脅威の正体

 ハンクが承諾したのは歓迎すべきことだが、ある疑問が浮かんでいた。


「ギルド長、何人も駆り出されているのに、ゴブリン相手に苦戦するというのは……何が起きているんですか?」


「それがな……、十分に把握できておらんのだよ」


 ギルド長は戸惑いの色を浮かべていた。


「大規模なコロニーが見つかったわけでもねえだろ?」


 だったらもっと騒ぎになってるとハンクは続けた。


「そこまで数が多いわけでもないようなのだ」


「……そうか、それならだいたい察しはついた」


「もしかして、何か分かるんですか?」


 ハンクは俺の言葉に頷いて、何かを考えるように押し黙った。


「そっちの方でも異変に気づいてるだろうが、シルバーゴブリンだな」


「……あの話は本当だったというのか」


 ギルド長はハンクの意見に思い当たる節があるように見えた。

 そして、絞り出すように言葉を続けた。


「未確認情報ではあるが、見たことのないゴブリンがいると」


「白っぽい色で、ゴブリンにしてはやけに賢い、だろ」


「……まさにその通りだ」


 俺は二人の話についていけなかった。

 緑色ではない知恵のあるゴブリンなど、見たことも聞いたこともない。


「初めての討伐なら、倒せるとは思わない方がいいぞ」


「そこまでの脅威なのか……」


「嬢ちゃんが心配だし、準備を始めるぞ。マルク、どうする?」


 ハンクはきわめて真剣だった。

 

 この状況でエスカのことを任せきりにするわけにはいかないだろう。

 店の臨時休業は伸びてしまうが、彼女をそのままにはできない。


「……俺も行きます」


「私は行かないわよ。冒険者ではないもの」


 一人静観していたアデルが口を開いた。


「そりゃ、そうだな。ワインの仕込みを頼めるか」


「もちろん、そのつもりよ」


 今回、共に行動したことで忘れそうになっていたが、アデル自身が言ったように彼女は冒険者ではない。

 ただ、理由はそれだけではなく、ハンクのことを信用しているようにも見えた。


「バラムのギルド長、少し時間をくれ。やりかけのことがある」


「承諾と受け取っても?」


「ああっ、そのつもりだ」


「それはありがたい。心より感謝する」


 ギルド長の言葉を適当に聞き流して、ハンクは俺とアデルに手招きした。


「あのおっさんに七色ブドウを見せたくないから、店の中を借りるぞ」


「はい、どうぞ」


 それから、ハンクはアデルにテキパキと説明した。

 七色ブドウのワインは色別に実を分けて、細かい茎や不純物を取り除く。

 次に粉砕作業を行い、樽に入れて発酵させる。


 今回は道具の用意がないので、粉砕の手前までということだった。


「ハンクが一緒なら大丈夫だろうけれど、気をつけて」


「はい、ありがとうございます」 


「ちょっくら行ってくる。ブドウの世話は頼んだ」


「ええ、任せて」


 俺とハンクはアデルに別れを告げて店を出た。


「待たせたな。それじゃあ早速といきたいところだが、先に市場だな」


「……遠征中の食料ですか?」


「それもあるが、今から二人で行くぞ。ギルド長、遠征先はどの辺りだ?」


「シャルト平原の向こうにあるトロンの森近くに野営地が」


 ハンクは地名を聞いてもピンと来ていないように見えた。


「ああっ、けっこう遠くです」


「移動の馬はこちらで用意しておく。マルク、ハンク殿の案内を頼む」


「はい、了解です」


 ギルド長はハンクに一礼すると、足早に立ち去った。


 俺とハンクはすぐに市場に向かった。


 ハンクは市場に着くと、話を始めた。


「シルバーゴブリンと戦うのは厄介だ。確実に長期戦になる」


「そんなに危険なんですか?」


「人間とそう変わらない知性があって、森を拠点にしたゲリラ戦にめっぽう強い」


「それは……」


 最強と言って差し支えない冒険者にそこまで言わしめるのか。

 

「不安にさせちまったな。戦いにくい相手なら戦わなければいい」


「というと……?」


「あいつらは酒と美味いものが好きでな。それを手土産に交渉する」


「えっ、そんなことが」


「被害を最小限に食い止めて、最短で決着をつける方法だ」


 ハンクの言葉によどみはなく、真実を口にしているように思われた。


 俺たちは市場を歩きながら、自分たちの分と手土産にする食料を揃えた。

 料理をふるまうことはないかもしれないが、少しの調味料も追加した。

 最後に酒屋で穀物の蒸留酒を仕入れて、買い出しが済んだ。


 その後、ハンクをギルドの馬に乗る場所へ案内した。

 俺たちが到着すると、すでに馬が用意されていた。


「ギルド長から話は伺っています。こちらの二頭がそうです」


 ギルドの職員が馬の方を向いて言った。

 立派な身体つきの栗毛と黒鹿毛の馬が一頭ずついた。

 

「おれは黒い方だな」


「それじゃあ、もう一方で」


 馬にこだわりはないが、久しぶりの乗馬に緊張していた。


 ハンクを見ると、あぶみに足を乗せて軽々とまたがっていた。

 俺も同じように足をかけて、馬の背中に上がる。

 馬上の視点は高く、遠くまで見通せるような視界だった。


 すでに固定する紐は外されているので、自由に馬を動かせられる。

 ハンクが先を行き、その後に続くように馬を歩かせた。


「お二方、どうかお気をつけて」


 ギルドの職員は真摯な態度で、俺たちを見送った。 

 

 そのまま街道に出ると、シャルト平原へと馬を走らせた。

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