胴-1

 衝撃的な日から一晩、マコトは存外よく眠れた。横にある(いる?)生首と薄汚れたエナメルバッグを見、「やっぱり夢じゃあなかったんだなあ...」と頭の中で考えた。

 15時頃、マコトとリコは電車に乗っていた。行き先は銅が港高校。平日の昼間だからか大して混雑しておらず、座席に座ることが出来た。膝の上にリコが入ったエナメルバッグを置いてぼーっとしていると、隣の座席の老人が声をかけてきた。「ねぇ、あなた銅が港高校の先生か何か?」マコトは咄嗟にそうだと答える。「あら、じゃあ大変ねえ...生徒さんが行方不明だなんて。早く見つかるといいわねぇ。」次の駅で、老人は電車を降りていった。マコトは、聞いていたであろうリコのことを考える。エナメルバッグの学校が、彼女の通っていた学校とは限らない。なにか手がかりが見つかると良いが...。

 銅が港の駅に着き、高校まで歩く。駅から高校までは近く、5分も歩けば直ぐに校門が見えてきた。マコトは人が少ないのを確認してから、「高校に着いたよ、リコさん。」と声をかけた。リコは「ん。」とだけ返事をし、あとは黙っていた。

 さて。マコトは校門の前で立ち尽くす。アポも何もなしに来てしまったし、勝手に入るのは元教師としては絶対にしたくない、かと言って誰か来てもどう説明すれば...。下校中の生徒たちはマコトをジロジロと眺める。一人の生徒が声をひそめて言った。「また配信者?」マコトが思わず振り向くと、その生徒はそそくさと去っていった。どうやら、行方不明者が出てから迷惑な配信者が学校に押し寄せては追い返されているようだった。どうしよう...。考えているマコトに、教員が近づく。誰かが呼んだらしい。「本日はどのようなご要件で...」教員の言葉を遮るように、後ろから大きな怒声が聞こえた。

「どうせリコのことで来たんでしょ!!」

 そちらを向くと、不機嫌そうな女子高生が2人、こちらを睨みつけていた。「またくだらない配信とかするんでしょ!?帰って!」否定もできず、マコトはただ立ち尽くしていた。教員は迫ってくるし、女子高生にはなじられるし...と思っていると、その2人はつかつかとこちらに歩み寄ってきた。彼女たちはリコが入ったエナメルバッグをしばらく凝視したあと、突然「走って!」とマコトの両腕を引っ張った。何も分からないうちに校門から離され、マコトは引きずられるがまま走った。教員は軽く追ってきたようだったが、直ぐに諦め帰って行った。

 女子高生2人に両腕をがっちりと掴まれ、マコトは駅前のカフェに連行された。席に座らされた時、やっとマコトは「何!?どういうことですか?」と言うことが出来た。しかし女子高生2人は答えない。1人が「質問は私たちだけがする。」と言い、2人で目を見合せ頷いた。もう1人が尋ねる。

「なんでそのエナメルを、あんたが持ってんの?」

 マコトが返答に困っている間に、彼女たちは話し出す。「そのエナメルは陸上部の部員しか持ってないはずなの。」「どこで入手したのか知らないけど、趣味悪すぎ。配信者なら今特に陸上部が大変なの分かってるでしょ!?」まくし立てつつ、ミルクティーを3人分注文した。あぁ、ミルクティー苦手なんだけどな...唖然とするマコトに、彼女たちはやっと自己紹介をした。「私はユウコ、こっちはスズ。んで、さっきの質問に答えて。そのエナメル、なんであんたが持ってるの!?」ユウコは声を荒らげる。スズは軽く窘めながらも同意した。「いま陸上部はリコがいなくなったことで荒れに荒れてるの。誰が配信者に情報を売っただの、ネットニュースにバラしただの...ギシンアンキってやつよ。そんな時に、そのカバンを持ったあなたが現れたって訳。」ユウコが続ける。「ウチらは基本3人でつるんでた。まぁそんな深い仲ではなかったけど...それでも、理由を知る権利はあると思うんだけど。」マコトは考える。何をどう話せば、狂人扱いされずに済むのかを。

「えーっと...我が家が首山にありまして...そこで埋まってるのを見つけました」

 悩んだ結果、マコトはある程度本当のことを言うことにした。どこかで盗んできたと思われても困るし、何より事実だからだ。ユウコとスズは顔を見合わせ、「え?首山って人が住む所じゃなくね?」「でもそしたらマジかもよ...?」と何やら話し合っている。スズが唾を飲み、マコトに向かって小声で話した。「今リコ、バラバラにされて埋められたんじゃないかって噂で...」あ、それ本当ですよ。口から出かかった言葉を飲み込み、マコトは驚いた表情を作る。ユウコはぬるくなったミルクティーを思いっきり飲み、氷をガリガリ食いながらマコトを見る。ユウコはどうやら噂を信じていないようだが、スズは疑う余地が無くなったと言わんばかりの顔だ。「そんな噂、どこから...?」マコトは尋ねる。ユウコは「どーせどっかのつまんない配信者でしょ?出どころなんて。スズもすぐ信じるからさ〜」と呆れ顔だ。「その配信者って...」言いかけたマコトを遮るように、年配の店員が「クチナシさんのお話ですか。」と声をかけてきた。ユウコとスズは、げ、と言った表情をし、ミルクティーを一気飲みして帰り支度を始めた。スズはマコトに声をかけた。「ねぇあなた、名前は?」「あ、ヤマネマコトです...」「わかった。じゃあね」2人はドタバタと店を出ていった。残された店員とマコトは2人で顔を合わせ、苦笑いした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る