アデルとの再会
ハンクと会った日から数日が経過した。
あれから、ミスリル製のナイフを鞘から抜いて刃を確かめたところ、切れ味と美しさが両立された超絶技巧を目の当たりにした。
人間の中にも優れた腕前の鍛冶師はいるが、同じように再現できるか疑問が残る。
ドワーフを町で見かけることは滅多にないが、彼らが作った可能性が高そうだ。
失くさないように持ち歩くようにしているが、誰もいない時に思わず眺めてしまうほど、見惚れるような完成度だった。
そんなナイフと財布を懐に入れて家を出発した。
明日、店で使う肉の仕入れと、自分の食事の用意が目的だ。
エレーヌ川にかかる橋を渡り、マーガレット通りの市場を目指す。
これから夕方に差しかかる時間帯で、空が黄金(こがね)色に染まり始めている。
王都のように栄えた都市は別かもしれないが、バラムの人たちは日本のような長時間労働という概念がないような印象だった。
この時間には、すでに仕事帰りと思われる人たちが歩いている。
商人や職人、ギルドの関係者など、色んな職業の人々とすれ違った。
マーガレット通りに到着すると、夕食の買い出しに来た人たちで賑わっていた。
市場の最初に花屋があるのだが、残念ながら贈る相手がいないので素通りした。
ここからしばらく先まで露店が店を開いていて、次は果物を売る店が数軒並ぶ。
リンゴ、オレンジ、ブドウなど。
色とりどりの果物が売られているが、実はどれもそこまで甘くはない。
この世界では果樹の栽培技術がそこまで発展していないため、道端に自生したものと糖度に大きな差はなかった。
「見た目は鮮やかなのに、味が非常に惜しい……」
タレ作りで出番はあるかもしれないが、積極的に食べたいわけではなかった。
果物屋の辺りを抜けると、鮮魚店が軒を連ねる一角に入った。
海の魚なら食べたいと思うものの、ここは川魚中心なので通り過ぎる。
続いて精肉店の並んでいる場所が見えてきた。
だいたいの店主が顔なじみで、目が合うと適当に挨拶を交わす。
それから、仕入れ先であるセバスの店の前に来た。
先にいたお客が彼の接客を受けて、肉を買って帰るところだった。
先客が立ち去ったところを見計らい、彼に声をかける。
「セバス、売れ行きは順調そうだな」
「マルクじゃないか。仕入れの分なら取ってあるぞ」
「食事の買い物を済ませたら、その後で寄らせてもらうよ」
「そうか、また来てくれ」
セバスの店を後にしようとしたところで、思わぬ人物が近づいてきた。
「すげーな、エルフじゃないか。初めて見た」
「えっ、バーニングレッド……アデル」
こちらの視線に気づくと、アデルがまっすぐに歩いてきた。
「あら、珍しい肉料理店の店主」
「……これはどうも」
相手は貴族や王族ではないのだが、何となく対等に話すことに抵抗があった。
今日もこの前と同じようにオーラめいたものを感じる。
「もしかして、ここがあなたの仕入れ先?」
「はい、そうです」
「へえ、この辺りは牛の肉が中心なのね。そんなに緊張しなくていいわよ」
「すげーな、マルク。エルフと知り合いなのか」
俺とアデルのやりとりを見ていたセバスが口を開いた。
「はいはい、そこ、エルフは見せ物じゃないわ」
「あっ、ああ、こいつは失礼」
「分かればよろしい」
セバスも俺と同じように緊張というか、萎縮しているように見えた。
彼女は一体、何者なのだろう。
「そうそう、店主。聞きたいことがあったのよ。私、こっちに知り合いいないから」
「ええと、何について?」
店主ではなく、そろそろ名前を覚えてほしいのだが、切り出しづらい。
俺はそのまま話を続けた。
「この町の周辺に希少価値のあるワインがあるって噂を聞いて、しばらく調べてるんだけど、目ぼしい成果が上がらないのよね」
「そんな高級なワインなんて、オレら庶民は飲まないから、バラムの金持ちに聞いた方が早いんじゃないですかね」
セバスの言うことは適切で、俺も高級なワインを飲んだことはない。
そもそも、値段が高すぎて酒屋で売っているのを見かけたこともない。
ただ、値打ちのある代物に詳しい人物に心当たりがあった。
「あの、アデルと呼んでも……?」
「ええ、続きがあるなら話して」
「アデル、俺はまだ買い物があるので、それが終わってからでよければ」
「そうね、それでかまわないわ」
セバスの店の前で長話をするわけにもいかないというのもあるが、冒険者だった時の感覚から、この手の話は大っぴらにするべきではないと判断した。
平たく言えば大金が動きそうな気配がしていた。
それから俺は食事の買い物をした後、セバスの店で牛肉を何種類か仕入れた。
アデルは目が肥えているので、途中で退屈しそうだと予想していたが、市場の様子を興味深げに眺めていた。
俺の用事が済んだので、アデルと二人で市場を離れた。
すでに日が傾いており、遠くの方でゆっくりと太陽が沈んでいる。
道端の魔力灯に、ぽつりぽつりと明かりが灯っていた。
何となく歩き始めたが、目的地が決まっていなかった。
二人で通りを歩いてると、通行人がちらちらとアデルを見ていた。
そのせいか、彼女は不機嫌そうだった。
あんまり歩かせると後が怖いので、そろそろ決断せねば――。
検討の結果、自分の家に招くわけにもいかず、かといってこの町に個室のあるような店は少ないので、自分の店で話すことにした。
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