彼女の探しもの

 マーガレット通り周辺から、自分の店のあるサンセット通りへと進む。 

 店に向かう道中、アデルがゆっくりと話し始めた。


「心当たりがあるみたいでホッとしたわ」


「それはどうも。お目当てのワインをそんなにもご所望で?」


「あなた、キフワインって分かる?」


「キフ、ワイン……ですか」


 たしか、日本にいた時、耳にしたことがあるような。

 記憶を辿ろうとしてみたが、なかなか思い出せなかった。


「そうね、特別なブドウを使ったワインと言えば伝わるかしら」


「――そうか、貴腐(きふ)ワインのことか!」


「分かってもらえたなら、話が早いわね。私が探しているのはそれなの」


 アデルは話が通じたことに満足したのか、少し表情が柔らかくなった。

    

 二人で話しながら歩くうちに店の前に着いた。

 だいぶ暗くなっているので、敷地に足を踏み入れて魔法でランプに火を灯す。


「適当に座ってもらえれば」


 立たせたままにするわけにもいかず、テーブル席の椅子へとアデルを案内した。


「ええ、ありがとう」


「お茶ぐらい出すので、少し待ってください」


「あら、気が利くのね」


 アデルが腰を下ろしたところで、その場を離れた。


 店内に入ると真っ暗だったので、ここのランプにも火を灯した。 

 調理場の簡易冷蔵庫の扉を開けて、冷やしておいたハーブティーを取り出す。

 余ったハーブで作っただけだが、素材がいいおかげで香りの質が高い。


 アデルはワインを探しているぐらいなので、酒を嗜みそうな気がした。

 ジンの入った瓶を脇に挟み、来客用のカップを手に取った。

 

「お待たせしました」


「芳しい香りがするわね。何が出てくるのかしら」


「ハーブティーとこの町で蒸留されたジンです。お酒はいける口で?」


「すぐに酔いはしないわね。初対面で泥酔するような節操なしではないわよ」


「これは失礼しました」


 俺とアデルは互いに笑みを浮かべた。


 早速、給仕に取りかかる。

 カップにジンを少量入れた後、ハーブティーを注ぐ。

 それから、マドラー代わりの棒で数回、柔らかく混ぜる。


「はい、できましたっと」


 完成したものをアデルに差し出す。

 彼女はじっとカップの中身を眺めた後、静かに口へと運んだ。


「これはなかなかいい香りね」


「気に入って頂けたようで」


「あなたは何か飲まないの?」


「そんなに喉が乾いてないので」


「ほら、遠慮しないで、これを飲んだら?」


 アデルは荷物を入れていた袋から、瓶のようなものを取り出した。

 見た目からして高級ワインか何かだろうか。 

 

「何ですか、それ?」


「少し前に貴族から求婚を迫られて、その時にもらった果実酒」


「それは色んな意味で重い……というか、高そうですけど」


「この手の種類は飲み尽くしたから、気にしないで」


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 そそくさと店に入り、マイカップを手にしてアデルのところに戻る。

 彼女はすでに栓を抜き、スタンバイしていた。

 立ったままではぎこちないので、彼女の向かいに腰を下ろす。

 

 マイカップをテーブルに置くと、アデルが果実酒を注いでくれた。

 

「さあ、飲んで飲んで」


「では……その前に乾杯を」


「いいわ、そうしようかしら」


 アデルの同意を受けて、一礼してカップを掲げた。


「――名高き果実酒に」


「――若き店主の繁栄に」 


「「――祝福を」」


 俺たちは互いのカップを合わせて、乾杯した。


 早速、アデルに注がれた果実酒を飲んでみる。

 カップが口に触れた瞬間、芳醇な香りが漂ってきた。

 口の中に入ると、今度は果実の濃厚な風味が広がっていく。


「これは野イチゴ……ベリー系の果物を発酵させたものか」


「甘そうな果実酒ね。度数も低いでしょうから、子どもの飲み物だわ」


「なかなか手厳しい。これはこれで美味しいですよ」


 子どもの飲み物にしては、上品すぎる味わいだった。

 これを飲めた幸運に感謝して、言い返す気にもならない。


「そういえば、貴腐ワインの話はどうなったのかしら」


 果実酒を味わっていると、アデルが気を取り直したように言った。


「この前、無双のハンクに会ったところで、彼ならお宝に詳しいんじゃないかと」


「すごい名前が出てきたわね。まさか、彼がこの町にいたの?」


「つい最近、そこで一緒にシカ肉を食べたばかりです」


 ハンクが座った席を指先で示すと、アデルが目で追った。

 信じられないという表情が浮かんだ。


「諸国放浪の旅をしている噂だけど、またこの店に来るのかしら」


「別れ際にまた会おう、みたいなことは言ってましたね」


 社交辞令みたいなものかもしれないので、期待していいのか分からないが。


「そういうことなら、無双のハンクが来るまで待とうじゃないの」

  

 アデルはどう解釈したのか、納得したような様子だった。

 カップの中身をぐいっと飲み干すと、彼女は椅子から立ち上がった。


「明日は店を開くのよね?」


「そのつもりですけど」


「それじゃあ、また来るわ」


 アデルはそう言うと、優雅に身を翻して去っていった。

 燃えるように赤い髪が路地の魔力灯に照らされて、徐々に遠ざかっていく。 


「それにしても、明日も来るのか。凝ったメニューじゃないと怒りそうだな」


 誰もいないテーブルで、思わずぼやく。

 肉の用意は十分なので、食べ方に変化をつけるとしよう。


 俺はカップに入った果実酒を飲み干した。

 夜空を見上げると星々が輝き、涼しげな夜の風が頬に触れた。

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