冒険の始まり

「――Bランクの冒険者か。そりゃ戦力になるな、ふむふむ」


 フランの話を聞き終えたハンクは興味深そうにしていた。


「ところで、今日は何か用事だったんですか?」


「おおっ、そうだ。この前の嬢ちゃんに町で行き合って、手紙を託されたんだった」


「……もしかして、エスカのことですか?」


「おう、そうだな」


 ハンクは背中のバックパックから、筒状に丸まった紙を差し出した。

 俺はそれを受け取り、読めるように伸ばした。


「……なるほど、そういうことか」


 ギルドの遠征で人が足りず、適任ということでエスカが選ばれた。

 しばらく、会えないかもしれない――そんな内容だった。   

 文字は走り書きに近く、急いでいたようで行き先もなかった。

 

 ギルド経由なら目的地を調べられるので、その点は問題ない。

 彼女もそれなりに経験を積んでいるが、無事に戻ることを願うばかりだ。


「何か問題があったか?」


「いえ、しばらく留守にするという連絡だったみたいです」


「心配ないみたいね。それじゃあ、七色ブドウの話を進めましょう」


 アデルは少し気遣うような表情を見せた後、用件を切り出した。

 俺たちはいつの間にか、仲間のように一つのテーブルを中心に集まっていた。


「それなら、おれから話すぞ」


「ええ、お願い」


 アデルはそう言って、短く頷いた。


 ハンクが話し始めると、フランは緊張した様子で耳を傾けた。

 伝説の男の言葉を金言とばかりに聞き入れようとするように見えた。


「七色ブドウは隣国ロゼルの山の中にある。幸か不幸か、キラービーがうろうろしているおかげで人が寄りつかない」


「……あの、ハンク様」


「様はいらねえ、ハンクでいいぞ」


「は、はい。わたくしはキラービーの討伐経験がありますわ」


「こいつは心強えな。何匹ぐらいだ?」


「少なく見積もっても十匹以上は……」 


「そうか、なかなかやるじゃないか」


 ハンクは感心したように目を輝かせた。

 彼のそんな反応を引き出すぐらいに、フランの実績は目を見張るものだった。 

 

 キラービーは非常に獰猛で、人里に出た時はギルドが討伐対象に指定する。 

 そのことをキラービーたちが学習したらしく、滅多に現れないと言われている。

 俺が冒険者をしていた頃は一度も遭遇しなかった。


 俺はちらりと彼女の方に顔を向けた。

 その細身にどれだけの力を秘めているのだろう。


「マルク、今回も行くよな」


「い、いいんですか?」


「ふふっ、行きたそうな顔をしているわ」


 アデルが冷やかすように笑った。


「おれとアデルは自分で身を守れる。お前さんはフランと組んでくれ。この娘(こ)と一緒なら何とかなるんじゃないか」


「ええっー、それはあんまりですわ」


 俺は心強く思ったが、フランは不服そうだった。

 もしかして、アデルとの相席の件を許してくれていないのだろうか。   


「フラン以外に適任はいないと思うぞ」


「そ、そうですの……?」


 偉大なるハンクの申し出に、フランの心は動いているようだった。


「フラン、私からもお願いするわ」


「……お姉さまもそう仰(おっしゃ)るなら」

 

 強力な後押しを得て、フランは俺と組んでくれるように見えた。

 実質、彼女に守ってもらうようなものだが、それは仕方がない。

 俺が現役だったとしても、CランクとBランクでは大きな差があるのだ。


 それから、俺たちは三日後にバラムを出発することを決めて解散した。

 今回は馬車移動になり、料金はフランの奢りになった。

 最初はアデルが払うと申し出たのだが、フランが支払いを懇願した流れだった。

 何とかして、アデルに恩を着せたかったのかもしれない。




 出発当日。空は澄み渡るほどに青く、絶好の冒険日和だった。

 店の売り上げは好調だったが、今回のために三日間の臨時休業にした。


 俺は朝早く目が覚めてしまい、一番乗りで馬車乗り場に到着した。

 特にやることもなかったので、馬の世話係と雑談をしながら待った。


 そのうちにフランが、アデルが、ハンクが順に顔を出した。

 やがて、出発の時間になり、俺たちは馬車に乗った。

 今回の馬車は幌がついた立派な作りだった。

 

「いやー、馬車に乗るなんて久しぶりだぜ」


「なかなか乗れる機会がないので、楽しみですね」


 俺とハンクは向かい合うかたちで腰を下ろしていた。

 

 今回は相乗りではなく、いわゆるチャーター便なので、庶民には手の届かない金額がかかっている。

 それを余裕で支払えるアデルやフランの財力は底が知れなかった。

 

 御者台の向こうを眺めると、歩くよりも数割増しの速さで景色が流れていく。

 徒歩ではロゼルに入るまで丸一日かかるが、馬車なら夕方より前には到着する。

 七色ブドウは山中にあるみたいなので、体力を節約できて幸いだった。


 馬車は順調に進み、途中で休憩を挟みながら移動を続けた。

 アデルとハンクは話しかけてくれたものの、フランは愛想が悪かった。

 二人で戦うのであれば前途多難だが、まずは冒険を楽しみたかった。


 目的地に到着すると、御者の男が道が空いていて早く着いたと教えてくれた。

 それを聞いて馬車から下りてみると、夕方には少し早い明るさだった。

 現在地はロゼルの町、アルダンらしい。


 ワーズほど田舎ではないが、有名なところではなく、手持ちの情報は少なかった。

 一方、俺以外の三人は多少土地勘があるらしい。


「今から出向くと、途中で日が暮れそうだな。ブドウ探しは明日にするぞ」


 全員が馬車から下りたところで、ハンクが言った。


「賛成ですわ。夜闇でキラービーと戦うのは不利ですもの」


 落ち着いたフランの言葉には妙に説得力があった。


「それじゃあ、ここで解散。明日の朝に出発な」


 話についていけずにいると、宿屋は一軒だけだとハンクが補足してくれた。

 それを聞いて、待ち合わせるまでもないと理解した。

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