アルダンの武器屋

 アルダンの入り口で自由行動になり、俺は何をしようか考えた。

 ここは誰かに声をかけてみようと思ったら、三人ともいなくなっていた。

 

 途方に暮れかけたところで、御者の男が馬車の手入れをしているのが目に入った。

 他に聞ける相手もいないので、どんな店が町にあるのかたずねることにした。


「あのー、アルダンにはどんな店があるんですか?」


「ロゼル自体の産業が発展している影響で、小さい町にしては色んなお店がありますよ。武器屋、古書店、カフェテリアなど。初めてなら退屈しないはずです」


「なるほど、参考になりました」


 俺が立ち去ろうとしたところで、御者はおすすめの食堂も教えてくれた。

 彼と話し終えた後、その場を後にした。


 剣を買い替える予定はないが、最初に武器屋を覗いてみることにした。


 町の入り口から中心部へと歩いていく。

 最初は気づかなかったが、バラムよりも町が整備されている。

 足元の石畳も比較的平らで歩きやすい。


 俺はアルダンの家々の様子を眺めながら、気の向くままに足を運んだ。

 地図はないものの、そこまで広い町ではないので問題なかった。


 少し歩いて路地裏から通りに出た。

 そこまでの賑わいはないが、ちらほらと人が歩いている。


 左右に目をやると、雑貨店や食料品店が並んでいた。

 まずは武器屋に行きたいので、そのまま素通りする。


 しばらく進むと道が突き当たりになり、右側に道が続いていた。

 ちょうど曲がり角のところで目当ての店を発見した。


 軒先に錆びついた剣や防具が転がっており、武器屋だと思った。

 どのような品揃えなのか好奇心が刺激される。


「いらっしゃい」


 店主は物静かに見えるおじさんだった。

 自ら鍛冶をするようで、使い古した作業着のようなものを着ている。

 

 店の様子に目を向けると、ところ狭しと武器、防具が置かれていた。

 商品の中心は剣のようで、一本ずつ立てて並べられている。

 それ以外は、槍や盾に兜など。


 俺は一通り見た後で、ショートソードが気になった。


「あのー、鞘から抜いてみても?」


「ああっ、かまわんよ」


 店主に確認すると、穏やかな返事が返ってきた。

 

 いくつか並んだ中から、柄や鞘がきれいなものを手に取る。

 俺の剣よりも握りの部分が手に馴染みやすい感じがした。

 続いて、慎重に鞘から引き抜く。

 

 中から出てきたのは磨き抜かれた剣身だった。

 おそらく、店主が丹精込めて仕上げた一振りなのだろう。

 あえて聞くまでもなく値が張りそうなので、そっと鞘に収めて元の場所に戻した。


 他に興味が惹かれるものはないかと、もう少し店内を眺めてみる。

 店主に冷やかしと思われるのは心苦しいので、何か買って帰ろうか。


「――っ!?」


 そんなことを考えていると、ありえないものを見つけてしまった。

 店主に悟られないよう、咄嗟に声を抑えた。


 それは売り物なのか判断できないような店の片隅に置かれていた。

 どこからどう見ても刀にしか見えない。


 ――それは何であるのか。

 ――何の目的で作られたのか。

 ――どのように知ったのか。


 最後に脳裏をよぎったことについて知りたかったが、それをたずねてしまえば、転生前の記憶が残っていることを教えるようなものだった。


 自然な様子を装って、店を去ろうとしたところで、店主が声をかけてきた。


「お客さん、そいつが気になるかね?」


「……そいつとは?」


「ははっ、隠さなくていい。今まで気に留める人などいやしなかったから、すぐに気づいてしまったよ」


 店主は穏やかな表情で椅子から立ち上がると、刀らしきものを手に取った。

 

「どうしても、頭から離れなくてね……。これは君が思っている通りのものだ」


 彼はそれを愛(いと)おしむように見つめた。


「……もしかして、記憶が」


「ずいぶん前のことだが、ある日突然のことだった。最初は自分の頭がおかしくなったのか不安になったもんだよ」


 店主は手元からこちらに視線を移した。


「……君もだろ?」


「――はい、そうです。日本の記憶が」

 

 抱え続けた重たい荷物を下ろしたような解放感があった。


「このことは誰にも?」


「ええ、もちろん」


「それが賢明というものだ。ロゼル、ランス……周辺国全てで信仰が禁じられている。もしも、誰かに言い広められたら、危険人物として投獄されかねないからね」


 戦乱がなく、魔王のいない世界ではあるが、この点だけはシビアだった。

 この世界に生まれる前の記憶について口にしたら、よからぬ意図があると勘ぐられてもおかしくはない。


「ところで君は……冒険者なのかね?」


 店主は俺の姿をしげしげと眺めながら言った。


「元冒険者です。今回は探索のためにロゼルへ」


「そういうことか……ふむっ」


 彼は少し考えるように腕組みをした後、刀を差し出した。

 俺はそれがどういう意味なのか理解できず、すぐに言葉が出なかった。


「自分のような老いぼれが店の肥やしにするより、若い者が使う方がいい。きっと、こいつも喜んでくれるだろうて」


「い、いいんですか、お代は……?」


「ああっ、遠慮せんでいい」


 俺はためらいながら、刀を受け取った。

 剣に比べて刀身が細いため、ずいぶん軽く感じた。  

 鞘からそっと引き抜くと、美しい刃が露わになった。


「大事に使わせてもらいます」


「また、旅の話を聞かせに来ておくれ」


「はい、必ず」


 俺は深々と頭を下げて、武器屋を後にした。

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