臣を狙う可能性は低いからな。それに城内と城の周辺は警備がしっかりしている」


 ブルームはそうだと分かっていても、大臣のことを心配しているのだと察した。


「ブルーム様にとって大臣は孫娘みたいなものなのですよ」


「ああっ、そういう……」


「マルクとリリアよ、誤解してはいかんぞ。わしは大臣がランス王国を支える要人として、無事でいてほしいだけだ」


「ふふっ、素直になればいいのに」


「むむっ、リリアには敵わないな」


 ブルームとリリアのやりとりは見ている者を和ませるような雰囲気があった。

  

「皆さん、船の前方をご覧くださーい! 正面にレアレス島が見えてきました」


 三人で話していると、船長が船の一角で高らかに言った。

 彼の言う通り、少し離れたところに大きな島が見えている。


「ほほう、島にしては栄えている方ではないか」


「港の周りは海辺の町みたいな雰囲気ですね」


「漁船も多く見えますから、美味しいお魚が食べられそうです」


 ブルームとリリアは初めて目にしたレアレス島に感激しているように見えた。  

 俺自身も二人と同じように心が弾むような感覚があった。

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