交渉の結果と打開策

 俺とリリアが屋敷の前で待っていると、しばらくしてブルームとランパードが戻ってきた。

 二人とも浮かない顔のように見えたので、上手くいかなかったのだと判断した。


「……どうでした?」


「一応、話はできたのだが、要領を得ない反応だった」


「領主様は別人のようで、ブルームさんが話しかけても反応が乏しかった……」


 二人から感想を聞くことはできたものの、どのような状況であったのかを想像することは難しかった。


「その様子だと、禁止令はそのままということですか?」


「……うん、そうだ。領主様があの調子じゃ、どうしたものやら」


 打つ手なしといった状況になり、ランパードには思い詰めるような気配があった。

 俺にできそうなことは思い浮かばず、彼にかける言葉が見つからない。


 俺たちが屋敷の前で話していると、広い額とちょび髭が印象的な中年の男が屋敷から出てきた。


「あれは……領主が出てきたぞ」


「二人が言っていた通り、どこか様子が変ですね」


 レアレス島の領主はボケるにはまだ早い年齢に見える。

 ただ、どこか上の空で心ここにあらずといった様子だった。

 領主は屋敷の前から彷徨うように歩いていった。


「まだ可能性の域を出ませんが、領主殿は何かに操られているような気配を感じます。遠くから見ただけでは、魔法かそれ以外の方法なのかまでは分かりません」


 静かに状況を見守るような様子だったリリアが口を開いた。

 これまでに見たことがないような神妙な面持ちをしている。


「やはり、優秀な剣士は観察眼が鋭い。リリアよ、領主変貌の原因を調べてはくれまいか」


「ええ、もちろん。私も魚が獲れた方がよいですから」


 リリアは緊張した表情を緩めてから、涼しげに微笑んだ。

 彼女の実力を見る機会はなかったが、本領発揮の場面が近づいている気がした。


「そういえば、マルク殿は冒険者をやっていたことがあるのですよね」


「はい、自分の店を始める前は」


「私一人では何かあった時に困るので、一緒に来てください」


「えっ、俺でいいんですか?」 


「ブルーム様は戦闘員ではなく、ランパードさんを巻きこむわけにはいきません。武術、魔法、何か得意な戦い方はありますか?」


「剣を少しと、魔法が多少使えます」


「そうですか。では、こちらをお使いください」


 リリアが腰に差していたのはミドルソードだけではなく、見えないところに脇差しのようなショートソードを抱えていた。

 彼女はそれを俺に差し出した。


 主力はミドルソードのようだが、ショートソードの方もそれなりに使いこまれた様子が見て取れる。

 鞘と柄をそれぞれの手に持って抜き出すと、磨き抜かれた剣身が姿を現した。


「……こんな立派な剣を借りてしまっても?」


「丸腰では危険に対処できませんから」


 リリアはこちらを気遣うように穏やかな顔を見せた。

 彼女の厚意に甘えて、ショートソードを使わせてもらうことにした。

 自分で持ちこんだ武器もあるため、状況に合わせて併用すればいいだろう。

 それにリリアの厚意を無下にしたくない気持ちもあった。


「マルク、リリア。レアレス島の土地勘はないだろうから、十分に用心するのだ」


「ええ、分かっております」


「リリアちゃん、部外者なのに力を貸してくれてありがとう。領主様はおれたち漁師の恩人なんだ。どうか、頼む」


「お任せください。あと、お二人はここから離れておいた方がいいかもしれません」


「うむ、ここは町から少し離れていて、人通りも少ないからな。ランパードと町へ戻っておこう。はぐれるといかんから、定期船を下りた辺りで待つことにしよう」


「それでは後ほど合流しましょう」


 俺とリリアは屋敷の前を離れて、領主の後を追った。

 二人で足早に歩くと、すぐに領主の後ろ姿が見えた。


「……どこへ行くんでしょうかね?」


 領主の進行方向は通りから外れており、大きな岩の転がる海岸線が見えた。

 今は手ぶらなので、釣りに行くということもないだろう。 

  

「何者かに操られているのならば、目的なく移動するとは考えにくいです。後を追えば何かが分かるかもしれません」


 リリアは言い終えると、軽やかな足取りで前に進んだ。

 俺は足音を立てないように気をつけながら、彼女についていく。


 距離を保ったまま領主の後を追っていると、草むらを通過して海岸に下りた。

 そして、彼の後ろ姿は海岸沿いの洞窟に吸いこまれるように消えていった。


「いかにもな洞窟ですね。中まで追いますか?」


「ええ、慎重に追跡します」


 リリアはこちらの質問に頷くと、ここまでと同じ足取りで洞窟へと向かった。

 俺も遅れないように彼女の後に続いた。


 正面まで来ると、洞窟の様子がよく分かった。

 岩壁にぽっかりと穴が空いて、奥まで薄暗い空間が広がっていた。

 冒険者でなければ、入ることをやめたくなるような雰囲気を感じる。


「この感じだとモンスターがいるかもしれませんね」


「剣を抜いておいた方がよいと思います」


 リリアは流れるような動きで、鞘からミドルソードを引き抜いた。

 俺もそれに倣(なら)って、借りたショートソードを構えた。


「使わせてもらいます」


「ええ、遠慮なく」


「気づかれそうですけど、サスペンド・フレイムかホーリーライトなしでは暗そうですね」


「足元も滑りそうですから、どうか気をつけて」


「分かりました。ホーリーライトだと光が広がるから、サスペンド・フレイムの方がいい気がします」


「私も賛成です。それでいきましょう」


 俺たちはサスペンド・フレイムを唱えて、洞窟の中へと足を踏み入れた。

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