第4話 依頼

「……てことがあってさ」


 居酒屋で俺は友人のガロップに警察に捕まったこと、そして検察庁であった事件のことを語った。


 ガロップとは子供の頃からの友人で気心の知れた仲である。仕事は国軍の一兵卒。

 そのガロップは検察庁のことよりも俺がペネロペを殴った件について興味津々のようだった。


「あいつマジで最悪だな。一回死ねばいいのに」

 とガロップは憤慨し、ジュースを一気に飲む。


「お前、今仕事中だろ?」

「今は昼休憩だ。てか、お前、これからどうするんだ? おばさんのとこを出たんだろ?」

「出たというか、帰ったら俺の荷物が外に放り出されてた」


 釈放され、おばさんの屋敷に帰ると服やら鞄、その他が庭に放り出されていた。


「それはなんとも……今はどこに寝泊まりしてるんだ?」

「今は宿屋に泊まっている」

「仕事は?」

「探している」

「仕方ない。俺の方でも回せる仕事を探してやるよ」

「そうか。助かる。あ!? でも、今すぐでなくていいから」

「?」

「ちょっと金の入る手伝いごとをしててな。それが終わってからでいい」

「どんな手伝いだ?」

「……まだ詳しくは」


 嘘である。一応、内容は聞いてはいるが些かおかしいものなので言わないでおく。


「雇用……依頼主は?」

「レイモンド卿さ。一応伯爵家の依頼だから変なものではないだろう」

「貴族だから綺麗とは限らんぞ」


 貴族は権力を持っている。ゆえに平気で悪事を働き、平気で権力を行使して悪事を揉み消す。


「まあ大丈夫だろ」

「ま、気をつけろよ。にしてもベイクって野郎がしたからフィリップの件はなんだろ」

「……検事の件もな」


 フィリップが検事を。そしてフィリップをベイクが殺して、その後でベイクは自殺。それがとなっている。


 たとえ貴族であっても本来はここまで関係者がいる事件は揉み消すのは難しいのだが、ベイクより爵位が上の貴族がフィリップと関わっていたこともあり、その貴族の力で揉み消された。


 そしてその貴族というのがレイモンド卿に調査を頼んだ人物だとか。

 ベイクが子爵らしいので伯爵以上ということだろう。

 そして俺達には真実を口にするなと緘口令が敷かれ、嘘には大いにつけと命じられた。


  ◯


 ガロップが居酒屋を出た後、1人の酔っ払いがガロップの席にどさりと座り、

「よお、あんちゃん。大変だったんだな。まあ、一杯飲めや」

 と俺の空のコップに酒を注ぐ。


 そして酔っぱらいは一升瓶をラッパ飲みで飲み始める。


 なんだこの酔っぱらいは? 真っ昼間から。しかもガロップとの会話を吹き盗み聞きしてたな。


 しかし、どこか聞いたことのある声だな。

 平気でゲップをする酔っぱらいの顔を見る。

 年齢は四十……三十か? いや、二十代後半?

 ここ最近どこかで……見たような……何かひっかかる。


 見れば見るほど曖昧になる。

 次に俺は服に目を向けた。


 服はよれよれ、皺もあり、毛羽立ったり、小さい穴もあったりと……いかにもというような。


 でも一部だけなら分かるが。全体に様々な汚れがあると納得がいかないような違和感が生まれる。


 そう──それは偽物のような。

 そして俺は霧が晴れたように男の正体に気づいた。


「もしか……」

「おっと、蚊だ」

 と男は俺のに手を当てる。


「名を出してはいけない」

 男──レイモンド卿は囁き声で語る。


「それと右後ろを振り向いてはいけないよ。そこに監視官がいるから」

「!?」


 つい右後ろへ振り向こうとしてまうが、俺の右側頭部に触れているレイモンド卿の手がそれを阻止した。


「駄目だろ」

 と言いレイモンド卿は手を離した。


「どうしてここに?」

「君がガロップ君にあの事件で余計なことを言わないかを確認にね。僕は帰るが君はこれを飲んでから帰りな」


 レイモンド卿はコップを指し、そして立ち上がった。


「じゃあな。若いの。いつか良いことがあるってものよ」


 あいつ、本当に。あれなら俺、必要なくね?


  ◯


 居酒屋の後、俺は宿屋に戻った。


 この宿屋はレイモンド卿が紹介し、宿泊賃まで前払いで済ましてもらった。見た目は一般市民あたりが使用するような安い宿屋だが、客のほとんどは普通とは言い難いような人が多かった。


 立地も宿屋街から離れたところに建ち、道のりも宿屋街を通る道ではなく、ジクザクとした全く別の道を通るものだった。一応、繁華街に続く道がある。


「ラブホでもないし、何だこのホテルは?」


 ベッドに横になり、俺は独りごちた。


 てっきり先にレイモンド卿がいるのかと思いきや、そうでもなく今日のあれは本当に注意のために来たのだろうか。


「にしても暇だな」


  ◯


 レイモンド卿から依頼話が来たのは3日前のこと。


 その日、俺は検事刺殺事件の後、おばさんの家に行き、庭に捨てられた荷物を拾って当てもなく歩いていたところをレイモンド卿に会った。奇遇を装ってはいたが、あれは俺を待っていたのだろう。


「やあ、実は君に話があってね。話ついでに飯でもどうだい? 奢るよ」


 ちょうど腹が減っていたのでご相伴に預かることにした。あと、金もないし。


 馬車に乗せられ、郊外に出て、さらに北東の森を抜け、俺は大きな館へと案内された。

 館はひっそりとして、まるで影を落とされたように暗かった。


「ここは?」

「ウチの家さ。さあ、こっちだ」

「ええ!?」


 レストランでもなくレイモンド卿の館!?

 扉の前に執事とメイドが待っていた。


「お帰りなさいませ。クロード様」


 執事とメイドはレイモンド卿に一礼する。


 俺はレイモンド卿の名前がクロードであるとここで知った。しかし、クロードか。この館に住むからにはもっとおどろおどろしい名前かと思ってた。


 そして執事が扉を開く。


「お荷物お預かりします」

「え、あ、はい。でも重いですよ」

「大丈夫です」


 服やら下着やらその他の物がパンパン入った鞄は重いはずだが、メイドは軽々と受け取る。


「バーナード君。こっちだよ」

 とレイモンド卿は俺を食堂へと誘う。


 食堂は2人で食うには広く、いささか戸惑ってしまう。


「気を楽にしていいから」

「ああ」


 とは言うもののどう気を楽にしろと。

 メイドが2名食堂にやってきてテーブルにレストラン並みの豪勢な昼食を置く。久々(と言っても3日ぶり)のシャバの飯がこれとはなんと僥倖か。


  ◯


「で、話って?」

「うん。しかし、その前に場所を変えよう」

 と俺とレイモンド卿は食堂を出た。


 てっきり応接間か客間に連れられるのかと思いきや、そこは書斎だった。奥はガラス張りでその前に机が。そして左右の壁には革張りの本が差し込まれた本棚があり、部屋中央に机のソファがある。


「どうぞそちらへ」


 俺が部屋を見渡しているとレイモンド卿にソファへ座るよう促される。上質なソファに座るとレイモンド卿は対面に座った。

 それからメイドが入ってきてコーヒーが入ったカップをテーブルに置く。そして一礼してメイドは出て行った。


「で、話とは?」

 コーヒーを一口飲んでから俺は聞いた。


「実は今度のパーティーにレイモンド家代表として出席してもらいたいんだ」

「嫌だ」

 即答した。


「俺がお貴族様の代表? いやいや、もっと他のやつがいるだろ? 作法も知らない俺よりもっと……」

「大丈夫。代表といってもそのパーティーには僕も名前を隠し、変装をして出席するから」

「意味がわからね。出席するのになんで名前隠して変装すんだよ」

「僕は嫌われているからね」

「悪魔憑きだっけ?」

「そう。だから」

 レイモンド卿が頷く。


「初めから家の代表として変装して出席すればいいじゃないか」

「もしバレたらどうするの? ただでさえ嫌われているのに、変装好きのキチガイと思われたらレイモンド家の名に傷がつくじゃないか」

「だからこそだよ」

「?」

「バレたら、変装を一興にするのさ」

 ウインクしてレイモンド卿は答える。


「すまないが……」

「きちんとそれなりの謝礼はだすよ。それとパーティーまでの衣食住もね」

「……どらくらい?」


  ◯


 レイモンド卿が提示した金額は給料3ヶ月分だった。しかも当面の衣食住も提供される。

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