常連エルフとベリーソース

 翌朝、いつものように店に出て、周囲の掃除を始めた。

 ほとんど意識していないつもりだが、以前の記憶が影響しているようで、朝の掃除をしないと落ち着かなかった。


 まばゆい日差しの下、街路樹の落ち葉を掃き集めて、ごみを拾い終わった頃、大きな台車を引いた人が近づいてきた。


「毎度どうもー、氷屋でーす」


「ああっ、おはようございます」


「氷はいつものところで?」


「はい、お願いします」


 氷屋の男は顔なじみだった。

 彼は手際よく台車から氷を下ろすと、そのまま店の中に向かった。


 バラムの町は治安がいいので、人の隙をついて金品を盗むような者はいない。

 治安の悪い地域では一部始終を見届ける必要があるだろうが、そこまでする必要はなかった。


「ほいじゃあ、またー」


「どうも、ご苦労さまです」


 氷屋の男は台車を引いて、軽やかに去っていった。


 台車で氷を運ぶ作業は重労働のはずだが、苦にしているようには見えない。

 彼の仕事ぶりを知る人の中ではドワーフのハーフであるとか、魔法で身体強化しているとか、色んな噂がある。


「うーん、実際のところどうなんだろう」


 俺は掃除を終えて、店の中の調理場に向かった。

 簡易冷蔵庫の中を見ると、牛ロースと塊肉がしっかり冷えている。

 

「ロースの食べ方を変えるか、塊肉を使ってみるか……どちらにするべきか」


 二つの肉を前にした状態で固まってしまった。

 アデルだけではなく、他のお客のことも意識しているが、彼女が来るのなら相応の準備が必要だろう。


 しばらく考えた後、塊肉を使うことにした。

 続いて、どんな料理にするか。


 そこでふと、アデルが置いていった果実酒に焦点が合った。

 半分以上中身が残っている。


「……なるほど、ベリーソースか」

 

 脳裏を一つの調理法がよぎった。

 俺は財布を手に取り、すぐさま市場に向かった。


 サンセット通りを足早に抜けて、マーガレット通りに入る。

 小走りだったせいか、すぐに市場に着いた。


 俺は果物屋で新鮮そうな木イチゴを買った。

 それを傷めないように気をつけながら、急いで店に戻る。


 市場から店に到着すると、購入した木イチゴを調理台の上に並べた。

 手早く水洗いして味見をする。 


 口の中にほんのりと甘みが広がり、みずみずしい食感が新鮮さを物語っている。


 素材は合格点だった。

 あとは作り手の腕次第ということになる。


 かまどに薪を何本か放り込み、魔法で着火する。

 

 サスペンド・フレイムはお客が肉を焼く時に火の番をしないで済むという点で適しているが、一般的に料理をする時には使わない。

 理由として、そこまで火力が出ないところが大きい。

 

 かまどの火力が十分になったところで、鍋を乗せて材料を投入していく。 


 材料は木イチゴ、赤ワイン、ソルサ、砂糖少々、香りづけのハーブ。

 ソルサはウスターソースに似た調味料で、家庭料理によく使われている。


 鍋の中を木べらで混ぜ合わせていると、調理場に甘く深みのある香りが漂う。

 温度が上がってきたところで、火力に注意して焦げつかないようにする。


 そうして煮詰めるうちにベリーソースが完成した。


 出来立ては熱すぎるので、少し冷めたところで味見をする。

 スプーンでそっとすくって、とろみのついたソースを舌に乗せる。


「おおっ、これはなかなか」


 ほどよい甘みとソルサやハーブのアクセントが組み合わさり、肉料理に向いた軽やかな酸味がした。


 鍋に蓋をして、今度は塊肉を切り出す作業に入った。


 お客に焼いてもらうスタイルである以上、厚みはそこまで出せない。

 かといって、薄すぎるとソースの味に肉の旨味が負けてしまう。


 悩んだ末、実際に鉄板で焼きながらちょうどいい厚さを決めた。

 

 肉とソースが開店前に用意できたことで、安堵する気持ちになった。

 店内の椅子に腰かけて一息ついた後、アイスティーで水分補給をした。


 開店時間の少し前に外に出て、調理台の準備をしながら鉄板を乗せていく。

 椅子とテーブルを拭き終わったところで、誰かが近づいてきた。


「店主、早速来たわよ」


「ああっ、どうも……」


 アデルが腕組みをしてこちらを見ていた。

 予告はされていたが、実際に来られると驚いてしまう。


 汗ばみそうな陽気なせいか、彼女は下ろしていた髪を一つにまとめて結っている。

 身なりはいつも通りに上品な雰囲気だった。


「席に座ってもらって大丈夫ですよ」


「ハンクを待つのに手持ち無沙汰だから、料理を出してもらえるかしら」


「それはどうも。すぐに用意します」


 相変わらず、アデルを前にすると緊張してしまうが、段々と慣れてきた気もする。


 俺は調理場に向かうと、塊肉が盛りつけてある皿を冷蔵庫から取り出した。

 最終確認のために、もう一度ベリーソースの味見を行う。


 食器なども用意できたところで、アデルの席に順番に運んだ。


 彼女に簡単な説明をすると、トングで肉を挟んで鉄板に乗せていった。

 

 赤い髪をしたエルフが肉の焼ける様子をじっと見つめている。

 そんな非日常の光景が近寄りがたい雰囲気なのか、通行人は遠巻きに眺めては通りすぎていった。


 複雑な心境で待っていると肉が焼き上がったようで、アデルは食べ始めた。

 酷評されるような味ではないが、岩塩の時よりも個性的な味なので、彼女の口に合うのか読めなかった。


「なにこれっ」


 ――まさか、お気に召さない味だっただろうか。

 

 背中を冷たい汗が伝うような感覚がした。

 慌てて彼女の席へ向かう。


「うん、美味しい。食べたことのない味よ」


「あっ……気に入ってもらえたならよかったです」


 平静を装いながら、アデルに反応を返した。


「昨日のワインを使ったのね。あとは色々組み合わせたってところかしら」


「はい、その通りで」


 彼女は興味津々な様子で、肉にソースをつけてはじっくりと味わっている。 

 その反応からして、ベリーソースという選択は正解だったみたいだ。


 記憶の限りでは、地球でもこの手のソースは一部の国にしかないので、こちらでも珍しい部類に入るはずだ。


 もしかしたら、アデルがここまで評価してくれるということは、一般客に出せば店が繁盛するかもしれない。

 そう考えると、胸にきらめくような希望が湧き上がる気がした。

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