強敵の出現
「うわっ、けっこうな数が向かってますけど」
「落ち着け。おれたちの戦力なら問題ない」
俺はハンクの一言で、気が動転していることに気づいた。
アデルとハンクが魔法を放つ準備をして、フランは槍を構えている。
三人が頼りになることを忘れてはいけない。
彼らに遅れを取らないように、もらったばかりの刀を鞘から引き抜く。
それを構えてから、咄嗟の時には魔法を放てるように魔力にも意識を向けた。
体勢の整った俺たちに向かって、弾丸のようにハチたちが降り注ぐ。
胴体が大きいことで空気抵抗が生じるのか、捉えられないほどの速さではない。
アデルとハンクは魔法で火球を連発して、次々に撃ち落としていく。
フランは魔法に巻き込まれないような位置を取りながら、槍で突き刺していた。
「……予想通りとはいえ、俺の出番はないかも」
元冒険者としては、しょんぼりするような気持ちだった。
そこでふと、フランの死角から瀕死のキラービーが襲いかかるのに気づいた。
「……危ない――」
俺は草に足を取られないように飛び出すと、手にした刀を振り抜いた。
鋭い切れ味で、敵の胴体が真っ二つになっていた。
「もしかして、助けてくださったの」
「危なかったので」
「……きれいに両断されてますわ。意外とやりますのね」
フランは優雅な笑みを浮かべた後、すぐに表情を引き締めた。
「わたくしたちに任せて、自分の身を守るのに集中すべきですわね」
彼女なりの気遣いを感じる言葉だった。
ハンクにフランと組めと言われた時、連携して戦うことができたらと思った。
しかし、肩を並べて戦うには予想以上に実力に開きがあった。
せめて彼女が言うように、己の身だけは守らねばならない。
キラービーは群れで襲いかかってくるようで、次から次へと現れている。
アデルたちは持久戦を強いられても、持ちこたえられるだろうか。
三人の心配をしていると、目の前に一匹のキラービーが接近して、巨大な顎で噛みつこうとしたり、毒針を突き刺そうとしたりしてきた。
必死に刀で追い払っていると、こちらに気づいたハンクが素早い動作で敵に剣を突き立てた。
「大丈夫か?」
「はい、どうにか」
「このままだと時間がかかりそうだな」
わずかではあるが、ハンクは疲れの色を見せた。
「――ここは私に任せて」
アデルがこちらに近づいてきて、フランにも集まるように言った。
フランは軽い身のこなしで、こちらに近づいた。
「お姉さま、何か作戦がありますの?」
「私の魔法でまとめてやっつけるから、ここを離れないで」
「おう、頼んだぞ」
「ああっ、なんて凛々しいのかしら」
恋する乙女のようなフランをスルーして、アデルはキラービーの群れを見据えた。
「――フレイム・ブレス」
彼女が両手を掲げると、上空に向けて激しい炎が広がっていった。
文字通り、ドラゴンが火を吹いたような光景だった。
前方から迫っていたキラービーたちが、次々と燃え尽きていく。
やがて炎が収まると、その後にはわずかな灰が落ちてくるだけだった。
功労者のアデルに視線を向けると、彼女はふうっと一息ついた。
「すげえじゃねえか。あんな魔法が使えたんだな」
「ハンクにお姉さまの実力が認められるなんて、いい気分ですわ」
「けっこう魔力を使うから、なかなか出番はないのよ」
俺は言葉が出てこなかった。
アデルの範囲魔法は凄まじい威力だった。
「キラービーはひとまず途切れたし、先へ行くとするか」
「……は、はい」
ハンクは俺の肩をポンッと叩いた後、先頭に立った。
彼が先導するかたちで移動を再開すると、少し前と同じように草をかき分けながら進んだ。
キラービーに注意しながら歩き続けると、道の先の草が途切れていた。
その先からは岩肌が露出するような道になっている。
「あそこに七色ブドウがある。もう少しだ」
草の生えた道を越えたところで、ハンクが口を開いた。
切り立った岩壁にツタのような植物が広がるのが目に入った。
「へえ、山ブドウの一種なんですね」
「ああっ、その通りだ」
「何だか甘い香りがするわね」
「これは七色ブドウの匂いだな」
俺たちは会話をしながら、岩壁に向かって足を運んだ。
いよいよ、七色ブドウが目前に迫ったところで、ハンクが歩みを止めた。
それに続いて、アデルやフランも立ち止まり、俺も同じように止まった。
「……妙な感じがするんだよな」
ハンクは腕組みをしたまま前方を見つめた後、足元の石をそっと拾い上げた。
そして、ゆったりとした動作で七色ブドウの手前に投げた。
その石は地面に落下するかと思いきや、近くの岩陰から何かが飛び出てきて、石を破壊した。
「マジか、こいつがいたのか!?」
ハンクが驚くような素振りを見せた。
そんな彼の姿を初めて目にした。
飛び出てきたのは巨大なクモだった。
ギルドの資料で見たことがある気がするが、実物はかなりの迫力がある。
人の背丈よりもずいぶん大きく、全身を黒い毛で覆われていた。
「あれはベノムスパイダーだ。マルクとフランはキラービーの邪魔が入らないようにしてくれ。アデル、まだいけるか?」
「ええ、言うまでもないわね。七色ブドウを前に挫けるわけにはいかないわ」
アデルは魔力を消費したはずだが、気力が充実しているように見えた。
「店主、キラービーが来ましたわ。わたくしたちで足止めしますわよ」
「はい、そのつもりです」
騒ぎを聞きつけたのか、複数のキラービーが上空から向かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます