第5話「勇者の正体」

 黒の勇者が去った後、アベルはダリルに、


「おい、一体何があった?」

「それが、俺にも何が何だかわからなくて、

ついちょっと居眠りしてたら、爆発で目が覚めて、

そしたら、奴が目の前にいたんだ」


ロアナは、


「どうして、ここがバレたんでしょうか」


リサも


「そうよね、外との連絡は取れない筈なのに」


更にロアナは、


「そもそも、この場所をライト君は知ってますか」


加えて窓のない状態だから、余計に場所を知る事が出来ない。


 ここで、アベルは、


「そんな事は、どうでもいい。行くぞ」

「どこへ行くんです?」


リサが聞くと、


「冒険者ギルドだよ。暴行を受けたって訴えてやるんだ」


冒険者ギルドに冒険者が問題を起こしたと訴え出れば、

何だかの処分を課すはずで、場合によっては

ランクの取り消しもあり得る。


 なお、先の状況は、明らかにアベルの攻撃に対する

正当防衛になるが、


「お前ら、奴が急にきて、俺を突き飛ばした。そう言うんだぞ」


と嘘の証言を頼んだ。

黒の勇者を貶める為ならと、皆賛同するが、

ロアナだけは、不安を感じていた。


 その不安は的中した。ギルドに来ると、職員たちがアベル達を

睨んできた。そして、受付で、

アベルは、黒の勇者から暴行を受けた事を訴え出て、

他の面々も証言したが、エイラがやって来て、


「違うでしょ、貴方は黒の勇者様に切りかかって、

返り討ちに遭っただけでしょ」

「なっ!」


驚く四人。


「もうネタは上がってるのよ。

あなた達はライト君を誘拐して、黒の勇者様を操ろうとした」

「何の話だ」


と惚けるアベルだったが、


「あなた達のしたことは、ライト君が映像記録魔法で記録してるのよ。

後これもね」


そう言うと、エイラは封筒を出してきた。


「それは……」


そう、黒の勇者に渡した手紙だった。


 実は彼らがここに来る前に、黒の勇者がやって来て、

ライトがアベル達に誘拐されたと証拠付きで訴え出たのだ。

そう、黒の勇者の方が、先にギルドに訴えを起こす可能性はあったが、

アベル達、特にアベルは頭に血が上り、

その事に、気づかなかった。


 更にこの時ギルドに衛兵たちがやって来た。拉致監禁は犯罪なので、

ギルドは通報していて、そしてここにアベルが来ることを予測して、

やって来たのである


「そんなぁ」


とアベル達は、情けない声をあげながらも、衛兵たちに囲まれた。

この状況での抵抗は、自分の首を絞めるだけなので、

そのまま、素直に連行されていった。


 拉致監禁の罪に対する沙汰は、直ぐには出ないものの、

ギルドとしての処分は、直ぐに出た。

アベル達は、冒険者登録の抹消、以後七年間再登録不可となった。

例え七年後、再登録できたとしても、過去の犯歴が邪魔をして

AランクはおろかBランクに上がる事さえ難しいとされる。

冒険者として大成する道は断たれたも同然だった。







 僕は、ギルドに寄って、訴えを起こした後、家に戻って来た。


『どうせ、お前も、ライトを捨てるんだろ!』


と言うアベルさんの言葉が脳裏に響く。


(それはあり得ないんだよ……)


僕は今にやって来た。そこには大きな姿見がある。

これは、この家に備え付けのものだった。

そこには、長身で、黒い装甲で、がっちりとした体格で、

騎士を思わせる甲冑を纏った者、すなわち「黒の勇者」が映っていた。


 そして、その体は黒い靄に包まれ、そして靄は、

右手の手甲に吸い込まれるように消えて、本来の僕の姿になる。

追放が有り得ないのは当然の事だ。そう僕自身が、『黒の勇者』なのだから。


 あの鎧は、僕の右手の手甲の本当の姿、正式な名前は判らない。

手甲がダンジョンで発見された時、説明書はあったけど、

名前は書かれていなかったらしい。


 手甲は冒険者だった両親が見つけた、今は引退してるけど、僕の憧れの存在。

僕の冒険者への憧れは、両親の影響でもある。

両親は、冒険者としての腕を磨くために、あるダンジョンに挑み。

見事攻略したのであるが、その最深部で、手甲を見つけたという。


 ダンジョンで見つかる宝物とかは、詳しくは知らないけど、

ダンジョン自体が生み出しているという。

だけど、この手甲は、ダンジョンが生み出したものではなく。

何者かによって、ダンジョンの外から持ち込まれたもの。

何故かと言うと説明書に、そう書いてあったらしい。


 この手甲、いやあの鎧は、僕の冒険者としての道は、絶った。

どういうことかと言うと、あの鎧は、僕が習得するものを奪うのだ。

例えば、僕がどれだけ剣の腕を磨いても、魔法を学んでも、

全て奪われ、僕は修得することは出来ない。

僕に戦闘力がないのはその為だ。


 ただ奪われた力は鎧を着ることで使うことが出来る。

そして、この鎧は多くの人々の手を渡り、

多くの力を奪って来たのだろう。

あの鎧を着れば、僕が学んできた以上の

様々な技能や魔法が使えるようになっていた。

「黒の勇者」の強さはそこに起因する。


 あの手甲は、幼いころ、家に置いてあったのを偶然見つけて、

嵌めてしまった。手甲は僕の手に合う大きさとなり、

以降、僕の手から外れなくなった。なお最初に大きさが変わったように、

僕の成長と共に大きさが変わっている。 

 

 両親は、手甲を付けてしまったとき、それが何であるかは教えてくれなかった。

鎧の事を聞いたのは、冒険者を目指すことを両親に告げた時だった。

最初は半信半疑だったけど、どんなに頑張っても戦闘力を身につかなくて、

それが本当だと知る事になった。


 両親は共に、悪事を働かなければ、自由に使っていいと言ってくれた。

その力を使えば、確実に、冒険者として大成するだろうとも言っていた。


(それでいいのだろうか)


でも僕は疑問も感じた。例え、大成したとしても、それは、僕の力じゃないから、

胸を張る事はできない。


 僕は、一時期冒険者としての道を諦め、色々模索した結果、

鎧が食わない技能がある事に気づいた。それは「家事」だった。

だから僕はひたすら、家事の腕前を磨いた。


(家政夫にでもなろうかな……)


と思っていたころ生活サポート専門の冒険者の存在を知った。

そして、冒険者への思いが再燃した。

形はどうあれ、冒険者に関われる。僕は、その道に進む事に決めんたんだ。


 その道は、平坦じゃなかった。何度と追放され、酷い目にも合ってきた。

僕が初めて、鎧を使おうとしたあの日、仕事が無くて、

背に腹は代えられないと思っていたけど、

ひょっとしたら心が折れていたのかもしれない。


 鎧を使い、両親の言うように冒険者として大成した。

でも、僕は、自分の功績にはしたくないから、架空の冒険者を立てた。

「黒の勇者」と呼ばれるようになる冒険者をだ。

結局、鎧の力に頼ってしまった僕の最後の意地。

いや違う、そうすることで、僕の罪悪感が少しは晴れるからだ。

人がやりたがらない仕事をしているのも、結局は同じ。


 この後、夕食を作る。献立は異界料理のカツドン

オーク退治の後は、これが食べたくなるから、事前に準備していた。

以前から異界料理の勉強もしていて、日々精進している。


「いい感じだね」


料理だけじゃない。掃除洗濯、あらゆる家事スキルを磨いている。


 今の家を買ったのも、手が届く値段だと言う事と、

鎧の力を使えば、いわくもどうにか出来ると言う思いもあって、

実際どうにかしたけど、一番の理由は、

家を持ち維持することで、日々の生活で家事スキルを磨くためだ。


「ふう、美味しかった……」


 食事を食べ、食器を洗い、リビングで寛いでいると、


「そういや、アベルさん達どうなるのかな」


まあ僕には、もうどうでも身い事だけど、

でも、黒の勇者の存在が原因で、足を踏み外したと思うと、

少しだけ、心が痛んだ。

まあ黒の勇者が居なくても、まともにやっていけたのかは分からないけど。


 そんな事を、考えていると、呼び鈴が鳴った。ドア越しに


「どなたですか?」


と声をかけると


「ライト君、私」


ルリちゃんだった。ドアを開けて


「どうしたの?こんな時間に……」

「その……ご主人様から話を聞いて心配になって」

「そうなんだ、見ての通り無事だよ」

「よかった……」


と安堵の表情を浮かべつつ


「ねえ、その……この後、いいかな?」

「いいよ」

「黒の勇者様は?」

「大丈夫だよ」


その夜は、ルリちゃんと過ごした。


 翌朝は、天気がいい気持ちのいい朝だった。

家の中で、朝日を見ながら思う。


(何時の日が、僕自身が評価される時が来るんだろうか。

生活サポート専門の冒険者として)


鎧にすべてが奪われる中、残された家事の腕だけが、

僕の誇りだ。それが評価されなければ嬉しくない。

その日が来るまで、生活の為に僕は「黒の勇者」を続けようと思う。


「さてと……」


ルリちゃんが起きてくるまでに、彼女の分の含めて、

朝食を作ることとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る