後編:転生聖女は明るい暮らしを推奨する!


『アリステア様、助けてください!』


 2年前、エリザは貴族学園で、話したこともないアリステアの寮の部屋に、忍び込んできた。


「貴女、どこから…!?」

「窓です!大丈夫、閉めておきましたから」


 部屋は3階にあった。

 エリザは同じ階にある、用具置き場の窓から壁をつたって来たと言った。


「足を掛けるのにちょうどいい溝があるんですよ、不用心ですね」


 窓の外を見たが、アリステアには、レンガとレンガの間の、僅かなくぼみしか見当たらなかった。


「私、前世でボルタリングやってて…なーんて言っても分からないですよね」


 ハハハと明るく豪快に笑う『聖女』を、アリステアはただ茫然と見つめるしかできなかった。

 反論がないと分かると、エリザは素早く洗いざらいをアリステアに語った。


 すなわち、彼女には前世の記憶があること。

 この今いる世界は、前世でゲーム…物語のようなモノとして語られていたこと。

 それによれば、いずれアリステアは、婚約者であるエステヴァン王子に婚約破棄され、辺境に連れて行かれ魔獣に引き裂かれるとのことだった。


「酷い」


 何をバカなことを…とアリステアには、彼女の話を一蹴できなかった。

 何故なら貴族学園に入った頃から、女性関係が派手になったエステヴァン王子から、近いうちに大事な話があると言われたからだ。


「酷いですよね!」


 エリザは、うんうん頷いた。


「お話の中のアリステア様は、結構ヤバいこと(やばい薬やら、それ使って複数の男せーと…)やってたから仕方ないかなーって、皆(人気の乙女ゲー…物語だったんですよ!)思ってたんですが、ここにいるアリステア様は、ただの絶世の美女じゃないですか!」


 エリザは学園入学と同時に前世を思い出してから、今まで観察していたのだという。


「一応、世界が危機に陥るかも知れないんで、我慢してあの王子の話とか聞いてましたが…何の罪もないアリステア様の断罪に、私が利用されるなんてまっぴらです!」


 色々ツッコミどころ満杯の話だが、とりあえず聞き捨てならないのは…


「世界の危機って…?」

「あ、魔王復活です」


 エリザは簡単にのたまった。


「え…えぇー!?」

「大丈夫です! 回避する方法もありますから!」


 高い魔力を持つアリステアが、この国を恨みながら絶命することで、魔王復活のきっかけになるという。


「ですが、既に魔王の復活は、時間の問題なんです。魔物がチラホラ人里に出て来たのがきざしです。でもそれが『今』なら、聖女の私がいるんで、復活されても封印できるんですよ」

「それじゃ、やっぱり私は…」

「それなんですが、そもそも復活すること自体を、阻止することもできるんです」


 元々は、封印が解けそうになる前に、聖女が再封印するのがお約束だったんでしょうね…とエリザ。


「…長い年月の間に、そうした伝承が失われたんだと思います」


 エリザは机にあった紙とペンを借りて、簡単に物語の経緯を書いた。


『王子が断罪→アリステアの死→魔王復活→聖女や教会が封印方法を探す→封印』


「…の流れなんですが、私、既に魔王の封印場所も、封印方法も知ってるんで、復活する前に押し込めて来ますね!」


 聖女エリザは『ちょっと市場で野菜買ってきますね!』、のノリでアリステアに告げた。 


「そんな簡単に…」

「復活されちゃうと、他の魔物も元気になるんで、国をあげての戦争になるんですが、今なら寝込みを襲うだけです!」


 寝込みを襲うって…ほんの少しだけ魔王に同情してしまったアリステアだが、次の言葉を聞いてそんな必要は全くないと確信した。


「まぁ魔王も、それを分かっているから、さっさと目覚めたくて、王子に思念を送って、アリステア様を断罪させようとしている訳です」

「殿下に? で、では殿下は本当は…」


 魔王に操られているだけなのでは…? の淡い希望を、聖女は容赦なく粉砕した。


「いくら魔王って言っても、眠ってる状態で使えるのは、『こーなったらいーなー』位の曖昧な願望です。神殿の探査にも引っ掛からない、そんな薄い思念に捕まるような人間は、元からの欲望を多少水増しされているだけです」


 アリステアの脳裏に、婚約してから今までのエステヴァン王子の所業が蘇る。


(子供の頃からあの方は、横柄で、めんどくさい事は何でもこちらに押し付け、さも自分でやったように披露して…)


 それは今でも変わらず、見た目はキラキラで、絵に描いたような『王子様』だが、中身はスカスカ。

 外面はいいので憧れている令嬢はたくさんおり、アリステアに辛く当たってきたが、彼に庇われたことはなかった。

 信頼し、自由にさせてくれている…と思って、自分を慰めて来たが、己の婚約者であるはずの王子が他の令嬢に付きまとうにようになってから、どんどん空虚になっていった。


『相手は殿下だ。この先、側妃や愛妾が現れて当然の方だ』


 公爵である父から諭すように言われて、不本意ながらも納得したが、それは即位してからの事にしてほしかった…


 そんなアリステアの諦観に、聖女は光を投げかける。


「だいたいですねー、婚約者がいるくせに他の女に入れあげる男なんてクズです!」

「…そう!そうよね!!」


 アリステアとエリザは、固い握手を交わした。

 ここに公爵令嬢と聖女の同盟が誕生し…それからは、大忙しの毎日だった。





 アリステアは、王子の戯言たわごとに逆らわず、厳重に条件を付け婚約を解除し、自主的に身を引いた。

 その後は『傷心のため』と称して、学園も行かず公爵家別邸に引きこもり、エリザと綿密な計画を練った。


 エリザは、学園で迫ってくる王子をのらりくらりとかわしながら、頃合いを見計らい魔物討伐として、司祭と騎士団を借り、メイス辺境伯領にある魔王の眠る山へと出掛けた。


「騎士団を借りるのに、王子様の力が必要だったんですよねー」

「まだ王都には魔物ひがいが出て来てないから、通常なら大した戦力は出してもらえないものね」

「条件は分かってるんで、少人数でちまちま探すことも出来るんですが、時間がかかるんですよねぇ…」


 その結果、大掛かりな山の捜索と、結界を張ることが可能となり、無事、魔王の眠る場所を見つけたエリザは再封印を完了させ、計画通り姿を消した。


 実際は、公爵邸別邸にメイドとして隠れ住み、アリステアと、あと事情を知る司祭と、アリステアが動かせる公爵家の騎士たちで、残る魔物を掃討し、陛下からお褒めの言葉を賜る事になったのである。


「まさかご褒美が『伴侶オトコ』だなんて、王様ダサい…」


 呼び出された宮廷であった事を話すと、メイド服のエリザはソファに背を預け、しみじみとつぶやいた。


「本当にね。まさかエステヴァン王子との婚約を、ほじくり返されるとは思わなかったわ」


 すっかり、エリザの特異な言葉遣いに慣れたアリステアが、手にしたティーカップを下ろし同意した。


「あれだけアリステア様をないがしろにして、今更よく言えたもんですよ!」


 壁際に立つメイド(本物)がうんうん頷いている。

 扉の近くに立つ侍従も同じだ。

 この別邸では、王族の株はダダ下がりしている。

 どれだけこき下ろしても、不敬だと思う者はいない。


「あ、メイス辺境伯の話は、聞いておいてよかったわ」

「いやー、あそこは凄かったです。何もなければ、ひと月位滞在して事の顛末を見届けたかったです」


 男一人に女は三人。まだ増えているかもしれない。


「辺境伯としての仕事はきちんとしてくれたので、皆黙ってましたが」

「それが一番大事ですものね…」


 辺境伯は、国境沿いに砦を構え、外敵から国を守る大切な存在だ。

 一応『伯爵』と付いているが、立場としては『侯爵』に準じている。


「愛人の前だとデレデレとしたおっさんが、鎧を付けると精悍な二枚目イケメンになりましたからね。アレだけ見れば惚れますよ~」

「まぁ」


 優雅に微笑むアリステアに、エリザは軽く振る。


「今度、足を延ばして国境辺りまで行きませんか? 道は確認しましたから、安全ですよ」

「いいわね」

 

 二人は、ふふふと笑いあった。


 アリステアもエリザも、魔王の恐怖はなくなったが、この国でおとなしくしている気などなかった。

 魔物退治で魔法の腕を磨いた二人は、密かに冒険者組合にも登録して、ランクは今や最高のS級の下のA級だ。


「魔物の死体から出て来た石に、あんなにいいお値段がつくなんて…」

「トカゲ系の魔物の皮も、高額取引できるそうですよ」

「うっかり燃やさないようにしなくちゃ!」


 王家が出した婚約破棄による賠償金は、アリステアが今の暮らしを生涯続けられるくらいはあるが、国内にいては、また王や宰相がうるさく言って来るだろう。

 

 アリステアは微笑み、この屋敷の皆に向け宣言する。


「とりあえず、お隣の国に拠点を移しましょうか」


 言葉が伝わった場所から、歓声がわく。

 先遣隊はすでに、隣国で屋敷の用意をしていた。

 隣国には王家はなく、四つの大公家がそれぞれ四つの地を治め、合議で国を動かしている。

 互いに切磋琢磨した結果、人の行き来、商工業が盛んになり、冒険者組合の本拠地もある。


「私とアリステア様はゆっくり、狩りをしながら移動ですね!」


 エリザも目を輝かせている。

 

「…そうね。ゆっくり、楽しみながら行きましょう」





 悪役令嬢として葬られる筈だった公爵令嬢は、聖女の力を借り、魔王を屠って生き残り、冒険者として数々の伝説を残すことになった。


 後に隣国で大公妃となった『麗しのアリステア』と、元S級冒険者『爆炎の支配者』が同一人物だと知る者は多いが、王国の公爵令嬢だったと知る者は少ない。


 彼女の冒険譚は、性別を替え語られることになったが、その隣に常にいたという、最強の親友『終焉の聖者』の足跡と共に、長く皆に愛される物語となった。





 END


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