殺戮兵器の定め

 鐘が鳴ったのは、五限目の自習の時間のときだった。

 そのときイオは、課題である薬草の効能とその群生をレポートにまとめ、柊木は古典の詩を暗誦し、桜綾は数学の二次関数の予習をしていた。遠い壇上で自習監督が、ひらいていた小説を閉じ、ずかずかと入ってきた教師を不思議そうに見ていた。


「今日の予定を変更する。心して聞きたまえ」


 細いフレームの眼鏡をかけた教師が、目を爛々と輝かせて言った。


「六限目からは実習だ。戦争で死んだ魂たちを導いてもらう。詳細はいつも通りだ。実習服を着て集合するように」


 視界が変に赤く染まった。心臓がうるさくて暑いくらいなのに、指先は氷のように冷たい。

 途端に嬉しそうに囁き始める生徒たちが、教室をざわめきで揺らす。外は明るく、雲一つない快晴だ。太陽の光が惜しむことなく教室内へと降り注ぎ、教室が喜色で満ちる。穏やかな景色だ。天国かと見間違うかのような。

 七列前の、斜めの席に座っている柊木を見た。顔は見えなくて、後ろ姿だけだった。


(……?)


 しかし、なぜだろう。

 柊木が、やけに決意を固めたような、意志の強い背筋をしていた。


***


「そっちはどう?」

「異常なしよ」


 実習服を着て、翼を広げ、剣を下げた桜綾がさらりと髪を靡かせた。相変わらず素晴らしいほどの目の吊り具合だが、その仕事ぶりはめざましい。地上では怒号と悲鳴と断末魔が飛び交い、空では金色の魂たちがふわふわと昇って行っていた。現世を忘れ、のんびり飛んでいる。それを、アイリーシェの二年生が監視しながら見守っている。イオはこの、和やかで荘厳な光景が好きだった。


「まったく、戦争中なのに呑気な魂が多すぎるわ。さっきなんて、大神官様に配給されたぼた餅を踊りながら食べて喉に詰まらせていたのよ」

「驚くほどの阿呆だな……」


 まったくよ、とつんとお澄まし顔で桜綾は言った。魂に死という概念はないが、痛みは存在する。ゆえに時たま暴れ回る魂を剣で制しても構わないのだ。間違えて刺してしまったら反省文を書かされるけれど。

 同級生に呼ばれて、そのままどこかへ行ってしまった桜綾と入れ替えのように、向こう側から柊木が近づいて来るのがわかった。念のため抜剣して、神妙な顔をした柊木と向かい合う。


「どうした」

「イオ」


 柊木は驚くほどしゃんと背筋を伸ばしていた。


「ぼくが君を連れ出したのは、ぼくと同じだと思っていたからだ」

「……は?」

「〝生きる〟ってことを知らない」


 唐突に何を、と言いかけて、やめた。

 これは柊木の物語だ。柊木は、完全なるエゴでイオを助けていた。

 それでもイオは構わなかった。だって、そのお陰で救われたから。


「そんでぼくは、殺戮兵器だから」


 柊木は大きく翼を広げた。


「殺すことでしか人を救えない」


 頭が真っ白になった。

 待って、と言う前に、柊木は翼を広げて降下していく。悲喜交々、阿鼻叫喚の、戦士たちが飽和した戦場へ。追いつかない速度で、その手に剣を握って。

 アイリーシェで共にトップに君臨した、相棒の剣を握って。

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