七色ブドウを味わう
ベノムスパイダーの危険性はキラービーどころではないはずだが、この状況ではアデルたちの勝利を信じるしかなかった。
――ヒュンと風を切る音が耳に届く。
弱気になりそうな自分とは対照的に、フランは華麗な身のこなしでキラービーを槍で仕留めていた。
舞を踊るように滑らかな動きで跳躍と着地を繰り返し、高いところにいる敵にも攻撃が届いている。
「――まだまだいけますわよ」
「Bランク冒険者になるだけはあるな」
すでに思い知らされたことだが、俺の技量ではキラービーが動いている時に斬り伏せるのは難しい。
ちょうど近づいてきたキラービーに向けてファイアボールを放つと、急に火の玉が飛んできたことに怯んだ。
同じキラービーが再び向かってきたところで、もう一度狙いを定める。
「――ファイアボール」
避けきれない距離まで近づいていたようで、キラービーは回避に失敗した。
一匹目とは違い動き回る個体だったが、自分の魔法で倒せた手応えがあった。
少しの間を置かず、連続してキラービーが向かってくる。
今度は手前に一匹、その後ろにもう一匹いた。
ここで俺は、ハンクがライトニングボルトを使っていたことを思い出した。
再び魔力に意識を向けて、集中力を高める。
「――ライトニングボルト」
二匹のキラービーに向かって、雷撃が放たれた。
ファイアボールに比べて範囲が広く、両方に直撃させることができた。
俺のライトニングボルトでは、ハンクのように無力化するほどの威力はない。
すぐに刀を引き抜いて、とどめを刺しに近づいた。
苦しませる必要はなく、急所を突くとすぐに動かなくなった。
俺が倒したキラービーの数は多くはないが、フランが怒涛の勢いで倒している。
そのせいか、いつの間にか羽音が聞こえなくなっていた。
「フラン、さすがですね」
「大したことないですわ。これでわたくしのキラービー討伐数は累計二十と……」
「あのう、どうかしたんですか?」
「もうっ、二十を超えたところから、数え忘れましたのー」
彼女は残念がっているようだった。
たしかにキラービーをたくさん倒していれば、冒険者として箔がつく。
その気持ちが分からなくはなかった。
「次はアデルたちを援護しましょう」
「言われるまでもなく、そうしますわ」
アデルたちから少し離れていたので、俺とフランは急いで合流した。
戦いの場に到着すると、アデルたちが魔法でベノムスパイダーを攻撃していた。
しかし、威力が弱いようで、決定的なダメージになっていないように見えた。
「お姉さま、ハンク、キラービーは退けましたわよ!」
フランが二人に呼びかけた。
「二人とも、よくやったな! おれたちの援護を頼む」
ハンクはそれだけ言うと、すぐにベノムスパイダーへと向き直した。
二人に合流したところで、奥に七色ブドウの蔦が伸びていることに気づいた。
これでは狙いを誤ったり、回避されたりした時に傷つけてしまう可能性がある。
魔法の威力が抑えられているのはこれが理由だろう。
俺の魔法では威力も精度もアデルとハンクに劣る。
このまま、指をくわえて待つことしかできないのか。
「……んっ、あれは――」
ふと、ベノムスパイダーの真上に巨岩があることに気づいた。
位置的に落下しても、ブドウを傷つけることはなさそうだ。
「アデル、ハンク! あの岩を狙えますか」
「そうか、気づかなかったぞ」
「ええ、狙えるわ」
二人は力強く答えると、掲げた手の位置を上方に向けた。
「仕方ありませんわね。少しの間、囮になりますわ」
「……フラン、ありがとう」
彼女も俺の狙いを理解したようだ。
ベノムスパイダーに悟れぬように、注意を引いてくれるみたいだ。
フランは標的に向けて飛び出し、アデルとハンクは岩の方に狙いを定めた。
ここからは三人を信じて見守るだけだ。
ベノムスパイダーは近づいてきたフランに気を取られて、糸の塊を吐き出して捕らえようとした。
しかし、素早い動きの彼女に当たることはない。
その隙を突くように、アデルとハンクが破壊力のある魔法を岩目がけて放った。
爆発音がして巨岩が落下すると、直前までフランに注意を向けていたベノムスパイダーは反応が遅れて下敷きになった。
砂煙が引くと、岩の下で潰れているのが目に入った。
「よしっ、やった」
「あいつを制圧するには、今の方法しかなかったな」
「マルク、なかなかやるじゃない」
アデルとハンクに讃えられて、素直にうれしかった。
彼らと対等にはなれないとしても、少しでも役に立ちたかった。
「意外と機転が利きますのね」
こちらに戻ったフランが控えめな声で言った。
「さあ、七色ブドウを収穫するわよー」
勝利の余韻もそこそこに、アデルが勇むように歩いていった。
「まだまだ元気ですね」
「ああっ、すげえな。今日はかなり魔力を使ったはずなんだが」
ハンクは感心するように言った。
フランを見ると、アデルに遅れないように小走りでついていった。
七色ブドウの方に歩いていくと、近づくほどに甘い香りが強くなっていた。
「ねえ、ハンク。どれを収穫すればいいの」
「持ち帰るなら、未熟なやつにしておけ。熟した実はすぐに食べれるぞ」
ハンクの言葉を聞いて、それぞれがブドウ狩りを始めた。
実際に七色ブドウをこの目で見るのは初めてだった。
濃紺、緑、桃、黄などのカラフルな実が一房についている。
広く生い茂るツタの中から、熟した一房を探してもぎ取る。
まずはブドウらしい紺色の果実を口に含んだ。
「おおっ、こ、これは……」
ベリーの類(たぐい)を極限まで甘くして濃密にしたような味がした。
甘い果物が流通しないことを考えれば、希少価値はとても高い。
続いて、桃色の実を口に含む。
今度はみずみずしい口当たりで、甘みと潤いが混ざり合う。
じっくり味わいながら周りを見ると、三者三様に奇跡の果実を味わっていた。
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