第24話「隣人の企み」
偽依頼の件は冒険者ギルドに報告しておいた。
そうじゃないと、依頼がいつまでも終わってない扱いになるからだ。
なおこの時は、教会の帰りだったので、黒の勇者としてギルドに向かっていた。
受付で報告すると、エイラさんが来て、
「この度は、我々の役不足故に、迷惑をかけたようですいません」
と言ってお金の入った袋を持ってきて、
「迷惑料です。お受け取りください」
「そのようなものは……」
あくまで処理を終わらせるために来ただけだから、
それにギルドを責めるつもりもない。
「いえ、決まりですのでお納めください。
それに、それは今回の依頼の仲介料ですから」
半ば強引に受け取らされた。
ギルドの主な目的は冒険者の支援だが、その収入は国からの支援と、
依頼の仲介手数料にある。
掲示板に張り付けられている依頼の手数料はかなり安いが、
指定依頼の手数料は、ランクによって変わるものの、
高めに設定されている。特にAランク以上は結構高い。
なお指定の依頼は、冒険者が断ることがあった場合は返却される。
ただ今回の様に偽依頼だった場合、掲示板の依頼では、
引っかかっても特に何もないが、指定依頼の場合は、
仲介手数料が迷惑料として、冒険者に渡されることになっていると言う。
なお冒険者ギルドは仲介する依頼の精査も仕事なので、
エイラさんが役不足と言ったのも、冒険者に伝える前に、
真偽を見極められなかったからでもある。
なお精査の段階で偽物である事が分かった場合は、
冒険者には、迷惑が掛かってないので依頼料はギルドが没収する。
とにかく、お金がかかるわけだから、
偽依頼は割の合わない事でもある。それでもAランク以上は、
手数料が高額にも関わらず、そう言うのが多いのだから、
分からないものである。
その後、
「今後はこのような事がないようにしますので」
と頭を下げるエイラさんに、
「別に気にはしていない……気に病むことはない」
と言って、僕はギルドを後にして、鎧姿のまま家に帰る。道中は、
「黒の勇者様よ」
「ほんと、黒の勇者様だわ」
と好意的ではあるものの人々の視線が痛かったが、
この姿で、家に帰らないと変な目で見られそうな気がしたので我慢して帰った。
そして、家のすぐ傍まで来たところで、
「今お帰りですか?黒の勇者様」
カリーナに声を掛けられた。
「ああ……」
と僕は答える。
「この前のスープどうでした?」
おすそ分けでスープを貰っていた。もちろん毒入りだったから捨てたけど、
「美味しかった……」
と嘘を言っておいた。
「それは、良かった」
と言って笑うものの、何となくだけど悪そうな、
悪女の笑みと言うように見えた。
「貰ってばかりは悪い……今度、ライトにお礼を届けさせる……」
と言うと、
「いえ、お構いなく。それじゃあ」
と言って、去って行った。
さて家に帰ると、鎧を脱ぐ。
(さてと、何を持っていくか)
先程、お礼と入ったけど、もちろん毒入りの食べ物を貰って、
お礼を渡しに行くわけじゃない。さっきの会話は、
バレている事を隠すのと隣家を訪ねる口実だ。
おすそ分けのお礼なら、理由としては十分だ。
(やっぱり手作りのお菓子がいいかな)
そんな訳で、お菓子作りをすることに、
形だけとはいえ、手抜きはしない。僕のプライドが許さないからだ。
色々考えた結果。前の住人残してくれた道具の中に、
異界の料理機器であるオーブンレンジって奴があって、
魔法石で動くように改造しているけど、
これを使って、材料を用意してシフォンケーキを作った。
ちなみに一味加える意味で、中にはクリームを注入している。
ただカリーナと彼女の夫の分だけ作るのは、なんか癪だったので、
ルリちゃんやソフィーさんの分を作った。
彼女たちのは、クリームを多めにしている。
さてカリーナとあった翌日に、材料をそろえ、
その日のうちに作った。ルリちゃんの元には出来立てを持って行ったが、
ちょっと遅くなったので、カリーナ達の分は、
鎧の魔法で保存して翌日に持って行った。
形だけのものとは言え、きちんとしたものを渡したかったからだ。
ケーキを入れた紙袋を持って隣家に行くと、玄関で応対したのは、
彼女の夫と思える小太りの男性だった。
「おや、貴方は黒の勇者様の従者の方ですな。
はじめまして、私は マルセルと申します。商人です」
と丁寧にあいさつをしてくる。ただ失礼な話だが、彼も善人には見えなかった。
それと初めて見る顔じゃなくて、
「前に冒険者ギルドに居ませんでしたか?」
「ええ……私はギルドの出入り業者なんです」
「それで……」
冒険者ギルド内で使用される備品を納入する商人の一人の様だった。
「今日はどのような御用で?」
「いつも、お裾分けをもらってばかりじゃ、
悪いのでお礼をもっていくように申し使ってまして……」
そういって紙袋を渡した。
「それはわざわざ、ありがとうございます」
彼は礼を言う。
「では、僕は別の用事を頼まれてますので、これで」
と言ってその場を後にして、どこかに出かけたふりをして、
転移ゲートで密かに自宅に戻った。
まっすく自宅に戻ると、怪しまれるような気がしたからだ。
自宅に戻ると、リビングに向かいソファーに座る。
そして空中に映像が映し出された。
実は、紙袋にはシフォンケーキのほかに蜘蛛型の小型の魔法で動く人形、
マジックドールを仕込んでいた。これも鎧が召喚する武器と言うか道具だ。
鎧を着た状態でなくとも僕の意思で動かすことが出来る。
それと一定時間姿を消せるので、途中袋の中を覗かれても大丈夫。
これを使って隣家の動向を探るわけだけど、
理由はどうあれ、他人の家を覗くことになるのだから、あまりいい気分はしない。
映像を見る限り、途中で赤られることもなく、
更にはマルセルに気づかれないように紙袋の外に出たようだ。
彼はリビングのテーブルの上に紙袋を置いたようだった。
そのまま蜘蛛はテーブルから降り、壁に向かいそこから登って天井に張り付いた。
この位置だとリビングがよく見える。
しばらくして、カリーナがやってきた。
「黒の勇者の従者が、お礼を持て来てくれたぞ」
「そういえば、お礼を届けさせるって言ってたわね」
そういって紙袋の中を確認する。
「シフォンケーキね。おいしそう」
「分けて食べるか」
と言ってマルセルはケーキを取り出すと、
ナイフで切り分ける。するとカリーナは笑いながら、
「まさか毒が入ってたりはしないわよね」
もちろんそんなものは入ってないが、マルセルは笑いながら
「お前の料理じゃあるまいし」
と言うと、カリーナはふくれっ面になった。
そして切り分けたケーキを皿に盛りつけて、
「うまいな」
「おいしいわね」
と嬉しそうに二人で食べたのだった。
その様子に複雑な気分だったが、その後二人は紅茶を飲みながら、
「しかし、ちゃんと毒は入れてるのか?盗賊どもが返り討ちにあったみたいだぞ」
「入れてるわよ、そっちこそちゃんと手練れを雇えたわけ」
やっぱりあの盗賊たちも、二人がと言うか、マルセルが雇ったようだった。
どうやら毒で弱らせて、盗賊たちに襲わせる山段の様だった。
「確かに手練れを雇ったさ、大金だって払った。
偽の依頼だって結構な金がかかっている。それにギルドの職員も買収したのに……」
思った通り偽依頼も連中の様だったが、職員の買収というのは予想できなかった。
(依頼の精査を甘くしたんだろうな)
そして、カリーナは、
「とりあえず、毒の量を増やしてみるわ。
そっちも奴を倒せるだけの手練れを用意してよね」
と言うと、マルセルは苦虫を嚙み潰したような顔をして、
「わかってるさ、奴には仕事中に死んでもらわないとな……」
と悔しそうに言った。
まあ冒険者の仕事は、死と隣り合わせだから、
自分たちとの関係を気づかれずに済むという事だろうか。
そして、
「とにかく、黒の勇者を亡き者にすれば、後はあの従者だけだから、
彼にはこれまでの住民のように自殺に見せかけて殺さないと、
そうじゃないと、家が安くならないんだから」
どうやら、黒の勇者だけでなく僕の事も殺そうとしているようだった。
同時にこれまでの自殺がこの二人によるものだということも分かった。
そして理由は、家の価値を安くして自分たちが買う為だという。
なんともふざけた話だ。その為に、この夫婦は多くの人々を殺してるんだから。
聞いていて気分が悪くなる話だが、さらにカリーナ、
「あの家を手に入れれば、大金が入ってくるんだから」
とも言った。大金と言うのが引っ掛かった。
(家を転売する気かな?でも価値が下がってるんだから、
売れたとしてもマイナスのはずだ)
転売じゃないとすれば、家を手に入れたことで、
二人に大金が入る何かがあるという事だろう。
その後の二人の話を聞くと、家に代金と、今回の事を含め、
これまでにかかってきたお金を差し引いても、
あまりあるだけのお金が手に入るようだった。
それが何かは、その後も二人を監視したけど、
話すことはなかった。ただそこに、解決の糸口があるような気がしたのだった。
あと余談だけど、その後も監視を続けた際にマルセルが、一人になったときに
「しかしエイラの奴、色々と嗅ぎまわってるようだな。
もし俺が職員を買収したことがばれたら、ギルドを出禁になっちまう……」
と愚痴っていたので、買収した職員はエイラさんが探している模様。
エイラさんは優秀な職員なので、そっちの方は僕の出番はなさそうだった。
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