第2章「黒の勇者、家を買う」

第22話「家を買う」

 ビーストストームを乗り切り、町が日常を取り戻した矢先、

隣国で暗黒神が復活したと言う噂が流れて、

町の人たちが不安を感じていた頃、僕自身、一つの懸案事項を抱えていた。

この頃の僕は、安宿の二人部屋を借りて暮らしていた。

二人いると言う事を、偽装するためだ。


 そして転移ゲートを活用し、部屋を出る際は、

ノエルこと黒の勇者として一旦外に出て、人気無い場所に行き、

ゲートで部屋に戻り、元姿に戻って、改めで宿から出る。

戻って来た時は、元の姿で部屋に戻りゲートで外に出て、

黒の勇者の姿で戻ってくると言う一人二役をしていた。

それは宿の受付にはいつも人がいるので、

二人部屋なのに出入りがどちらかだけだと、変に思われそうだったからだ。


 出入りに関しては、どうにかなっているものの、ある日、宿の女将さんから、


「そう言えば、あんた食事どうしているんだい。

いつも一人分しか作ってないけど」


と言われてしまった。


 この宿は安宿で食堂は併設していないけど、

代わりに自由に使える調理場があって、宿泊客はここで自炊をする。

僕もここで食事をするのだが、食材が勿体ないので、

いつも一人分しか作っていなかったし、

作るときは調理場にはいつも人がいたけど、みんな料理に夢中だから、

僕の方を気にする人もいないし、大丈夫だろうと思っていたのだが、

女将さんに見られていたようだった。

あと女将さんは僕が黒の勇者の従者と知っているので、

一人分となると、主人である黒の勇者の分と思ったようだった。


 女将さんの指摘に対し、


「僕は僕で別に食事を作ってますけど……」


と誤魔化すが、


「まあ、調理場を、いつも見ているわけじゃないけどさ……」


調理場を使う冒険者は、一度に全員分作っているので、

その点からも、おかしいと思われているようだった。


 その時は、女将さんからそれ以上聞かれなかったが、

その内、ボロが出そうな気がした。


かといって宿を変えたとしても、同じようなことが起きる可能性は十分あった。

宿となると他人の目はあるからだ。


(やっぱり家を買った方がいいかな)


集合住宅も良いとは思ったけど、宿と同じで、

同じ建物に出入りするわけだから、そこからボロが出る可能性があった。

まあ考え過ぎなのかもしれないけど、それでも一軒家を買いたかった。

幸いにもここ最近の忙しさのお陰で蓄えはある。


 そんなわけで、不動産屋を訪れた。職員の女性は、


「ご要望は?」

「そうですね。ボロ屋はつらいんで、きちんと住める家で、

出来るだけ安い物件と言うのが主人のご所望でして……」


と早速、要望を伝えると、


「黒の勇者様が住まわれるのですから、ボロい家は紹介できませんよ」


と言いつつ、いくつか物件を紹介してくれたけど、予算的にきつかった。


「他には?」

「他はですねぇ……」


と職員は悩まし気な表情を浮かべた。まあ黒の勇者が有名人だから、

本人も言ってたけど変な物件は勧められないようだった。

しかしそうなると、建物や立地条件がいい場所となるので、

お高めの物件ばかりになってしまう。


 立地条件と建物は重要だけど、高いのは困るので、

ここで僕は、切り札を出すことにした。


「主人は、建物自体と立地条件に問題がないなら、

曰くつきでも構わないと言っています」


と言うと、職員は驚いた後、訝し気な顔をするが、


「それなら……」


と幾つか物件を紹介してくれた。どれも立地条件がよく、

建物いいが、過去に事件があったとかで格安の物件だった。


(これなら、予算内で収まりそうだ)


いくつか建物を回っている中、


「次は……」


といいかけて、


「すいません、もう決まっている建物でした。こちらです」


と言ってその建物に案内した。


「こちらです」


その建物は、立地条件は良かった。建物も二階建てで、一人暮らしには、

大きすぎるくらいで、


(なんだか掃除のし甲斐がありそうだな)


そして年期は入ってそうだが、綺麗な建物だった。


「どうですか?」


と聞かれたので、


「良いですね」


と言った。費用も格安で予算内に収まっていた。


 しかし安いには理由があるわけで、


「入居者が次々と亡くなってるんです。全員自殺でして……」


全員、理由や、方法は異なるものの入居者が次々と自殺しているという。

その所為で、買い手が付かずにいるという、曰くつき物件だった。


「なんでみんな自殺するのか、正直分からないんですね。

ただ最初の住民は病死だったんですけどね」


なお特に不審な点はないと言う。ただ次の住居者は、何年かたってから自殺し、

以降は、比較的短い期間で自殺が続き、中には一家心中もあったと言う。

そして何かあるごとに、土地家屋の値段は下がる一方だった。


「あとこれは関係あるかは分からないのですが、

この館を設計した建築家の家でもひと騒動あったようで」

「騒動?」

「詳しくは知らないのですが、建築家が亡くなった後に、

揃って離婚してるんですよ」


その建築家は、長女と長男がいて、それぞれ結婚していたそうだが、

どういう訳か、相手有責で離婚している。


「何があったかは知りませんが、長男が子供の親権を持てたみたいで……」


と聞いた僕は、


「じゃあ、よっぽどの事があったんですね」


と返す。この国と異界と同じく、離婚の際の親権は母親の方が強い。

それにも関わらず、父親の方が親権を取れたと言うのは、

よっぽどな有責と言う事になる。


 建築家の話はここまでとして、建物の内検をさせてもらった。

建物の中は、綺麗で家具もそろっていた。

もちろん前の住民の物との事だけで、引っ越してきて、

直ぐに自殺したものだから、家具が新品な上に、

縁者も引き取りを拒否したとの事で、そのまま残されたと言う。

ただ一室だけ、なにも置いて無い部屋があり、

そこは自殺現場との事で、流石に家具類は残しておけなかったとの事。


「他の家具も、お気に召さないならば、こちらで引き取りますが」

「いえ、僕は気にしないんで」

「ですが黒の勇者様は……」


と言われて、ハッとなり、


「主人も、そう言うのは気にしませんので」


と答えた。


 家具がそろっている事は良かったけど、

何よりも良かったのは、キッチンに残された豊富な調理器具だった。

本職の料理人が使うような物もある。


「前の住民は料理が趣味だったそうですよ」


黒の勇者として活動しつつも、日々家事の腕を磨いている僕としては、

これは、中々うれしかった。


 取り敢えず、この家で決めることにしたが、


「ところで、前の住民は自殺した理由って知ってますか」


と何の気なしに聞いた。


「それが、まったくわからないんです。

衛兵も殺人を視野に調べたみたいなんですけど……」


前の住民はいい人だったらしく、関係者に殺人の動機となる人間はいなかった。

引っ越してきたばかりだったせいか、

隣人関係での揉め事もなかったらしい。

明確に殺人だとわかる証拠もなく、最終的には自殺という判断になったという。


「なんとも不可解な話ですね」


と言いつつも、契約に入ろうとすると、向こうは思い出したように、


「すいません忘れてました」


と言って僕を案内した場所は書斎だった。


 書斎には立派な本棚と机があり、本棚の中には大量の蔵書が並んでいた。

僕は本にも詳しいから、小説や専門書など、いい本が並んでいた。

中には異界の本もある。


「これは、最初の住民の持ち物なんです」


なんでも住民は、亡くなった後、屋敷を売る時は、

書斎をそのままにして売るようにと遺言を残していたという。

その後の住民たちも、立派な書斎なので、手つかずにして来たという。


「どうしますか、お望みならば私たちの方で片づけますが?」


と言われたものの、立派な書斎と蔵書なので、


「このままでいいです」


と言って、書斎はそのままに、そしていざ契約となるけど、


「契約は、ご本人様に来てもらわないと……」


一応、黒の勇者ことノエル・シュナイダーの名義で家を買うことになっているので、

当然の事だ。その日は一旦、宿に戻り、

後日、黒の勇者の姿で不動産屋に向かい、契約をした。


 こうして僕の新居が決まったわけだけど、

しかし曰く付きの家だけあって、ひと騒動あるのだった。

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