くつろぎ温泉と暗殺機構

町になじみすぎなSランク冒険者

 馬車がバラムに到着すると、フランはギルドへ帰ると言って立ち去った。

 俺は御者にねぎらいの声をかけてから、アデル、エスカと自分の店に向かった。

 

 どの道を通るか気にかけるまでもなく、自然と足が進む。

 慣れ親しんだ町並みが、自分を受け入れてくれているような気がした。


 馬車乗り場から店に着くと、ハンクの姿が目に入った。


「戻りました」


「おう、ガルフールはどうだった?」


「海があって、楽しい町でした」


「そうか、そいつはよかった」


「あと、お土産です」


「おっ、ありがとな」


 俺は荷物の中から、片手で掴める大きさの瓶を取り出す。

 町を散策していた時、持ち帰りやすさで選んだ品だった。


「オイルサーディンです」


「イワシか、これ?」


「はい、味つけしたイワシを油で煮たものです」


「ほう、後で食べてみるな」


 ハンクは小瓶をしげしげと見つめた後、外に出ているテーブルの上に置いた。


「ワイン作りは順調かしら」


「急にガルフールへ行くなんて自由すぎるぞ。七色ブドウの選別は完璧だったが」


 アデルは堂々としており、ハンクの方は少し戸惑っているように見えた。


「皆さん、七色ブドウでワインを作られているんですよね」


 一緒にいたエスカも会話に加わった。

 

「お嬢ちゃん、七色ブドウのことは口外しないように頼むぜ」


「はい、秘密は守ります」


「それじゃあ、工程が進んでるから、中に来てくれ」


 ハンクはエスカと話し終えると、全員に向けて言った。


 俺たちは順番に店内に足を運んだ。

 店の中はそれなりに広いのだが、その一角に樽が七つ並んでいた。

 樽の大きさは高さが腰ぐらい、横の長さは肩幅ぐらいだった。


「発酵の段階まで進んだ。このまま三十日ぐらい待てばワインになる」


「ついにこれで、七色ブドウのワインが飲めるのね」


 ワインの話をしていると、気になることが浮かんだ。


「ところで、この樽はどうしたんですか? 現金は持ち歩かないと聞きましたけど」


「こいつは町で樽を売ってる商人の悩みを解決して、必要な数だけ譲ってもらった」


 あれ、それはどういうクエストなんだ。

 俺が不思議に思っていると、店に誰かがやってきた。


「ハンクさん、いるかねえ」


 町で見かけたことのあるおばさんだった。

 彼に何の用事なのだろう。


「夕食用のパンを焼きすぎてしまってね。よかったら、食べてくれるかい」


「そいつはどうも、ありがたく頂くぜ」


 おばさんはハンクに焼きたてのパンを渡すと、ゆっくりと去っていった。


「何だか、町になじんでますね」


「そうか? さっきのおばさんは庭木の剪定を手伝っただけだ。年寄りにはきつい作業だからな」


 小型のドラゴンなら一人でも倒せる冒険者が庭師をするなんて……。

 偉ぶらないところは彼の美点なのだが、それに加えて何でもできるんだな。


 俺たちは世間話をしたり、ワインの様子を見たりしていたが、日が暮れる頃には自然とお開きになっていた。




 翌朝。さすがに営業再開せねばと思い、店に向かった。

 到着すると、まずは店の前の掃除から始めた。

 休みの分だけ増えた落ち葉を集めた後、外のゴミ箱に放りこむ。


 掃除の後は店内の調理場へと足を運んだ。

 簡易冷蔵庫には氷屋が納品してくれた氷と、配達を引き受けてくれたセバスが入れておいてくれた牛肉がいくつかある。


 アデルが常連になったことでメニューが彼女仕様になりかけていたが、ここは初心に帰って、シンプルな料理にしたいところだ。


 メニューを考えながら調理場を眺めていると、あるものが気になった。

 大きめの陶器の熟成させておいたタレの様子を確かめる。

  

 中に入っているのはこの地域のウスターソースに似た調味料――ソルサ――をベースに作ったものだ。

 できれば、しょうゆベースのタレを作りたかったが、シルバーゴブリンのところでしか似たような調味料を見たことがない。

 

 手間をかけて作ったものの、自家製のタレに何となく満足できない自分がいた。

 今日は他の食べ方にした方がいいだろう。


 初日以降、塩で食べるようにはしていなかったので、今日はガルフールで仕入れてきた海塩で塩焼肉を出すことに決めた。


 塩の味を確認して、お客に出しても問題ないかを確かめてから、肉を切り分けて仕込みをした。


 やがて、昼時になり、開店時間になった。

 最近ではアデル以外にも、定期的に来てくれるお客がいる。

 店が暇になるということは滅多になかった。

 

 店を開いて少しすると、近所の武器職人の男がやってきた。


「こんちは。今日も天気がいいね」


「いつもありがとうございます。すぐに用意してもよろしいですか?」


「ああ、頼むよ」


 彼はギルドや他の町に武器を納品しているようで、そこそこ稼ぎがあるらしい。

 安くはないこの店に足しげく通ってくれている。


 早速、調理場から肉や皿などを運び、男に出した。

 彼は手慣れた手つきで、肉を鉄板に乗せて焼き始めた。


「今日はガルフールの海塩で召し上がってください」


「ほう、なかなか通な食べ方だね」


 男の感心した様子がうれしかった。

 バラムでは見かけない海塩というのもポイントが高いのだろう。


「マルクくんは一人で店をやってるけど、大変じゃない?」


「ぼちぼちやらせてもらっているので、そんなに大変ではないですよ」


「少し前に町の近くに温泉ができたみたいだからさ、疲れた時は行ってみなよ」


「へえ、温泉ですか」


 男の気遣いはありがたかったが、何となく温泉のことが気になった。

 二人で世間話をしながら、ゆっくりと時間がすぎていった。


「それじゃあ、また来るね」


「ありがとうございました」


 武器職人の男は肉を平らげると、満足そうに帰っていった。


 温泉の話を聞いてから、何かが引っかかっていた。

 冒険者をしていた頃、関連した依頼があったような気がする。


 たしか、掘削作業の邪魔をするモンスターを追い払う依頼だったような。

 当時は追い払ってもキリがなかったため、最終的に温泉を掘ること自体が中止になったはずだが。    

 

 どこか、雲行きが怪しいような気がしてきた。

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