読み切り(2)「勇者の資格」

第6話「最初の追放」

 街は勇者選考会の話題で持ちあがっていた。

王室が呼びかけ、集まった人々の中から勇者を選ぶ。

隣国で魔王との戦いが続いている現状では、

いつこの国が攻められてもおかしくないからという事らしい。


 しかし、戦いは百年単位で続いているけど、火の粉が飛んで来る気配が無いので、

隣国のことながら対岸の火事で、勇者の存在は形骸化して、

恒例行事のようなものだった。それでも僕は地元にいた頃は、

誰が新しい勇者になるかワクワクしたものだった。そして買い物をしていると、

市場で馴染みの女性に、


「黒の勇者様は、出ないのかい?」


と言われたが、


「その気はないそうですよ」


と僕が言うと、


「あの強さだから、間違いないと思うんだけどね。もし選ばれたら、通称じゃない。本当の勇者になれるのに」

「いや、あの人は勇者になりたいわけじゃないんで」


そう、あの鎧の力で勇者になりたいわけじゃない。


「だったら、今年も該当者なしかね」


と残念そうに言っていた。

その後も、行く先々で同じ質問を受けたけど、答えは一緒だった。

みんな同じように、残念そうにしていたから、


(皆、期待しているのかな)


だけど、考えを変えるつもりはない。


 そんな中、いつも通り冒険者ギルドに行くと、

やっぱり、勇者選考会の話題で持ち切り、

昔なら、僕もワクワクして話題にしていただろうが、

今はそんな気分にはなれなかった。そんな中、顔なじみの冒険者が


「そう言えばライトの、前の仲間は勇者選考会に出るって言ってたよな」

「うん……」


アベルさん達よりも以前、僕が初めてパーティーを組んだ人々で

戦士のガエルさん、斥候のカ―トさん、魔法使いのエステラさん

僕は、この頃から生活サポートが専門で、

炊事、洗濯、掃除などの家事全般を担当していた。


 もちろん、その要員で入ってうまくやっていると思っていた

ある朝、宿で目を覚ますと、宿代と手紙だけ残して、みんな居なくなっていた。

そして手紙には、


「俺たちは、勇者になるからこの街を出ていく。足手まといはいらない」


とだけ書かれていた。そう僕は置いて行かれたのだ。


 これが、僕の最初の追放。当時はものすごくショックだった。

だってうまくやっていると思っていたのだから。

だから、勇者選考会の話を聞くと気が沈みつつも、


(今頃ガエルさん達は選考会にでているんだろうか)


とそんな事を思った。


 あと気が沈んでいるのは、僕だけじゃなくてルリちゃんも一緒で、

彼女も同じ理由で、仲間たちに置いて行かれたのだ。

冒険者ギルドでは、同じように暗い顔の人がいる。

勇者になると言って、仲間を捨てていく冒険者たちは多い。


「ライト君……」

「ギルドマスター……」

「エイラで良いわよ」


エイラさんは、前ギルドマスターの定年退職に伴い、

昇進してギルドマスターになっている。


「それより貴方のかつての仲間は勇者になれないわ。

これまでの勇者は、仲間を大切にしてきた人たちだもの

仲間を捨てていくような人に勇者になる資格はないわ」


確かにここ最近、該当者なしが続いている。

仲間を捨てる勇者志望者が、増えた頃かららしい。

なおエイラさんは、僕が追放された経緯を知っている。


「ところで、黒の勇者様は、本物になる気はないのかしら?」


と市場の人と似たようなことを聞かれたが、


「その気はないみたいですよ」


と答えた。


「でも、あの圧倒的な力なら確実なんだけどね。

なんとなくだけど、仲間を大切にできそうだし」


と言われて、複雑な思いがした。仲間に捨てられてきた僕が、

仲間を大切にできるか、不安でもあった。


 そしてエイラさんには、


「……本人にその気がないんじゃしょうがないですよ」


と思わず苦笑いを浮かべながら言った。


「まあ……そうよね」


と少し残念そうにしていた。とにかく僕は、本当の勇者になる気はない。

正直、鎧姿の時、「黒の勇者」と呼ばれる事にも正直気が引けるくらいだ。

そして勇者選考会が始まる中も、僕は「黒の勇者」として魔獣退治に勤しんでいた。


 今日の相手はナチュラゴーレム、

魔法で作られる動く土人形「ゴーレム」に似た魔獣。

しかも突然変異で、かなり巨大だった。拳による攻撃の他、

無属性の気弾を口から吐き、更に目からも無属性の光線を撃って来るが僕は、

それらを回避しつつ、巨大なハンマーを召喚し、それを武器に戦っていた。

この鎧は、様々な技能が使えるだけでなく、いろんな武器も召喚する。

中には異世界の武器もある。


 とにかく、固い敵にはハンマーが良い。その固い装甲を砕くことができるからだ。


「とりゃ!」


と思わず掛け声をあげながら、敵の体にハンマーを叩きつけると

大きくヒビが入る。そこに向けて、何度も何度も叩きつける。

すると大きく割れて、筋肉がむき出しになる。この瞬間が、好機。


「サンダーエクスプロージョン!」


強力な雷系の魔法だ。そうナチュラゴーレムは、雷に弱い。

だか効果を発揮させるには、装甲を壊さなければいけない。

そして効果はてきめんで、


「グォォォォォォォォォ!」


と断末魔の悲鳴を上げつつ、口から大量の大量の蒸気を吐き出し、魔獣は絶命した。


 魔獣退治を終えて、依頼人に来てもらい証拠とする。

依頼人は近隣の村の村長さん。僕は元の姿に戻り、

「黒の勇者」は先に帰ったことにして応対する。

そして村長宅にて、報酬と依頼完了書を貰う。


「さすが黒の勇者様。しかし、お礼を言いたかったですな」

「すいません。あの人は人づきあいが苦手なもので……」


と誤魔化す。


「しかし勇者選考会には、行かれてないんですね」

「勇者になる気は、サラサラないようです」

「残念ですな。通称ではなく本物の勇者になれるはずですよ」


と残念そうに言う。僕は、あいまいに笑って、


「じゃあ、僕はこれで」

「それでは、黒の勇者様によろしく」


と言われつつ、村長の家を後にした。

エイラさんだけでなく、他の人にも同じことを言われるが、

毎回、同じような返事を繰り返している。


 そしてちょうど外に出た途端、村が騒がしくなった。


「大変だ!ワイバーンが現れたぞ!」


しかも村に向かって来たとかいうのではなく、

既に村のど真ん中に、居るというのだ。


(これは、まずいな)


もし、このまま放置すれば、大惨事になってしまう。


(仕方ないか)


と内心思い、物陰に隠れ、「黒の勇者」に姿を変えた。


 そして、ワイバーンの元に向かう。村の真ん中で、ワイバーンは暴れていて、

人々は逃げまどっていた。そんなに強い個体ではなかったので、大剣を装備し、

速やかに倒す事が出来た。しかし強くないと言っても村人たちだけだったら、

被害は大きかっただろう。


「黒の勇者様だ!」

「ありがたい」

「助かったよ!」


と言う声を感謝の聞きながら、僕はその場を立ち去ろうとしたが、


「ドロボー!」


と言う声が聞こえ、フードを被った奴が逃げていくのが見えた。

どうやら、この騒ぎに乗じた火事場泥棒の様だ。


 ついでだから、追いかけたが、


「クッ!」


転移で逃げられたので、後を追えなかった。

ただ慌てていたからか、盗んでいたものは落としていったので取り戻す事ができ、


「黒の勇者さま、ありがとうございます!」


と村人から感謝された。


「礼には及ばない……」


そう言って、その場を一旦後にしたが、また物陰に隠れ、元の姿に戻ると、

気になってワイバーンの亡骸への元に向かう。


 そこでは、村人の何人かが話をしていた。


「ワイバーンが急に現れたんだよ。飛んで来たとかじゃなくて」

「転移か?」

「多分な、でも魔法陣をちゃんと見てなかった」

「そりゃ飛んでくるところ、見て無かっただけじゃねぇか?」


と指摘された村人は、


「じゃあ、他に飛んで来たのを見た奴がいるか?」


誰も答えようとしない。そう誰も飛んできたところを見て無いようだった。


 ワイバーンは、そんなに強くはなかったけど、

それでも結構大きい。こんなものが飛んで来たら、誰かが気づくはずである。

もちろん、誰にも気づけないほどの速さで来たともいえるが、

その時は、着地の際に大きな音に衝撃波が出て、

村はもっと酷い事になっているはずだ。


 でも、そんな感じはない。だから転移してきたというのも頷ける。

ただスキルなら、運が悪かったとしか言いようがないけど、

もし魔法なら、誰かの陰謀を感じた。

何者かが、悪意を持って村の真ん中に魔獣を送り込んできたことになる。

 

 引っかかるものを感じながらも、

僕の仕事じゃないように思えたので、村を去った。

しかしこの一件が、僕に関わってくることになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る