危険なハチとの遭遇
俺は武器屋を出た後、再びアルダンの町を散策した。
精肉店の品揃えを確かめたり、香辛料を扱う店で調味料を探したりした。
その後、カフェテリアへ向かうと、アデルとフランがテラス席に座っているのを見かけた。
二人の様子に後ろ髪を引かれながら、店内へ進んで飲み物を注文した。
のどが渇いていたので、冷やした果物を細かく砕いて氷水と混ぜたものを選んだ。
俺は飲み物を受け取ってから、アデルたちと離れた席に腰かけた。
氷水を口にすると、よく冷えていてすっきりした味わいだった。
「お姉さま、聞いてくださる――」
一息ついて店の周りを眺めていると、フランの声が聞こえてきた。
彼女の声は通りやすいので、離れていても聞き取れた。
一方、アデルは声を落としているようで、何を言っているか分からなかった。
「お姉さま――」
「お姉さま――」
「お姉さま~――」
フランがどのような理由でアデルに懐(なつ)いているのか分からないが、何だか見てはいけないものを見た気がして、静かにその場を後にした。
最後に御者から勧められた食堂で夕食を済ませて、今夜の宿屋に向かった。
さすがに無双のハンクと相部屋は気を遣うと思ったが、部屋数の多い宿で個室が空いていた。
翌日に備えて早めに眠りにつき、一日目は終了した。
宿屋のベッドで目が覚めると、窓の向こうの太陽がまぶしかった。
少しの間、ベッドの上でまどろんだ後、起き上がって出発の準備をした。
それから部屋を出て、受付で宿屋の主人に挨拶を済ませた。
宿屋から外に出ると、ハンクが準備運動のような動きをしていた。
「おはようございます」
「おう、いい天気だな」
彼はいつも通り元気そうだった。
同じ場所で待っているとアデルが出てきて、次に眠そうな顔のフランが来た。
「お姉さまが隣の部屋でお休みになっていると思うと、目が冴えて眠れませんでしたわ」
「なんなら、同じ部屋の方がよかったか」
「やめてハンク、笑えないわよ」
アデルは表情を保っているが、有無を言わせないような気迫を感じた。
「おいおい、冗談だぞ」
「そう、ほどほどにね」
「そ、それじゃあ、そろそろ出発するか」
ハンクは気を取り直すように言った。
俺たちは、ハンクが先導するかたちで移動を開始した。
周囲が市街地ということもあり、そこまでの緊張感はなく、キラービーがいるような場所に行くことへの実感を持ちにくかった。
アルダンの町を出ると整備された石畳の道から、なだらかな砂利道へと変化した。
道の先を見据えると建物はなく、遠くには大小さまざまな山々がそびえていた。
「まだ町が近いから、キラービーは出ねえな」
「やっぱり、この先にいるんですね」
「なんだ、ビビってるのか」
意図せず不安の色を見せてしまったが、そんな俺をハンクは笑い飛ばした。
「フランもいるんだから、心配いらねえ。何かの間違いで針に刺されたら、町まで担いでいってやるぞ」
「いやいや、さすがにそこまでは」
無双のハンクに運ばれるなんて、ずいぶんと気を遣いそうだ。
できる限り、針に刺されないようにしよう。
危険な場所へ赴くにしては、和気あいあいとした雰囲気で先へと進んだ。
最初は平坦な道で安心していたが、徐々に道が険しくなってきた。
針葉樹の広がる遊歩道みたいだったのに、ごつごつした岩肌が露出した断崖が四方に見えるような景色に変わっている。
ここまでは危険はなく、本当にキラービーは出るのだろうかと疑問に思い始めたところで、先頭のハンクが立ち止まった。
「三人とも、こいつを見てくれ」
彼の呼びかけに反応して、指先で示された看板を見る。
そこには、「キラービー注意! この先への進入禁止!!」と書かれていた。
「書いてある通り、ここを越えるとキラービーの出る領域だ」
「キラービーに詳しくないから知りたいんだけど、律儀に町の方へ出てこないものなの?」
アデルが小首を傾げて言った。
「キラービーは知恵があって、討伐対象にされないように警戒しているのですわ」
ハンクが答えるより先にフランが答えた。
アデルは疑問が残るような表情だったが、だいたい理解したわと言った。
「まあ、知恵があるとはいえ、小細工を仕掛けてくることはねえ。その点は安心してくれ」
ハンクは付け加えるように言った。
俺たちは立ち止まっていたが、看板の横を通過して移動を再開した。
少し歩いたところで、普段は人が通らない道だと理解した。
途中から草の丈が長くなり、石が転がり放題で歩きにくい。
ふと、近くを歩くフランの武器の先端を覆う布が外されていることに気づいた。
彼女はいつでも戦えるように槍を手にしている。
足元に気をつけながら進んでいると、ハンクが腕を伸ばして制止を促した。
「……いた。キラービーだ」
慎重に彼の視線の先を見る。
「……あ、あれが」
数匹のキラービーが、道端の木の周りをゆっくりと飛んでいるところだった。
普通のハチではありえない大きさだ。遠目からでも猫か小型犬ぐらいはある。
「襲いかかってこないだけで、おれたちには気づいてるな。ここは任せとけ」
ハンクはそう言うと右手を掲げて、物陰からライトニングボルトを放った。
雷光が迸(ほとばし)り、標的に直撃したのが見えた。
キラービーたちは地面に落下して、ほとんど動かなくなった。
「お見事ですわ」
「大したことはねえよ」
俺たちは安全を確認してから、さらに進んだ。
ハンクが倒したキラービーたちは地面に転がって、しびれたように震えていた。
これでひとまず安心だと思いかけたところで、耳障りな音が聞こえてきた。
「――これ、何の音ですか?」
「キラービーの羽音だな。どうやら、見つかっちまったみたいだ」
上空に目をやると、複数のキラービーがこちらに向かって降下していた。
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