第9話「勇者になれなかった者たち」

 その頃、エステラは、紫の髪のイケメン風の男に


「失敗したとは、この役たたず!」


と叱責されていた。


「ごめんなさいガエル……」


この人物が、かつてライトと組んでいた冒険者ガエルである。

さらに、ここで、ブロンドで長髪の小男が、


「そんなに、怒ってやるな。

彼女一人で、黒の勇者の相手にすること自体無謀だったんだ」


とフォローするが、


「カ―トは黙ってろ!大体お前がしくじった所為だろうが」


と一喝される。あの時、転移で逃げたのはカ―トであった。

ただフード付きのローブを着ていたから、ライトは気づかなかったが。


「そうだが、相手が悪すぎる。これ以上は奴に関わらない方がいい。

俺たちは、俺たちの仕事をすればいいんだ」


と言うもガエルが、


「それじゃあ、僕の気が収まらないんだよ」

「気持ちは分かるが、ここは引くべきだ。

最悪俺たちが全滅するかもしれないんだぞ」

「うるさい!あんな、えせ勇者に負けてたまるか!」


と声を上げた。


 ガエルは、勇者になる事を夢見てきた。

ただそれはかなり不純な理由で、

勇者になる事で名声や金、女など色々手に入るからである。

とにかく人々から、ちやほやされたかった。

幼いころから、才能に恵まれていた彼は、その容姿とも相まって、

周囲から持て囃され、ちやほやされてきた。

それが彼の傲慢な性格へと繋がって行った。

なおエステラとカートもに似た理由であるので、正に類が友を呼ぶ状態だった。

 

 そんな彼が、ライトを仲間に引き入れたのは、当時冒険者になったばかりの彼が、

利用しやすいと思ったからである。正確には仲間とも思っていなかった。

でも戦闘面で思っていた以上に、からっきしだったのは予想外な事だった。

ただ家事の腕が良かったライトを重宝していなかったというと嘘になる。

しかし、ランクが上がって来ると、ライトの事を疎ましく思い。

あの日、宿に彼を置き去りにした。


 その後は、他の勇者志望同様に王都に向かって、Aランクの冒険者となった。

そこで、彼は更に増長していった。

自分が一番強く、自分こそ勇者になれると思い込んでいたのだ。

しかし、そこからは下り坂だった。自分の実力を見誤ったガエルたちは、

失敗を繰り返し、その上、傲慢な態度を取り続けた結果。

あっというまにBランクに逆戻り。


 そしてランク落ちの屈辱故に王都を去り、

だからと言って他の街で冒険者を続ける気も慣れず、

やがて困窮した三人は、窃盗に手を染めた。


 魔獣使うという手口を思いついたのは、ガエルだった。

切っ掛けは、自分たちがライトを残して王都に向かう途中に、

似たような状況を見たことがあったからだ。

魔獣が街に乗り込んできて、その街にいた冒険者たちが倒すが、

その際に火事場泥棒があった。

 

 なおガエルたちは面倒くさがって高みの見物の上に、

逃げていく盗賊を見て見ぬ振りしたが、これを利用しようと思いついた。

手口としてガエルが魔獣を準備して、エステラが召喚して、

騒ぎに乗じてカ―トは盗みを働く。

カートは元盗賊と言う訳ではなかったが手癖の悪い男だった。


 この手口で、かなり稼いできた。

ただ魔獣はテイムしていない関係上、都合よく行くとは限らず、

危ない瞬間もあったが、これまでは成功してきた。

黒の勇者が邪魔に入るまでは。


 もしこれが他の冒険者なら、わざわざ報復とまではいかなかっただろう。

問題は、「勇者」の異名を持つ冒険者だった事だ。 


「勇者だと……」


初めてその名を聞いたのは、ランクダウンし、

選考会どころではなくなった頃である。

その頃のガエルは、勇者への道が閉ざされてから、

執着を見せ始めていた。故に黒の勇者にいい感情は持たなかった。

時が経つにつれ、彼の執着はますます酷くなっていった。


 その黒の勇者が、自分たちの邪魔をしたわけだから、

当然怒り心頭で、報復をしないと気が済まなかった。


「とにかく奴を倒さないと気が済まない」


と言うガエルだったが、カートは、


「聞いた話だが、奴は強い。話を聞く限りじゃ、

俺たちが束になっても勝てるかどうか」

「じゃあどうしろって言うんだ!」

「だから、諦めろって言ってるんだ!あの時だって、運が悪かったんだ」


そう黒の勇者があそこにいたのは偶然で、彼らを邪魔するためにいたわけじゃない。


「だけど、僕のプライドが許せないんだよ!」

「だが、勝算は無いぞ。負けて衛兵に突き出されるのがオチだ」


それでも、ガエルは諦めきれずにいた。

なおカートもエステラも、ガエルの様に「勇者」になる事には、

執着していない。邪魔された事への怒りはあるものの。

彼ほどの執着はなかった。


 特にカートは、黒の勇者の情報を耳にしその凄さを知っていたので、

正直言って関わりたくなかった。


「正面からやり合うのが無理なら、回り道すればいいんじゃないか?」

「回り道って……」

「奴だって、弱点の一つや二つはあるはずだ。そこを突けばいい」

「弱点……」

「とにかくカート、奴の情報を集めてこい!お前得意だろ」

「分かったよ……」


カートは正直、乗り気はしなかったが、

ここで言い争っても無駄だと思い、了承する。

そしてガエルが、諦めてくれるような情報が見つかる事を祈りつつ、

カートは情報を集めた。


 しかし、そんな思いとは裏腹に状況を悪化させかねない情報が手に入った。


「黒の勇者の従者ってライトなのか」


黒の勇者に、世話係の従者がいる事は聞いていたが、それがかつての仲間である。

ライトとは思いもしなかったのである。この事実は、状況を悪化させかねなかった。

ガエルは、確実にライトを利用してとか言いだしかねない。


 カートは黒の勇者が、自分たちを目の敵にしてしつこく邪魔してくるというなら、

どうにかしようとは思うが、一度妨害されただけだし、


(報復する事でドラゴンの尾を踏むような事になったら、まずいからな)


これ以上、下手に手を出して、 自分たちの身が危うくなるのだけは避けたかった。

だから、この事はガエルには伏せておこうとは思ったが、

ただ収穫が何もないと、行けないのでライトから話を聞こうとは思った。

ただし、置いてきぼりにした事を、怒っているかもしれないから、

話を聞けるかは、賭けなところがあるが。






 買い物の帰り、懐かしい人と会った。


「ようライト」

「カートさん……」


昔の事は、水に流しかけてたところもあったけど、

フェリシアさんから話を聞いてるから、妙に警戒してしまう。


「久しぶりだな。元気だったか?」

「えぇ、まぁ」

「アノ時は、済まなかったな。情けない話、ガエルに逆らえなくてな」


僕を置いていったのはガエルさんが言い出しっぺで、

自分は従うしかなかったとの事だが、どこまで本当か分からない。


「別にもう気にしてませんよ」


と言いつつ、


「エステラさんはお元気ですか?」


するとあからさまに、気まずそうな様子で、視線を逸らせながら、


「どうだろうな……何でそんな事を……?」


と返してきたので、


「僕の知り合いが、彼女らしき人に襲われたもので、

まあ話で聞いた限りなんで、本当にエステラさんかは分かりませんが」


もちろん実際に見たから間違いはないのだが、

軽く揺さぶりをかけるだけなので、こういう言い方にした。

案の定カートさんは慌てた様子になり、


「いや……最近、アイツとは……あの……別行動してるから……

その……知らないな」


と妙に話し方がおかしくなる。更に畳みかけてみる。


「エステラさんらしき人は、悪事を邪魔された事へ逆恨みだったそうです。

その人がエステラさんだったら、どうしちゃったんでしょうね」

「さあな……」


と言いつつも、


「そういや、黒の勇者ってどんな奴だ?お前従者なんだろ?」


と話題を逸らしてきた。


(やっぱり、黒の勇者の事を探りに来たんだな)


と思いつつ、


「まあ冒険者としては、凄い人としか言いようがないですね」


と適当に答えつつも、こっちも探られると困るので、


「もういいですか?夕食の準備をしないといけないんで」

「そうか……すまんな、足止めさせて」


僕はその場を後にしたが、


(また探りを入れて来るな……)


と思っていた。





 ライトが去った後、カートは、


(エステラの事が、勘付かれているみたいだな)


と思いつつも、


(でも、まだ確証は持たれていないはず……)


ただ迂闊な真似はできないと思った。


 そして今日の所は帰ろうと思ったが、


「カート……」


と声をかけられた。


「ガエル……どうして!」


そこにはガエルがいて、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


「僕も、気になって調べてみたくなっただけさ、

しかし、ライトが黒の勇者の従者をしてたとはね。

これは使えるかもな。ククク……」


笑い声をあげるガエルを前に、カートは最悪の事態だと思った。

ライトが黒の勇者の従者という事は、結構知られている事だから、

カートが伝えずとも、知られていたことかもしれない。

しかし、これ以上黒の勇者に関わりたくないカートとしては、

不安を感じずには居れなかった。

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