ハンクの再訪

 アデルのハンク探し一日目は、空振りに終わった。

 待ち人は来ないまま、時間だけが過ぎていった。


 アデルは食後のアイスティーを飲み干した後、また来るわと言って立ち去った。

 今回もお気に召したようで、支払いは金貨一枚だった。

 彼女はそれ以降も連日、この店を訪れた。

 

 俺は毎日のようにメニューに工夫を凝らして、アデルが飽きないようにした。

 相変わらず、エルフに身構える人が多いおかげで客足は伸びていない。

 ただ、彼女の金払いがよく、エルフのことが平気なお客もいたので黒字だった。


 そんな日々が何日か続いた。

 彼女は常連と言ってもおかしくないほど、俺の店に通っていた。


 今日も仕込みを終えてしばらくすると、店の前に彼女が立っていた。


「……すごくありがたいんですが、肉ばかりで飽きませんか?」


「私が退屈しないように工夫を凝らしているのに、変な質問をするのね」


 まるで、見透かしたような言い方だった。

 アデルは少し皮肉っぽい笑みを浮かべている。


「まあ、そうっちゃそうですね。席へどうぞ」


 アデルをテーブルに案内すると、彼女は勝手知ったる様子で椅子に座った。

 

「これから用意しますけど、ハンクは来るんですかね?」

 

 アデルに情報提供したものの、俺自身に確信がなかった。


「きっと、来るわ」


「なるほど、その根拠は?」


「強いて言えば、エルフの勘ってやつかしらね」


 アデルは興味のなさそうな表情で、結んだ髪の毛を指でくるりと回した。

 

 同じような状況になったとして、十日連続で空振りだったら心が折れそうだ。

 わりとありがちな、エルフは長寿命で人間と時間の感覚が違う的なことを話そうと思ったが、彼女の逆鱗に触れそうなので口を閉じた。




 この日も同じようにハンクが来ないまま、一日が過ぎると思った。

 工夫を凝らした肉料理を出して、それをアデルが食べる。

 デジャブのように繰り返した光景だった。


 それから、アデルが食後のハーブティーを飲み始めたところだった。

 彼女は何かに反応するように、ピクリと身体を動かした。

 そして、静かに後ろを振り向いた。 

  

 俺は何が起きているのか分からず、その視線の先を辿った。


「よう、美味そうな匂いがしてんな」


 店の前にハンクが立っていた。


「――あなたがハンクね」


 アデルは面識がないはずだが、ただならぬ気配でハンクだと理解したようだ。

 椅子に腰かけたまま、顔だけを向けて話している。


「んんー? あんた誰だ」


「私はアデル。あなたが貴重なワインに詳しいと、そこの店主から聞いたの」


「ああっ、そういうことか」


「あのその……勝手にすみません」


「いいってことよ。その程度のこと、気にはしねえさ」


 ハンクは問題ないと言うように、穏やかな表情を見せた。


「それで、何か情報はないかしら?」


「珍しいワインが眠る遺跡なら聞いたことがあるな」


「なるほど、遺跡ね……その線は考えなかったわ」


 アデルは納得するように頷いた。

 そして、椅子から立ち上がり、距離を挟んでハンクと向かい合った。


「冒険者ハンク、そこに連れて行って」


「別にかまわないが……なあ、おれにも肉を食わせてくれ」


「はい、ただいま」


 ハンクは注文をした後、アデルとは別の席の椅子に腰を下ろした。


 今日のメニューはアデル限定で高価なヒレ肉――牛肉の女王様――をチョイスしたものの、ハンクはがっつり食べたいはずだ。

 タレはアデルと同じスパイシーなものにして、肉は食べごたえのある脂身が多い部位にすることにした。


 肉や食器、タレを用意して提供すると、ハンクはすぐに焼き始めた。

 じっと焼き加減を気にしながら、タレをつけては口へ運ぶという動作を繰り返す。

 かなりの量を盛りつけたはずだが、すぐに完食してしまった。


「さっきの遺跡だけど、どの辺りにあるのかしら」


 彼が食事を終えるのを待ちわびたように、アデルが切り出した。


「ワーズの村、その近くだ」


「そんなところにあるんですね」


 冒険者をしていた頃、ワーズ周辺を訪れたことがあるが、遺跡の話は聞いたことがなかった。


「普段、人が立ち寄らないような場所にあるからな」


「それで、いつ行けるの」


「んっ、そうだな。今日でなければいつでもいい」


「あら、そう。何か理由が?」


 俺もアデルと同じことを思った。


「遺跡に着くのは夕方。探索が長引けば日が沈む。暗い時間は避けたいんだよな」


「……まさか」


「そのまさかだ。アンデッドが出るんだ」


 アデルはハンクの言葉を聞いた後、少し考えるような間があった。


「……目的のワインを手に入れるためなら」


「行くのはかまわないが、あんたは戦えるのか」


「もちろん、何なら確かめてみる?」


 二人は椅子に腰かけたままだったが、周囲の空気が張り詰めるような感じがした。

 そこで、アデルがそっと手のひらを上に向けた。

 

「――サスペンド・フレイム」


 唐突に彼女の手の上に炎が舞い上がった。

 すぐに消えはしたが、規格外の大きさだった。


「え、えっ、今のサスペンド・フレイムですか!?」

  

 目の前の出来事が信じられず、思わずアデルにたずねた。


「ええ、そうよ。こんなところで攻撃魔法を使うのはさすがにね」


「あんたにそれなりの魔力があるのは分かった。それじゃあ、明日な」


 そう言うと、ハンクは椅子から立ち上がった。


「ちょっと待った。あなたの実力も見せてちょうだい」


「おれもか……しょうがねえ、見せてやるよ」


 ハンクはホーリーライトを唱えて左手に光を発現させた後、右手で石ころを拾って真上に投げた。

 続いて、それが落下してくるところで手刀で細かく刻んだ。


「す、すごっ……」


 魔法のコントロールは集中が必要なのに、反対の手で石を切り落とすなんて……。

 彼がただの伝説ではなく、凄腕の冒険者であるところを垣間見た瞬間だった。


「もういいだろ。明日の朝、ここに集合な」 


「よろしく頼むわ」


 二人は不敵な笑みを浮かべていた。


「あっ、明日は定休日なので、俺も行きます」


「いいんじゃない」


「そうか、また明日な」


「よ、よろしくお願いします」


 すごい顔ぶれで出かけることになった。

 久しぶりの冒険に胸の高鳴りを感じた。

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