アデル様と旬のカニ

 アデルはこちらの存在に気づくと、苦笑いを浮かべた。


「マルクが連れてきたのね。フランが一人で来たと思って、驚いたわ」


「本当に海鮮を食べに来たんですね」


「それは、あの……ブルークラブが旬なことを思い出したのよ」


 アデルは珍しく、照れるように顔を背けた。


「あっ、彼女は冒険者だった時の仲間のエスカです」


「アデルさん、はじめまして」


「可愛らしいお嬢さんね。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


 アデルは常連になっていたが、エスカとは初対面なのだ。 


「ところで、あなたたちも食事に来たのよね」


「そんなところです」


「ガルフールまで来させちゃったから、ここはごちそうするわ」


 アデルは事もなげに言った。

 ここでもセレブぶりを発揮している。


 彼女は店員の男に声をかけると、俺たちを席へ案内するように言った。


「お客様、こちらへどうぞ」


 促されるままに足を運ぶと、店内のテーブル席に案内された。

 俺とエスカは椅子に腰を下ろし、アデルを見つめていたフランも席についた。


「アデル様からご注文を伺っております。お飲み物はトマトジュースですが、よろしいでしょうか?」


「ワインではなく?」


「おふざけですの?」


「……わたし、トマトは苦手です」


 俺たちは三者三様の答えを返した。

 しかし、店員はそうなることに慣れているように動じなかった。


「本日お出しするのは、旬のブルークラブ。ブルークラブの身にはトマトジュースがよく合います」


 落ち着き払った笑みを見せられて、誰からも異論が出なかった。

 

「それでは、失礼します」


 彼は軽やかな足取りで離れていった。


 そのまま待っていると、グラスに入ったトマトジュースが運ばれてきた。

 続いて、カニの姿蒸しみたいな料理もテーブルにやってきた。


「ブルークラブの酒蒸しでございます」


「あれっ、青くないんですね」


 カニを加熱すれば甲羅が赤くなる。

 ブルークラブも例に漏れず、赤くなっていた。


「調理する前のものをご覧になりますか?」


「いいですか、ちょっと興味があって」


「わたしも見たいです」


 俺とエスカの希望を聞いた後、店員は調理場の方に向かった。  

 そして、木箱を手にして戻ってきた。


「こちらがブルークラブです」


「おおっ、鮮度がいい」


 加熱前は青というよりも青白い色だった。

 ワタリガニの甲羅を丸くしたような形をしている。

 

「お楽しみ頂けたでしょうか? 蒸し料理ですので、温かいうちに召し上がってください」


 店員は一礼して、木箱片手に調理場へと戻った。


「それじゃあ、食べますかね」


 まずは甲羅を外そうとしてみたら、熱々で湯気が出てきた。

 甲羅と胴を分けると、中には白くほくほくした身が詰まっていた。


 身を取り出すための細長いスプーンみたいな食器があったので、それを使って身をほぐしていく。

 ある程度まとまったところで、ゆっくりと口の中へと運ぶ。


「……美味い」


 濃厚な味わいと海のカニならではの適度な塩味(えんみ)。

 今度はカニ味噌を付けて食べてみると、さらに味が濃くなった。


「二人とも、トマトジュースが合いますわよ」


 グラスを傾けていたフランが言った。

 半信半疑だったが、だまされたつもりで飲んでみる。


「……たしかに合う」


「このカニに合いますし、トマトが苦手なわたしでも美味しく飲めます」


 奇跡の組み合わせとしか言いようがない。

 きっかけは謎でしかないが、これを発見した人はすごい。


 そういえば、他の料理が出てこないが、どんなコースなのだろう。

 近くを通りがかった店員に声をかける。


「すみません。この後は何が出てくるんですか?」


「以上でございます。カニとお飲み物のおかわりはお気軽にお伝えください」 

 

「説明してなかったわね。トマトジュースと一緒に旬のブルークラブを楽しむものなのよ」


 いつの間にかアデルが近くに来ていた。

 その話を聞いて周りの席を見てみると、どの席も同じものしかテーブルに乗っていなかった。


「今の時期にこの町でしか食べられないから、とても貴重な味よ」


 アデルはそう言って、自分の席に戻っていった。


 彼女がいなくなると、カニを食べる時は無言になる現象が発生した。

 それぞれのペースでおかわりを頼み、トマトジュースとカニを味わう。


 ガルフールの夜はブルークラブの酒蒸しと共に更けていった。




 翌朝。同じ宿に連泊して、朝を迎えた。

 支払いを済ませて外に出ると、ほんのりと潮の香りが漂い、海の近くにいることを思い出させた。

 

 ガルフールを満喫してアデルにも会えたので、俺たちは帰るつもりだった。

 昨夜のうちに馬車を予約してあり、もう少ししたら出発する。


 宿の外で景色を眺めていると、エスカとフランが出てきた。

 

「楽しかったですね。また来たいなー」


「エスカと仲良くなれて、よかったですわ」


 自分を含めた全員が楽しめたようでよかった。


 俺たちは宿の前を離れて、馬車乗り場に向かった。

 別の宿のアデルも一緒に帰るので、後から合流する。


 目的地に到着すると、すでにアデルが待っていた。


「気持ちのいい天気ね。帰るのがもったいないぐらい」


「同感です。ガルフールはいい町でした」


「今度はハンクも連れて来た方がいいわね」


「前に来たことがあるって話してましたよ」


「へえ、そうなの」


 二人で話していると、立派な客車の馬車が到着した。


「あれに乗って帰るわよ」


「うわー、なかなか奮発しましたね」


「人数も多いのだから、これでいいのよ」


 アデルから順番に客車に乗りこみ、全員が座ったところで馬車が出発した。


 バラムに戻ったら、店の営業やワインの仕込みが待っている。

 忙しい日々の中でも、それを幸せに感じている自分がいた。




 あとがき

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

 次のエピソードから新章が始まります。

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