第3話 レイモンド卿
刑事は検事の死因は胸や腹を数回刺されての刺殺と判断。それ以外に外傷はないので刺殺で間違いないだろう。
フィリップは縄による絞殺。ただ後頭部に外傷があった。
現場には争った跡があり、部屋は散らかっていた。特に鉢植えが粉々に割れていて中の土が全て床にこぼれていた。土臭い匂いが部屋に充満している。
「死臭より
刑事が鼻を摘んで言う。
「きちんとした土を使っているのでしょうね」
貴族の男が土を摘み、こねり、そして嗅ぐ。
「どういう意味だ?」
「刑事さんはお花を育てたことは?」
「んなもんねえよ」
その答えに貴族の男は肩を竦める。
「花を育てるのに土はなんでもいいわけではないんですよ」
「そうか」
刑事はどうでもいいという口振り。
「で、
刑事は鑑識に聞く。
「たぶん鉢植えで後頭部を殴打した後、縄で絞殺でしょうね」
検事を刺したナイフは床に見つかり、フィリップを絞殺した縄はまだ見つかっていない。
「お前が殺したんだろ!」
四角い顔の刑事が俺を犯人だと指差す。
「だから違うって。入った時には死んでたって」
「ではなんで部屋に入っていた? 鍵が掛かっていたんだろ?」
「知らないよ。そこの男がドアノブを回すと普通に入れたんだよ」
俺と貴族の男が部屋の中に入ってすぐに役員が合鍵を持って戻ってきた。そして部屋の惨劇を見て驚き、警察を呼んだ。
刑事は俺や貴族の男、担当役員、そして待合室のゴロツキと看守にも聞き込みをした。
結果、俺が疑われたということだ。
「本当に鍵が掛かってたんだよな?」
刑事は役員に聞く。
「ええ。ノブを回してもびくりともしませんでしたよ」
「ならばなぜ開く?」
と刑事は次に俺に聞く。
「知らないよ」
「それなら分かるかもしれないよ」
貴族の男が会話に入る。1番怪しいのになぜかこの男は疑われず、むしろ勝手に部屋の中を調べ回っている。もしかして警察関係者か?
「何!? 分かるのかレイモンド卿?」
どうやらこの貴族はレイモンド卿と呼ぶらしく、刑事も顔見知りのようで現場に駆けつけた時、男を見て、「何であく……お前がいる?」と訝しんでいた。
「ええ。役員さん一度廊下に出てもらいません」
「わかりました」
「私が合図を出したらドアノブを回して入ってください」
「はい」
役員が部屋を出て、レイモンド卿は、
「このドアは普通に開け閉めすると床に擦れて音が鳴ります」
レイモンド卿がドアを動かすと言われた通りドアと床が擦れて音が鳴る。
「これは建て付けの問題です。そして犯人は音が鳴らないようドアノブを掴み、上へと押し上げつつドアを閉めたのでしょう」
と言いレイモンド卿はドアノブを掴み、ドアを床に擦らないように閉める。
「では役員さん、ドアを開けてください」
「わかりました」
ドアの向こうから役員の声が聞こえる。
そしてドアノブが回る。後は開けるだけ。
けれどドアは一向に開かない。ドアの向こうからは役員の「あれ? 固い? 開かない」という言葉が聞こえる。
それに部屋にいる俺達は驚きの声を上げる。
「まじかよ。レイモンド卿、これはどういうことだ?」
「役員さん、もう良いですよ」
そしてレイモンド卿はドアを開け、役員を中へと通す。
「だからどういうことだ?」
刑事はもう一度聞いた。
「ここは老朽化で建て付けが悪くなっています。しかし、この部屋は普段から普通に開閉はできる。ですよね?」
とレイモンド卿は役員に聞く。
「はい。開閉に問題があったとは聞いておりません」
「しかし、老朽化の影響は確かにあります。そしてそれはほんの少しのズレで問題が発生するのです」
「ズレ?」
「ええ。ドア枠を見てください。歪んでいるでしょう。その状態でドアを上げるように閉めるとドアの角が枠の隅でなく辺に当たるのです。ドア枠の天辺にね」
「なるほど。それが引っかかってドアが開閉できなかったのか」
レイモンド卿はそうだと頷く。
「で、犯人は? やっぱお前か?」
「だから何でだよ!?」
このアホ刑事はそんなに俺を犯人したいのか。
「俺はこのレイモンド卿ってのと一緒に入ったって言ってるだろ」
「本当は先に入ってたんじゃないなか?」
「なわけねえだろ。両手首に縄が結ばれてんだぞ」
俺は両手首を上げる。そこにはまだ縄が括られている。
「ほどけるだろ」
「無茶言うな」
「その縄を使って殺したんだろ?」
「なわけねえだろ」
「縄の跡が同じだろ」
俺はフィリップの首を見る。
くっきりと縄の跡が赤く残っている。
ん?
縄の跡を見て、あることに気づいた。
「おい、刑事さんよ。吉川線がないぞ?」
「ヨシ……なんだ?」
そっか。ここは異世界だった。
「ええと、抵抗した痕跡がないぞ。普通は抵抗したら縦に線が出来るだろ?」
「!? まじかよ。なら絞殺と見せかけた撲殺か。頭の怪我が本命!?」
「そうそう!」
「つまり、お前は縄で手首を絞められているので鈍器を使って殺したんだな!?」
「だから、なんでそうなる?」
何が何でも俺を犯人にしたいようだな。
「そうよ。バーナードがそんなことするわけないでしょ」
いきなり割って入った声に俺と刑事は振り向く。
声の主はジニーだった。
「なんでお前がここに?」
「勝手に立ち入るな」
「レイモンド卿という人に呼ばれたのよ」
『レイモンド卿?』
俺と刑事はハモる。
「ああ僕だ。こっちこっち」
とレイモンド卿はジニーを手招きする。
ジニーに何用だ?
レイモンド卿とジニーは何やら話し始める。結構真面目な話っぽいな。
てか、あいつ距離近くね?
ジニーに色目使ってんじゃあねえだろうな。
「なあ、警察さんよ。このままフィリップが検事を殺してフィリップの件は迷宮入りでいいんじゃないか?」
ゴロツキが提案する。
「ああん!?」
「こいつは貴族令嬢をターゲットにした結婚詐欺の常習犯だぜ。恨んでいる貴族令嬢は多いだろ。こいつが亡くなっても誰も文句は言わねえって」
「駄目だ。これは殺人だ。殺人犯を野放しにするわけはいかない」
「熱血なのはいいですが、冤罪は駄目ですからね」
レイモンド卿との話が終わったのかジニーが口を挟む。
「だが1番怪しいのはこいつだ!」
ジニーと警察はバチバチと睨み合う。
レイモンド卿が、
「刑事さん、彼を犯人にするには少し待っててもらいませんか」
「あん? 何か分かったのか?」
「それはこれからです」
とレイモンド卿は不敵に笑う。
◯
一度は釈放されたが優男は検察庁の検事室に呼び戻された。
現場を見て優男は驚く風でもなく、落ち着いていた。
「では、皆様方お集まりということでお話をさせていただきます」
レイモンド卿は腰を曲げ、慇懃に礼を述べる。
「そういうのはいいから教えてくれよ」
と刑事はどこかばつが悪そうに言う。
レイモンド卿はフィリップの死体に右手を向けて、
「刑事さん、フィリップはスーツを着ています。これがどういうことか分かりますか?」
「あん?」
「フィリップもそこの彼も捕まっていたんですよ。その時、スーツや所持品は預かるきまりとなっているのでは?」
そしてレイモンド卿は役員に目を向ける。
「はい。釈放送検の後、上着やバッグ、貴重品類をお返しすることになっております」
「そして釈放した後、あなたは彼を連れてきたのですよね」
「ええ。そうです」
レイモンド卿は口端を伸ばし、刑事に向き合う。
「だからなんだ?」
どうやらレイモンド卿の言葉の意味が分からないようだ。
対して、刑事以外はぽつりぽつりと意味を理解して行く。
「そうか」、「ああ!」、「これはおかしい」と口々に述べる。
一人わからない刑事は、
「何だ? どういうことだ?」
と怒鳴る。
仕方ないので俺が、
「検事さん、フィリップは釈放送検され、ここを、いや検察庁を出たんですよ。そしてそこの役員は検事に命じられて俺を呼びに行ったんだ。ならどうしてここにフィリップがってことだよ」
「なるほどフィリップは戻ってきたということか。そして検事と共に殺されたと。つまり次の聴取される者が犯人。やはりお前か!」
「違うっつーの!」
「ええ違います。彼ではありません。検事を殺したのはフィリップでしょう。そしてこの部屋に隠れていた人間がこの鉢植えでフィリップの後頭部を殴った。そして絞殺に見せるため後から縄で締めた。この理由は先程話した索条痕だけで抵抗した痕がないため」
「で、犯人は誰なんだ?」
「フィリップは何か忘れ物をして戻ってきたと考えるべきでしょう。その際、再入室許可証が必要です。しかし、フィリップはすぐに戻れば問題はないだろうと検事室に戻った。そして検事と争いになり殺害。そしてもう一人の人物に殺された」
ここで一度レイモンド卿は言葉を止める。
皆は黙って続きを待つ。
誰かが唾を飲んだ音がする。
そしてレイモンド卿の口が開かれた。
「フィリップを殺したのはあなたですね。ベイク・キャンドラ」
「俺が犯人? 冗談だろ? それにどうやって戻ってくる? フィリップのようにUターンしてか? もし相手にバレたらどうする?」
「あなたは予め仕込んでおいた再入室許可証を使って、また戻ってきたんですよ。ですよねジニーさん」
「はい。記録として再入室許可証を発行したことそれにサインがあります」
「その再入室許可証はすぐに発行されますか?」
「いえ、すぐには検事にも予定はありますし、部外者をおいそれと許可は出来ません。ましてや先程まで捕まっていた人物ならなおさら」
「しかし、実際は検事のサインがされていた。つまり、前もって再入室許可証は作られていたということ」
「たまたま運良くサインしてくれたんだよ」
「いえ、それはないですね。なぜなら再入室許可証で使われる紙は切れていたから」
「はい。それで再入室許可証を作るため備品室に行きました」
そういえばそんな話をしていたな。
「そろそろ認めてはどうです? 本名アラン・サザーランドさん」
「ほ、本名だあ!?」
刑事が代表して声を出す。
そして俺達はベイクことアランへと振り向く。
「これをどうぞ。そこにベイクがアランだということが書かれています」
レイモンド卿は刑事に手紙を渡す。
「何だこの手紙は」
「彼らのやりとりですよ。偽名を使ってここに来るという」
「よくもまあ、そんな手紙を見つけられたな」
「刑事さんも調べたら発見してましたよ」
「……ふうん。で、なぜ偽名を?」
「そこまで書かれていないので分かりませんが、フィリップを殺すためでしょう。いえ、正確には検事と共にフィリップを殺す予定だったのでしょう」
「動機は?」
アランが試すようにレイモンド卿に聞く。
「それはフィリップが貴族令嬢を対象にした結婚詐欺師だからです。あなたの妹さんはフィリップに騙されたのでしょう?」
「……」
「貴族令嬢が結婚詐欺にあったとなるとお家や令嬢にも傷がつきますからね。彼が釈放送検されるのも被害者側が表沙汰にしてほしくないからでしょう。だからこそ貴族社会に彼の情報が回らず、彼は結婚詐欺を続けられた。でも、私は違います。彼のこと、そして結婚詐欺のこともよくご存知です。依頼者がいて調査をしていたところだったのです。で、手紙を見つけてピンときましたよ」
アランは大きく息を吐く。
俺達は言葉を待った。
「……そこまで知っているのか。さすが悪魔憑きだ」
とアランは皮肉げに笑う。
悪魔憑き?
「正義感の強い検事のことです。起訴できないフィリップに対して並々ならぬ思いがあったのでしょう。そこであなた方は手を組み殺害計画を思いついた」
「だがそれは憶測だろ? 証拠はあるのか?」
「証拠はあなたの服に着いた土。ちゃんと払ったようだが、匂いはぷんぷんしますよ」
「牢屋にぶち込まれて風呂に入ってないし、服も着替えてないからな」
「いえ。これは土壌の匂いです」
「……」
「作物を育てるならまずは土壌からと言いますよね。この部屋にあった鉢植えもまたただの土ではないのです」
「畑に……」
「いえ、それも違います」
アランの言葉を遮り、レイモンド卿はしっかりと首を横に振る。
「この鉢植えに植えられていたのはグレイポケットと呼ばれる変わった植物で普通の土壌とは違う特殊な土壌を使用されていました。そのため匂いも変わっているのです。あなたの服に着いた匂いが同じであるなら、それはあなたがここにいて鉢植えで殴ったという決定的な証拠となります」
「…………」
「まだ言い逃れしますか?」
アランは俯き、首を振る。
「いや認めるよ。手紙まで見つかって、動機も判明しているんだ。もう言い逃れはしないよ。というか、ここに戻された時から吐かなきゃあいけないって覚悟はしていた」
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