伝説の冒険者
とりあえず、テーブルにナイフとフォーク、取り皿などを置いて、深呼吸した。
いまいち、現実を受け止めきれない自分がいる。
――伝説の冒険者、無双のハンクがどうしてここに?
緑がかった色の野暮ったい髪の毛と後ろに背負ったバックパック。
すごく男前というわけではないが、威厳を感じさせる顔立ちと佇まい。
そこから放たれる風格から、ハンク本人なのだと直感した。
「いやー、近くを歩いていたら、なんだか美味しそうな匂いがしてな」
超のつくほどすごい冒険者なのだから、俗世から離れたような人だと思っていた。
しかし、実物のハンクは屈託のない笑みで、シカ肉を食べたそうにしている。
「……よかったら、一緒に食べます?」
「ホントか! 食べていいなら、そりゃ食べるぜ」
「まあ、いっぱいありますんで。いいよな、エスカ?」
「はい、もちろん」
俺はもう一度、店の中に戻って、追加で一人分の食器を手に取った。
再び席に戻ると、ハンクは椅子に腰を下ろしてくつろいでいた。
どうやら、マイペースなところはあるようでも、悪い人ではなさそうだ。
俺は食器をテーブルに置いて、一旦、肉を確認することにした。
生焼けは避けたいので、しっかり火が通ったかを確かめる。
十分に焼き目がついて、表面の水分は適度に蒸発している。
肉の焼き加減を一つずつ確認しながら、取り皿へと乗せていった。
焼きたての肉からは湯気が立ちのぼり、間違いなく美味しそうな香りがする。
「珍しい調理法だな。まさかそのまま食べるわけじゃないだろ?」
「ええ、これで味つけします」
俺は肉の食べ方にバリエーションを出すために用意した、特製のハーブミックスが入った容器を手に取った。
細かい塩と市場で仕入れた食用ハーブ、それからスパイスが混ぜてある。
それを皿に乗った肉に振りかけると、さらに食欲をそそる香りがした。
エスカとハンクの様子に目を向けると、じっと皿の上の肉を見つめていた。
「すんません、待たせちゃって。それじゃあ、召し上がれ」
「シカ肉バンザイ! いただきまーす」
「ありがとな、相伴に預かるぜ」
二人はナイフとフォークを手に取り、一心不乱に肉を食べ始めた。
俺も空腹だったので、すぐに自分の皿を手元に引き寄せた。
左手でフォークを取って肉に刺すと、ほどよい柔らかさだった。
右手でナイフを取って切れ目を入れた瞬間、そこまで力は必要なかった。
食べやすい大きさにした後、フォークに刺して口の中へと放り込む。
じっくりと咀嚼して、シカ肉の旨味を味わう。
「美味しいー!」
「めちゃくちゃ美味いが、これは何の肉だ?」
口の中の肉汁を堪能していると、先に食べた二人が口を開いた。
俺は肉を飲み込んでから、ハンクの質問に答えた。
「シカ肉です。そこの彼女が駆除依頼を受けて、そのおまけみたいな」
「この辺りにはそんな依頼があるのか。今までおれが受けたのはモンスター退治やダンジョンの調査ばかりだぞ」
「すごい! あたしはダンジョンなんて行ったことありません。行ってみたいな」
ハンクの言葉にエスカが目を輝かせて反応した。
それに応じるように、伝説の冒険者は彼女に問いかけた。
「お嬢ちゃん、ギルドのランクは?」
「Dランクです」
「……ふーん、そうか」
ハンクはエスカの回答を耳にした後、少し考えるような間があった。
そして、おもむろに口を開いた。
「Cランクまで上がって、実力と実績のある仲間でパーティーが組めたら、行ってもいいんじゃないか。Dだと使える魔法も知れてるだろうから、少々危ないかもな」
「そうなんですね! 先輩、ご指導ありがとうございます!」
「先輩か、そんなふうに呼ばれたことはないな。面白い嬢ちゃんだ」
エスカの謙虚な姿勢に、ハンクは上機嫌な様子だった。
それから、俺たちは談笑しながら、シカの焼肉を平らげた。
食べきれなかった時の保存方法を考えていたが、三人いたことで完食できた。
かなりの量があったのに、ハンクはまだ食べられそうな雰囲気だった。
「マジで美味かったぜ。こんな食べ方があるなんて知らなかった」
食事を終えたハンクが感慨深げに言った。
そこまで満足してもらえたのなら、調理した者として喜びを感じる。
「普段、現金は持ち歩かないからな。こいつを代わりに取っておいてくれ」
「……えっ、いいんですか?」
ハンクから手渡されたのは、革製の鞘に収まった一振りのナイフだった。
柄の部分だけが露出しており、艶のある綺麗な木目に目を惹かれる。
「戦闘向きじゃないが、ミスリル製でそれなりの価値はあるだろう」
「あっ、ありがとうございます」
「さてと、おれはそろそろ行くぞ。しばらく、バラム周辺をうろうろするつもりだから、気が向いたら寄らせてもらうぜ」
「いつでも歓迎します」
「あ、あたしもまた会いたいです」
「それじゃあ、二人とも、またな!」
そう言って、ハンクは颯爽と去っていった。
まるで一陣の風のようにさわやかで、その奥には大樹のように揺るぎない芯を持つような人だと思った。
番外編 マルクからの解説
この世界のダンジョンとは、かつて魔王がいた時に作られたものの総称だ。
他にもモンスターだらけの洞窟、朽ち果てた遺跡がそう呼ばれることもある。
バラム周辺にはほとんどないので、あまりギルドの依頼に出ることはない。
それと無用な事故を避けるために、不要な探索、調査は止められる。
俺自身も数える程度しか行ったことがない。
もちろん、その時はパーティーを組んで向かった。
危険性を考慮すればハンクの言うように、Cランクからというのは妥当だろう。
あとがき
本作を読んで頂き、ありがとうございます!
ここまで楽しんで頂けているようでしたら幸いです。
少しでも面白いと思ってくださった方は、フォローや★レビューで応援して頂けたらうれしく思います。よろしくお願いします!
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