お嬢様な槍使いフラン

 遺跡のワインが飲めないことを確認してから、俺たちは引き返した。

 アデルはショックが大きかったようで、しばらく放心状態に見えた。


 彼女のダメージを倍増させたのは、砕け散った瓶の中身が貴腐ワインを超える希少度の七色ブドウのワインだと分かったことのようだ。

 木箱のプレートにそう刻まれており、アデルとハンクの二人も確認したので間違いないだろう。

 

 七色ブドウは幻の果実と言われていて、「どこかに存在するらしい」程度の認識しかない。

 希少価値を考えれば、アデルの反応も自然だと思えた。


 遺跡を離れてからは、来た時と同じように道なき道を進んだ。

 遅れないように足を運んでいると、ワーズの村の近くに出た。

 帰りは立ち寄る用事はなく、俺たちは村を通過して街道を歩いた。


 それからしばらくして、アデルの状況を見かねたようにハンクが話し始めた。


「熟成の時間ばかりはどうにもならねえが、七色ブドウに心当たりがあるぞ」


「えっ、うそ……どこに?」


「正直、今回よりも危険な場所にある。行くのは戦力を補強してからだな」


 俺が現役だったとしてもCランク。

 さらに上の冒険者、もしくは人数を増やした方が無難ということか。


「心当たりはありそうですか?」


「いや、バラム周辺では厳しいな。それに七色ブドウの場所を知られたくないから、聞いて回るようなことはしたくない」


「そうですか、バラムのギルドで誰かいたかな……」


 Bランク以上が望ましいところだが、上位者はそんなに多くない。

 周辺地域の危険度の低さを考えれば、妥当なバランスだった。


「私でよければ、戦力が一人いるわ」


「そうか、今回はあんたに任せるぜ」


「俺も役に立てそうにないので助かります」


 戦力強化はアデルに頼ることになった。




 遺跡から戻った後、アデルから候補者と連絡が取れたことを知らされた。

 彼女の話では、その人物は取り込み中で時間がかかるという話だった。 


 そんなわけで、焼肉屋の営業を続けながら待つことにした。

 店を開いていると、時折アデルやハンクが顔を出して、焼肉を食べていった。

 

 静かな日々が続いたある日、昼下がりの店には食事を終えたアデルの姿があった。

 以前はエルフがいることで近寄りがたいという評判だったらしいが、美食家アデルが通う店という口コミが広まったようで繁盛するようになった。

 今ではテーブルが三つに増えており、ついさっきまで満席だった。


「お疲れ様。そこに座ったら」


「ああっ、どうも」


 俺は手にしたアイスティーをテーブルに置いて、椅子に腰を下ろした。

 アデルは相変わらず気品を感じさせるオーラがあるが、近くに腰かけることを許される程度には打ち解けていた。

 正面に座る彼女は、お得意様専用のティーカップで高級茶を飲んでいる。

 

 休憩しながら店の周りを眺めていると、涼しくてさわやかな風が吹いた。

 この地域では一年中、同じような季節が続くのだが、多少は気温の変化がある。

   

 そんな状況を味わっていると、誰かが店の方に歩いてきた。

 見知らぬ人なので通り過ぎるかと思ったら、そのまま直進して近づいてくる。


「あのー、今日の営業は――」


「――お姉さまー!」


 おやっ、アデルの知り合いなのか。

 若い女が彼女に抱きつかんとばかりに接近していた。

 

「……あら、フラン。ギルドの依頼は終わったのね」


 アデルはいつも通りのように見えるが、少し顔が引きつっていた。


「ええ、わたくしの活躍でドラゴンを追い返しました。……ところで、この男は何ですの?」


「この店の店主よ」


「はじめまして、マルクといいます」


「わたくしはフラン……そうじゃありません!」


 フランは少々興奮した様子で、俺がアデルに相席を許されていることに憤慨していることを説明した。


「……ところで、アデルが話していたのは彼女で?」


「ええ、そうよ」


「ああっ、なるほど」


 フランは水色の長い髪で、袖のない衣服と動きやすさを重視するような軽装備を身につけている。

 槍使いのようで、先端が布で覆ってある長柄の武器を携えていた。


「ひどいわ、お姉さま。わたくしというものがありながら」


「私たちはそういう関係じゃ……。ごほん、まずは自己紹介をしたらどうかしら」 


 アデルは仕切り直すように言った。


「仕方ありませんわね。お姉さまがそう言うのでしたら」


 フランは気が進まない様子で自己紹介を始めた。




「――すごい、Bランク冒険者とは」


 フランは声高に経歴や出自などを説明したのだが、ピークタイムを終えた頭には少しの内容しか入ってこなかった。


 大都市の貴族の家系で、本名はフランシスカ。

 社会勉強のために冒険者になったら、適性があったようで現在も活躍中。

 だいたい、そんなところ。


 十分に戦力になりそうなので、ハンクに紹介したいところだ。

 

 次に彼が来るのはいつだろうと考えたところで、店の近くに誰かが来た。


「よう、二人とも揃ってるな」


 ハンクが笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「おおっ、ちょうどいいところに」


「ハンク、戦力が揃ったわよ」


「……ハンク、無双のハンクですの?」


 フランは冒険者ならではの反応を見せた。

 生きた伝説と顔を合わせたのなら、まさか本物が、と思うものだ。 

 

「まあ、本人っちゃ本人だな」


「わ、わたくしは冒険者のフランですの。以後お見知りおきを」


 そして、彼女は誰も頼んでいないのに自己紹介を始めた。



 あとがき

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