転生前の記憶と海水浴

 店員に教えられた場所は、海の家から近い距離にあった。

 漁船と思われる小船が何隻か係留されていて、こじんまりとした港だった。


 自画像そのままの見た目だったので、ナツミを探すのは簡単だった。

 釣りをしている金髪ロング年齢不詳の美女は、他に見当たらない。


 話しかけていいものか分からないが、彼女に近づいてみることにした。


「……何か用かい?」


 距離は少し離れていたが、ナツミはこちらを牽制するように話しかけてきた。


「店の人からここで釣りをしていると」


「とりあえず、こっちに座んな」


 彼女はこちらをちらりと見た後、そう促した。


 俺はおずおずと歩み寄り、ナツミの隣に距離をおいて腰を下ろした。


「その歩き方、冒険者だね」


「もう引退してまして、元ですね」


「あたしも似たようなもんさ」


 Sランクに次ぐAランク冒険者ということだが、活動を控えているのだろうか。


 何か話そうと思うものの、適当な言葉が見つからない。

 お互いに口を開かないまま、波の音だけが聞こえていた。

 

 たずねにくいことだが、本題を切り出さなければ。


「海の家を偶然思いつくとは思えなくて、日本から転生したんですか?」

 

「なんだ、そんなことを聞きに来たのかい」


 重要な質問のはずだが、ナツミの反応は薄かった。

 

「ナツミという名前、本名ではないですよね」


「元々はグロリアって名前さ。たずねるばかりじゃなくて、あんたのことも教えな」


 彼女は話しながら、釣り糸を手繰り寄せた。

 針先には小ぶりなアジのような魚がついていた。


「……十代の時に記憶が蘇って、その影響で冒険者をして資金を貯めて、自分の店を持ちました。転生前のことはわりと思い出せます」


 俺が話し終えると、ナツミはエサの付いた針を海面に送り出した。


「他人をとやかく言えたもんじゃないが、その記憶はロクなもんじゃないんだろうね。でなけりゃ、こんなのんびりした世界で生き急ぐわけがない」


 彼女の言葉が胸に重く響いた。

 己の全てをさらけ出してしまいそうな衝動を堪(こら)える。


「……以前の記憶、どれぐらい思い出せますか?」 


「おいそれと他人に話すことじゃないだろうが、印象に残るような出来事はわりと思い出せるね」


 ナツミは淡々と話していたが、何かを懐かしそうにしていることは分かった。

 話を続けるべきか迷っていると、彼女が言葉を続けた。


「思い出したくないことばかりでも、海だけはずっと好きでね。海のあるこの町で店を始めた。冒険者が金集めの手段だったのはあんたと同じか」


 ナツミの話を聞いてから、疑問が生じていた。

 辛いことがあった人間ばかりがこの世界に転生しているのか、あるいは何のつながりもないのか。

 自分と彼女、他には武器屋の店主の情報だけでは判断できなかった。

 

「……そろそろ行きます。釣りの最中にお邪魔しました」


「ガルフールは初めてかい? せっかく来たなら、ブルークラブを食べて帰んな」


「初めて聞きますけど、どうやって食べるんですか?」


「それは食べる時のお楽しみってやつさ。いい店があるから、教えとくよ」


 俺はおすすめの店を聞いてから、その場を後にした。

 

 エスカとフランの様子を見に行くため、海の家へ戻ってきた。


 波打ち際の方に目をやると、水着姿の二人が遊んでいた。

 他にも海水浴を楽しむ人々の姿が目に入る。 

 

 俺はグレープフルーツジュースを海の家で注文して、外に置いてあったビーチチェアに腰かけた。


 冷たい飲み物片手に、楽しそうな二人を眺める。

 こちらに気づいたエスカが手を振ったので、同じように手を振り返す。


 ゆったりした時間が流れて、心からくつろげる瞬間だった。

 そのまま、俺たちは夕方辺りまですごした。


 エスカとフランが海から上がって着替えを終えた後、ナツミから教わったブルークラブを食べに行こうと考えていた。


「海の家の社長に勧められた料理があるんだけど、食べに行くのはどうかな」


「賛成です」


「いいですわね」


 俺たちはナツミおすすめの店へと移動を開始した。


 ガルフールの道に不慣れなものの、海の家から近かったので、簡単に店を見つけることができた。


 レストラン・アズールという名前を聞いた時に予想していたが、この前のブラスリーを超えそうな高級感ある店構えだった。

 テラス席や店内の客層から、お金持ち向けの店に見える。


「マルクさん、なかなかいいお値段しますね」


 エスカが店の前にあるメニューを指先で示した。


「おっ、どれどれ……」


 たしかに庶民向けとは言いがたい金額だった。

 フランやアデルは問題ないと思うが、俺とエスカには敷居が高い。


「今回は予算があるから、気にせず食べたら――」


 エスカと話していると、フランがふらりと離れていった。


「お姉さまー」


 フランの先を見ると、上品な服を着たアデルの姿があった。

 彼女は一人で食事中だったが、こちらに気づくと驚いたような表情で固まった。

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