野営地と冒険者たち

 周囲の景色が流れるように過ぎていった。

 時間の感覚が曖昧になり、放たれた矢のように街道を駆け抜けていく。


 一心不乱に馬を走らせるうちに野営地に到着した。

 途中で馬を休ませることはあったものの、日没までには時間が残されていた。 


 焚き火が数カ所あり、馬車といくつかの荷物。

 ベッド代わりの簡易的な寝床が設置されている。

 

 太い幹の木に馬を固定して、冒険者が集まるところへ走り寄った。

 近づいてから見慣れた顔もいることに気づく。


「はぁはぁっ、ギルド長に頼まれて……」


「マルク、久しぶりね。こんなところにどうしたの?」


「やあ、エリル。無双のハンクを連れてきたんだ」

 

 エリルは虚を突かれたように目を見開いた。

 他の冒険者たちも彼女と似たりよったりの反応だった。

 

「やだ、この状況で変な冗談やめてってば」


「――どうも、ハンクです。よろしく」


「「「う、うそでしょ!?」」」 


 合流した時は緊迫した空気を感じたが、今度は戸惑うようなざわめきが広がった。


「ほ、本物……」


「まさか、こんなところにいるわけ」


「おいおい、それでも冒険者かよ。この人の気配、どう見ても凡人と違うだろ」


 最後の一言が決め手になったのか、冒険者たちは澄んだ瞳でハンクを見た。

 そのうちの一人が遠慮がちな態度で、話を切り出した。


「な、仲間が森に入ったまま、戻ってこない。偵察にしては時間がかかりすぎているし、何かあればマーカーを焚くはずなのにそれもない……」


 若々しいこの青年はファムだっただろうか。

 不安げな表情で言葉を並べていた。


「あのっ、お願いです。仲間を見に行ってくれませんか? 私たちが行っても、負傷

者が増えるだけで……」


 今度は別の冒険者が懇願するように言った。


「ハンク、俺が先に話をしても?」


「ああっ、遠慮するな」


 あまり経験することのない緊張感に、喉の奥が乾くような感覚がした。


「人数が少ないのは負傷者を町へ送り返したから?」


「はい、そうです」


「あと、エスカの姿が見当たらないけど、偵察に行ったきり……?」


「……はい、そうです」


「……そんな、どうすればいいんだ」


 この状況は明らかに手に余る。

 すがるような思いでハンクを見た。


「言っただろ。シルバーゴブリンは知恵がある。それもキラービーと比べるまでもないほどな。無闇に人間を殺せば、討伐対象になることは理解しているぞ」


「えっ、そうだったの……」


「まだ、死者は出てねえだろ?」


「そ、そうです」


 ハンクはこの状況を見通すような知識を持っているように見えた。


「だからって、攻撃してこないわけじゃねえ。骨折したまま森で迷えば命を落とすことだってある」


「じゃあ、急がないと」


「マルク、おれたちは歩兵じゃねえ。何も考えずに突入しても被害が増えるだろ」


「それは……その通りです」


 ハンクは真剣な表情を少し崩して、彼の荷物を指で示した。


「気楽にいこうぜ。シルバーゴブリンに交渉を持ちかける用意はあるからな」


 その言葉に頷いたが、冒険者たちからは困惑している様子が伝わってくる。


「みんな、初対面で信じられないだろうけど、ハンクの実力は尋常じゃない。打つ手がないのなら、彼を信じてほしい」


「……わかった。マルクがそこまで言うなら信じるよ」


「情報を共有するから、仲間を助けてほしい」


 エリルとファムが声を揃え、他の冒険者たちも頷いた。


 それから、ファムがハンクと話し始めた。

 俺も傍らで耳を傾けた。


 理解しようと努めたものの、ファムの実戦に即した内容を追いきれず、自分自身が冒険者を退いた身であることを実感させられた。

 ハンクは百戦錬磨だけあって、的確な質問で情報の隙間を埋めていた。


「なんだ、元気出せよ」


 二人の話が終わったところで、ハンクが声をかけてきた。

 俺は沈んだ顔をしているのだろう。


「役に立てそうになくて……」


「まだ分からねえぞ。まっ、とにかく出発だ」


「あっ、はい」


 ハンクは手招きして、ついてくるように示した。


「お前ら、あとは任せとけ」


「「「はいっ!」」」


 彼が冒険者たちに呼びかけると、かしこまった返事が返ってきた。

 少しは信用してくれるようになったのかもしれない。


 ハンクは野営地を離れると森の入り口を通って、先へと進んでいった。

 遅れないように彼の背中を追いながら、木々の間を縫うように歩く。

 

 周囲には細長い針葉樹林が無数に広がっていた。

 夕暮れの陽光を浴びて、木々といくつもの葉が橙色に染まる。

 日常なら胸に染み入るような光景も、どこか味気なく感じた。


 過去に経験した依頼はモンスター退治、平地の薬草採り、危険度の低い護衛など。

 それらに森での戦いは含まれておらず、自然とハルクに頼りきりになってしまう。

 不甲斐ない気持ちになりながら、自分を奮い立たせるように前へと進んだ。


 少しずつ辺りが暗くなってきたところで、ハンクが足を止めた。

 そして、彼は軽やかな動作でバックパックから何かを取り出した。


「さてと、この辺りでいいか」


「……えっ、鍋……」


「おおーい、飯だー、飯だぞー」


 カン、カン、カンと金属音が鳴り響く。

 シルバーゴブリンが耳の聞こえるモンスターなら、確実に気づいているだろう。


 ハンクは何かに呼びかけるように、同じ動作を繰り返した。

 状況が読めないまま、不思議な時間が流れていく。 


 ――金属製の鍋とお玉。

 俺の思考が追いつけないでいると、何かが近づいてくる気配がした。

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