エスカと思わぬ再会

「――っ、シルバーゴブリンか!?」


「待て待てっ、手を戻せ」


 腰の辺りに手を伸ばした瞬間、ハンクの声が飛んできた。


「は、はい……」


 彼のただならぬ様子に、思わず動きが止まった。


「こっちに敵意があるかを探ってる。剣なんか抜いたら、襲いかかってくるぞ」


「……気をつけます」


 俺が感じた気配は、シルバーゴブリンということなのもしれない。

 奇抜な方法で呼び寄せるのはいいが、これからどうするつもりなのだろう。

 

 息を吞んで状況を見定めていると、小さな人影が近づいてきた。


「ニンゲン、ナニカ用カ?」


「酒と食い物を持ってきた。あんたらのキャンプに連れてってくれ」


「……オマエ、殺気ナイ。ツレテイク」


 その名の通り、白みがかった銀色の体色。

 衣服を身につけた姿はゴブリンらしからぬように感じられた。

 

 シルバーゴブリンは後ろを振り向き、どこかへ案内するように歩き出した。


「ゴ、ゴブリンが喋って……」


「そのうち慣れる。絶対に武器に手を伸ばすなよ」


「は、はい」


 震える手のひらを指でなぞった。

 じんわりと汗がにじんでいた。


「こいつはおれの子分だから、一緒に連れてってもいいか」  


「コブン、ワカッタ」


 シルバーゴブリンは、俺の方をちらっと見て言った。

 どうも、こちらの存在を気に留めていないように見えた。

 自分は子分ではないのだが、ハンクの作戦に乗ることにした。


 徐々に森の暗闇は深まり、決して歩きやすい足場ではない。

 それにもかかわらず、ハンクとシルバーゴブリンは滑らかに進んでいた。

 彼らを見失わないように後に続いた。


 いくらか歩くうちに道が開けた。

 そこには驚くような景色が広がっていた。


 ゴブリン同士が焚火を囲み、魚を焼いている。

 木と葉を組み合わせたテントめいたものが置かれ、弓の手入れをしたり、剣の訓練をしたりという光景も目に入った。

 不思議なことに、敵であるはずの人間がいるというのに興味がなさそうだった。


「マルク、驚いただろ」


「はい、本当に……」


 姿かたちがゴブリンなだけで、中身は人間と大差ないような印象を受けた。

 粗末な武器で飛びかかる、緑色のゴブリンとはまるで違っている。


 ハンクは先ほどのシルバーゴブリンに手土産の酒瓶を手渡した。 

 

「長老にそれを渡して、呼んできてくれ」


「ニンゲンノ酒、チョウロウヨロコブ」


 シルバーゴブリンは瓶を両手に抱えて、どこかに歩いていった。


「ゴブリンに長老なんているんですね」


「ホブゴブリンというよりも、町長とかの方が近いイメージだな」


「それってもはやゴブリンでは……」


 俺とハンクが話していると、杖を突いたシルバーゴブリンがやってきた。

 

「人間が来るとは珍しいのう。何の用じゃ?」


「最近、冒険者が攻撃してきただろ? あれを引き下がらせて、あんたたちの安全を約束するから、人里から離れてくれないか」


 ハンクの相手はゴブリンというよりも、高い知性の老人のような雰囲気だ。

 彼の要求を聞いた後、長老は何かを考えるように黙っていた。


「正直に言おう。人間なんて怖くないんじゃぞ」


「ああっ、分かってる」


「でも、おぬしはあれじゃな。注意すべき人間の特徴を全て網羅しておる。あんまり戦わん方がいいのかもしれん」


「こっちも戦う気はねえぞ。それにタダでとは……」


 ハンクはカバンから食料を取り出していった。

 長老はそれを吟味するように手を伸ばす。


「干し肉、乾燥穀物、固チーズ……あと、さっきの酒かのう」


「悪くない話だろ」


 ハンクは自信ありげに言った。

 今のところ、俺の出番はなかった。


「ところで、おぬしたちはヤキニクって知っとる?」


「「はっ?」」


 俺とハンクは同時に声を上げた。


「行商人から聞いた話では、切った牛肉を鉄板に乗せて焼く料理らしいのう」


 長老からは浮かれるような雰囲気を感じた。

 シルバーゴブリンがグルメというのは本当の話だったのか。


「まさかとは思うが、そのためにキャンプごと出張(でば)ってきたのか……」


「んっ、なんじゃ? いかんの?」


 長老の言葉の後に、ハンクは戸惑いを露わにするような表情を見せた。

 

 ――もしかして、俺何かやっちゃいました?


「よしっ、分かった。焼肉が食えればいいんだな」


「そうじゃな。シルバーゴブリンは信用が一番じゃからのう」


「でもあれか、牛肉がねえか……マルク、豚肉でもそれっぽい料理はできるか?」


 責任を感じて会話に加わらずにいたが、逃げるわけにはいかないようだ。


「……できます。ていうか、豚肉があるんですか?」


 この世界にイノシシはいるが、家畜化した豚を見たことがない。


「長老、あんたらの豚を分けてもらってもいいか」


「そうじゃのう。好きにしとくれ」


 長老は焼肉で頭がいっぱいのようで、上の空だった。

 ハンクは別のシルバーゴブリンに何か話しかけていた。


「豚を一頭連れてきてくれるってよ」


「そうですか」


 いまいち話についていけていないが、豚焼肉を食べさせればいいということか。

 

 少し待っていると、約一メートルぐらいの豚が連れてこられた。

 牙があるにはあるが、イノシシとは異なる外見だった。


「シルバーゴブリンが育てた豚、通称イベリア豚だな。イベリアはどこかの地名だったか」 

 

「せっかくなんですけど、俺は解体できません」


「おれはできなくねえが、焼肉用に捌く自信はねえな」


 続けてハンクは、ゴブリンたちには無理だしなとこぼした。


 その場で困り果てていると誰かが歩いてきた。

 他にも人間がいることを不思議に思いながら視線を向けた。  


「……エスカ?」


「あれ、マルクさんじゃないですか」


 俺とエスカは意外な場所で、まさかの再会を果たした。

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