社長はAランク冒険者

 二人の酔っぱらいを引き連れて、御者から聞いた宿に到着した。

 いいお値段がしそうな店構えだったが、今から他を探す気力はなかった。


 受付で三人分の部屋を取って、エスカとフランをそれぞれの部屋に入らせた。

 その次に自分の部屋へ入ると、簡単に入浴を済ませて眠りについた。


 翌朝。旅行感覚ということもあり、軽やかな気持ちで目覚めた。

 同じ敷地の食堂で朝食をとった後、支払いを済ませて宿を出た。


 宿は高台にあるので、ここからは海が見渡せた。

 景色を眺めているとエスカとフランがやってきた。


「おはようございます。あの支払いは……」


「今回は予算に余裕があるから、気にしなくていい」


「昨日は羽目を外しすぎましたわ。これはお詫びの印ですの」


 フランは金貨三枚をそっと差し出した。


「いやいや、こんなには……」


「受け取ってくださると、うれしいですわ」


 彼女は俺の手のひらに金貨を乗せると、しなやかな手つきで包みこんだ。


「そ、それではありがたく」


 フランからはいい匂いがして、少し冷たく柔らかい手だった。


「マルクさんを誘惑しないでくださいね」


「わたくしは殿方に興味ありませんの」


 フランは艶(あで)やかに微笑んだ。

 たぶん、嘘をついてはいないだろう。


「そういえば、アデルに会いたいんですよね?」


「もちろん、そうですわ」


「俺とエスカはどうしてもというわけではないので、アデルを探しつつ、ガルフールの町を散策するというのはどうかと」


「それでかまいませんわ」


「では、そんな感じで」


 俺たちは宿の前を離れて、散策を開始した。

 町を歩き始めると日差しが照りつけて、バラムよりも暑く感じられた。


 道沿いにはカフェや土産物屋など、観光客向けの店が並んでいる。

 俺たちは気になった店に入りながら、のんびりと歩いた。


 海岸まで来ると、青い海と白い砂浜が広がっていた。


 そこでふと、既視感を覚える店があった。


「……海の家?」


 目立つ看板には、こちらの世界の文字でそう書かれていた。

 何となく気になって店に近づくと、エスカとフランがついてきた。


「いらっしゃーい! ガルフールの海を楽しむなら、うちの店へどうぞ!」


 海の家の店員らしき男が呼びかけていた。

 店の中にはちらほらと客の姿が見える。


「二人とも、ちょっと寄ってもいい?」


「はい」


「いいですわよ」


 俺たちは店内へと足を運んだ。


 内装に目を向けると、本物の海の家そっくりだった。

 偶然の一致では片づかない仕上がりなので、店の責任者は転生者で間違いない。


 壁の方に目を向けると、ヤキソバ、カキ氷などのお品書きがある。   

 ビールがあれば飲みたかったが、この世界で再現できないものはないみたいだ。


「いらっしゃいませー! 三名様ですかー?」


 給仕をしていた若い女がたずねてきた。


「はい、三人で」


「こちらにどうぞー」


 俺たちはテーブル席に案内された。

 昨日のブラスリーではメニューがなかったが、ここでは出てきた。


「面白いです! 聞いたことない料理ばかり」


「イカの丸焼きなんて食べたことありませんわ」


「いやー、珍しい料理だなー」


 付き合いの長いエスカにも転生者であることを打ち明けておらず、話を合わせることにした。


 二人はヤキソバと腸詰めの串焼きを、俺は素知らぬ顔で牛丼を注文した。


「ガルフールはすごいですわね。こんなセンスのいいお店があるとは」


「何だか、海の観光地っぽくていいですね。海の家って面白い名前」


 エスカとフランは楽しそうだった。

 ボロが出てても困るので、店の様子に興味がある振りをして顔を逸らす。

 

 視線をさまよわせていると、すごいものを見つけた。

 店のカウンター付近に「Aランク冒険者 ナツミ社長」と書かれたリアルな自画像があった。

 ナツミ社長はこちらの世界の顔立ちで、エミリアとかアメリアみたいな名前の方が似合っている。


「海水浴ができるみたいなので、フランと泳ごうと思うんですけど、一緒にどうですか?」


「俺は泳ぎが得意じゃないから、二人で行ってきなよ」


「それじゃあ、行ってきます」


 二人はこの店で水着を買ってから、更衣室へと歩いていった。


 ナツミ社長に興味が湧いたので、店員にたずねてみよう。


「ごちそうさまでした、お会計を」


「水色の髪の女性が払っていきましたよ」


「おおっ……。ところで、ナツミさんに会ってみたいんですが」


「社長ですか? 社長なら港の方で釣りしてますよ」


「分かりました。ありがとうございます」


 俺は海の家を出て、ガルフールの港へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る