誰も訪れない遺跡

 翌朝、店で待っていると、アデル、ハンクという順にやってきた。

 

「おはようございます」


「おう、エスカの嬢ちゃんは一緒じゃないのか?」


「人数が多いとハンクに守ってもらう負担が増えそうなので、今回は声をかけませんでした。別の機会に同行する時はお願いします」


「ああっ、問題ねえ。そろそろ出発するか」


 全員が揃ったところで、店の敷地を出て歩き出した。

 町を通過して街道に出ると、道なりにひたすら歩く。

 ワーズの村はそう遠くないので、昼頃には着くだろう。


 今日の天気は良好だった。

 上空に少し雲が浮かんでいるが、その切れ間から青空が覗いている。

 まずまずの冒険日和と言えるだろう。


 アデルとハンクの相性が気がかりだったが、俺の杞憂だったようだ。

 時折、彼女がワインや遺跡に関することをたずねると、彼は答えていた。


 三人で街道を進んでいると、道の先にワーズの村が見えてきた。


「ワーズに着きましたね」


「おう、まずは腹ごしらえだ」


 そこそこ歩いたので、ハンクは空腹なようだ。

 アデルはそこまででもない雰囲気だった。


 入り口を通って、村に入る。

 以前来たのは数年前だが、特に変わったところは見当たらなかった。

 のどかな農村で、バラムよりも規模が小さい。


「そういえば、ここの村は食事ができるようなところはなかったような……」


 前回、冒険者仲間と来た時、食堂などに立ち寄った覚えはない。


「マジか、飯はどうすればいいんだ」


「村の雑貨店でパン、果物ぐらいは売っていたと思います」


「そうか、それで手を打とう」


 ハンクが表情を変えずに言った。

 アデルに同意を求めると、いいんじゃないと興味なさげだった。

 質素な食事に気が進まないのかもしれない。


「まずは雑貨店に行きますか」


 俺たちはその場から移動した。


 雑貨店に向かうと、おばさんが一人で店番をしていた。

 それ以外に地元民らしき買い物客が数人いる。


「いらっしゃい」


「こんにちは」


 おばさんは俺と目が合うと、挨拶をしてくれた。


 品揃えを見ると、日用品から野菜、果物など。

 それにすぐに食べられそうな数種類のパンが売られていた。  


 一通り売り物を眺めた後、干しブドウの入ったパンを手に取り、会計を済ませた。

 俺自身は元冒険者だが、田舎には冒険者に対してよく思わない人もいるため、足早に店を離れた。

 冒険者の中には、ならず者みたいなやつもいるので仕方がないのかもしれない。


 少し経つと、アデルとハンクも買い物を済ませて出てきた。


「たまにはパンで昼飯も悪くねえな」


 ハンクは包み紙にくるまったパンを数個手にしている。

 アデルは何も買っていないように見えた。

 

「お腹空かないですか?」


「ああっ、気にしないで。携帯用の食料があるから」


 彼女はそう言って、荷物の袋から薄い紙に包まれた細長い板状の何かを取り出した。

 日本の記憶がオーバーラップして、行動食のエナジーバーのように見えた。


「おっ、見たことねえ食べ物だな」


 近くにいたハンクが興味津々な様子で加わる。


「よかったら、食べる? 遺跡の情報のお礼がまだよね」


「いいのか? それじゃあ、一本もらうぜ」


 アデルは袋から取り出したものをハンクに手渡した。


「あなたもどう?」


「では、一本だけ」


 彼女は袋からもう一つ取り出して、俺に差し出した。 


「ありがとうございます」


 これはなかなかの代物だった。

 ドライフルーツや麦を押し固めて焼かれており、美味しそうな見た目をしている。

 ハンクが食べ始めたので、それに続いて口に運んだ。


 ……言葉が出てこない。

 中に入った果実には絶妙な甘さと風味があり、香ばしい食感が食欲を刺激して、次へ次へと口を動かしてしまう。


 この世界で食べた物の中で、圧倒的な美味しさだった。

 食文化の水準を考えたら、オーバーテクノロジーなほどに。

 

 ふと、ハンクを見ると涙を流していた。

 彼の気持ちはよく分かる。

 

「ふふっ、さすがに泣くのは大げさすぎるわよ」


 アデルは笑いのツボが刺激されたようで、笑い声を上げた。

 そんな彼女の様子を見るのは初めてだった。


「……しょうがないだろ、美味すぎるんだもん」

  

 とても率直な感想で、ハンクに好感を抱いた。

 

「さあ、食事が終わったら、遺跡に行くわよ」


 それから、俺たちは手早く食事を済ませた。


 


 昼食後、ハンクの案内で遺跡に向かった。


 ワーズの村を離れ、草原を進み、木々をかき分け、川を越え、ハンクの背中を追い続けると、洞窟の入り口に辿り着いた。

 彼の話ではこの先が遺跡になっているらしい。


「いかにもアンデッドがいそうよね」


 アデルが嫌悪感を隠さないような声で言った。


「数は大したことないと思うぜ。店主……マルクだったか。洞窟に潜るのは今回が初めてか?」


「冒険者だった時があるので、多少の探索は経験しています」


「それなら、問題なさそうだな」


 ハンクほどの人がそう言うのなら、大丈夫なのだろう。

 

「それじゃあ、おれについてきてくれ」


 ハンクは入り口付近でホーリーライトを唱えると、そのまま中に入っていった。

 アデルも同じ魔法を使い、俺もホーリーライトを唱えた。

 狭い場所で同行者がいる場合、仲間に燃え移る危険があるため、サスペンド・フレイムは使いづらい。

 

 アデルの後ろに続いて洞窟に足を踏み入れる。

 日中なせいか、入り口付近は明るかった。

 周囲には苔が生えており、湿り気のある空気が漂っている。


 ハンクは俺とアデルを気遣うように、ゆっくりと進んでいた。


 入り口の先は下り階段になっており、その先は地の底まで続くように暗闇だった。

 長い階段を最下部まで下りると、さらに奥へと道が続いていた。


「この辺りからアンデッドが出る。警戒を怠るな」


 ハンクの声に促されて、身が引き締まる感覚だった。


 慎重に三人で進んでいると、道の脇から何かが飛び出してきた。


「――ファイア・ボール」


 アデルが素早い反応で、火球を打ち込んだ。

 ガシャっと音がして、周囲に人骨が散らばった。


「ボ、ボーンナイトか」


 久しぶりに見るアンデッドに鳥肌が立った。

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