機械屋、魔王城で迎え撃つ。

 魔王城内はにわかに騒がしくなった。

 戦える者は各々が武器を手に取り、起動した数々の機械を作動させるべく位置につく。勇者と相対する役目の者達は、子や妻を抱きしめて無事を祈っていた。

 戦いに加われない者は城下への避難を言い渡され、持てるだけの家財を持って城を辞していく。

 ルーフスは各所を走り回り、配置や防衛の指示を出していた。その部下であるロセウスも当然、準備に駆けずり回っている。

 それらを、ディードはじっと見ていた。

 何とも不思議な気分だ。

 少し前までは、こんなふうに魔物に紛れて生活することも、ましてや勇者を迎え撃つ羽目になることも、想像もしなかった。

 今や人界に戻る場所はなく、ここだけが自分の居場所だ。そう考えると、ここを守らなくてはいけないという使命感のようなものが湧き出てくる。

 だが、戦う術を持たないディードは最初城下への避難を指示された。ルーフスが気を遣ったのか、直に伝えにきたのだ。

 だがそれには頑として動かなかった。

 自分が手をつけた機械がきちんと作動するのか、見届けなければならないのだ。それは機械屋としてのさがでもあり、ディード自身のけじめでもある。

 そう言って動く気のないディードを見たルーフスの呆れた顔は、今でも思い出すと面白い。頑固な彼の一面を垣間見た気がする。

 だが流石に前線に出ることは却下された。せめて邪魔のないところにいろと言われ、渋々食堂の隅で待機したのだ。機械が壊れればいつでも飛び出せるよう、大事に道具の類は抱えている。

 

「あんた、根性あるね」


 ふと後ろから声がかかった。

 そちらへ顔を向けると、女が一人立っている。

 鮮やかな紫色の髪に、同じ色の目。ロセウスの連れ合いの、ウィオラという女だ。

 炊き出しの準備でもしていたのだろう。仕事着を身につけ、額には薄らと汗をかいていた。

 思い出し笑いの男の顔に怪訝な顔をしている。慌てて顔を戻すと、ディードはウィオラに向き直った。


「何の話だ?」


「あんたがここに残ってることさ」


 ちら、とウィオラが視線だけで周囲を示す。

 殺気立った魔物達や、怯えている魔物達。その様はこちらまで不安にさせる。比較的安全な食堂ですらこれなのだから、外の様子は推して知るべしというものだ。

 それでも大きな混乱が起きていないのは、主人あるじである魔王が勇者と対峙する姿勢を見せているからだろう。

 だがディードは人間だ。本来ならば、いの一番に逃げ出して勇者のところへ行ってもおかしくない。

 

「只の人間にここまでする奴がいるとは思わなかったよ」


 ウィオラがカラカラと笑う。その姿は、どこかロセウスに似ていた。夫婦というものは似るのだろう。考え方も、似ている気はする。

 その感心したような物言いに、ディードは少し自慢げに眉を上げる。


「手をつけた仕事は、機能するかどうかまで見届けるのが筋ってもんだろ」


「職人だねぇ!」


 思い切り背中を叩かれる。女とは言え、魔物の力は強い。それこそ、人が吹っ飛ぶほどだ。

 ディードの背に、かなりの痛みが走る。前のめりに倒れそうなところを、何とか踏ん張った。


「……っ! いてえな!」


「おや、ごめんよ」


 抗議の声にウィオラが笑って手を引っ込める。その笑みに人間への悪感情はなさそうに見えた。恨みがましいディードの視線を揶揄うように受け流し、くるりと背を向けた。


「ま、ウチの旦那も頑張ってんだ。あんたも頑張りな!」


 ひら、と振られる手は厨房へと消えていく。

 炊き出しの作業を再開する彼女の背を見送り、ため息を吐いた。


「ったく……少しは加減してくれ」

 

 痛む背中を気にしながら、手元にある何十枚もの紙を見下ろす。

 この一月ひとつき半、手塩にかけて直した数々の機械の図の写しだ。

 どれだけこれが、勇者に通用するのだろうか。


「さて……お手並み拝見だ」


 に、と笑ってディードは呟いた。



         *



「さぁて、と」


 白髪の男が魔王城を前にして立っている。

 その目は気怠げで、とてもこれから敵陣に乗り込むものではない。髭だけは整えたのか、綺麗に剃られていた。

 ひくひく、と男が鼻をひくつかせる。まるで、魔物の気配を匂いで探ろうとしているかのようだ。

 じっと魔王城を見つめて、やがて満足したように腕を組んだ。

 魔物の気配は、眼前の剛健な建物に集中している。正確な数は分からないが、大小様々だ。

 だが、そこまで多くの魔物があの建物にいるとは思えない。いくら魔王城とはいえ、すし詰めになってしまいそうだ。

 強固な壁の向こうに飯炊きのものらしき薄煙がいくつか見えた。恐らく、城の向こうに城下町か、それに類するものがあるのだろう。

 男は懐から魔木と魔石を取り出した。魔石に魔力を通すと、ふうと魔法の火が灯る。それを魔木に移すと、一際鮮やかな炎が上がった。炎に向かってぶつぶつと呪文を唱えると、火は鳥の形になり、浮かび上がる。


「今から突入する。魔王を殺したらまた連絡する」


 鳥に向かって話せば、伝言を承った。と言わんばかりに炎の鳥は一声鳴いた。そして男がやってきた方向へ飛び去っていく。

 一応、義理は果たさねばならない。これを王かその側近が受け取れば、人界と魔界の境目に待機していた軍勢が動くはずだ。その軍勢は、王のいなくなった城を蹂躙し、そこにある資源を根こそぎ奪う算段である。

 その中から分前をもらえれば、遊んで暮らせるだけの金が手に入る。

 鳥を見送ってから、男は改めて魔王城を眺めた。


「人界の城とは、また違うんだぁな」


 感心したように白髪の男――勇者が呟く。

 魔王城は、街を守るように建てられている。手を出したくば、先ずは此方を倒せと言わんばかりである。

 人界の王の城は、城下町の奥に城がある。支配しているという意識の顕れなのか、肉の壁としているのか、よくわからない。だが、魔王城のように護られているわけではないのはわかった。


「案外、魔物の方が人間よりも…んなわけねぇーか」


 浮かびかけた言葉を打ち消す。それは、考えてはならない。考えたくもなかった。

 勇者はスラリと剣を抜き放つ。既に、魔王には自分の来訪は察知されているだろう。今更隠密行動をしても意味がない。

 一つ深呼吸をしてから、勇者は魔王城に向かって走り始めた。

 唯、切り込むのみだ。


 

         *


「やはり破られた、か」

 

 じっと、赤い魔物が高台から城内の様子を見ている。

 赤い魔物――ルーフスは勇者の動向を逐一追っていた。

 魔物たちに指示を出すためでもあり、ディードが修理した絡繰がどの程度通じるのかを見るためでもある。

 一つ目の城門はあっさり突破された。

 橋が動くという単純なものだからか。身軽に飛び越えられて終わりだ。

 門番は既に殺された。なるべく屈強な者を立てていたが、無駄足に終わったらしい。

 不愉快さがルーフスの心中に広がる。ディードが魔王城にきてから、人間への嫌悪感は多少薄れたかと思っていた。だがいざ勇者を見ると吐き気がする。

 この勇者はあの男と違って、血の匂いが強過ぎる。魔物を何百と屠っているのだろう。

 その見た目からは想像できないが、時折魔法も使うようだ。人間の魔力の匂いもしていた。


「先程飛んだ魔法は、進軍のしらせであろうな」


 鳥のような魔力の塊を細く目を細めて追う。人界の王へ、出陣の知らせをしたのだろう。

 ほんの少し考えてから、魔力の鳥を追うように自分も魔力を飛ばした。赤い、炎とはまた違う光。

 人間の魔法は炎の形を取っているが、魔物のそれは違う。純粋な光そのものだ。その気になれば、人間の魔法よりも疾く飛ばせる。

 すい、とルーフスが目を閉じると、瞼の裏に空を飛ぶ光景が映った。

 眼前には先程の魔力の鳥だ。すぐに追いつけたらしい。

 間もなく、鳥は人界の王の城らしき場所へ辿り着いた。

 待ち侘びていたのだろう、冠を被った男が鳥を腕に止まらせる。嘴を動かして伝達しているようだが、声までは聞こえなかった。

 だがその男が、いやらしい笑みを浮かべたのははっきりと見えた。

 会議中だったのだろう。円卓には様々な書類や地図が広げられている。

 そこにあったのは、土地の分配、魔王城にあるとされる資源の分配。それを誰に優先して渡すか。そんな皮算用ばかりが並んでいた。


「なんと、醜いのか……」


 思わずルーフスの口から忌々しげな言葉が溢れる。

 既に戦に勝ったつもりでいるだけでなく、簒奪まで行うつもりなのか。わかっていたことではあったが、目の当たりにするとはらわたが煮えくり返る。


「やはり、彼奴等は滅ぶべきだ」


 赤く燃え立つ髪が僅かに逆立つ。ルーフスの怒りを顕すように。

 その怒りは人間への純粋な怒りだ。

 こんな人間達を生かしておくなど、魔王は優し過ぎる。

 その理由を、ルーフスは知っていた。

 赤い魔物は、彼に最初に生み出された魔物であったからだ。甘い戯言も、魔物達を喪った悲しみも共有してきた。

 その上で魔王が人間に未だ希望を持っていることも知っている。

 だが。


「私が彼奴等を滅ぼし、貴方の目を覚まさせますとも」


 人間に情けをかけても、増長するだけだ。優しくするだけ、無駄というものだ。

 ならば、自分が滅ぼそう。未練を断ち切るために。

 そう胸に決意を固め。

 ルーフスは、玉座の間へ近づく無礼者をまずは迎え撃たんとその場から飛んだ。

 

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