第2話 釈放送検

 2番の待合室というのだから先に1番の待合室からということなのだろう。俺達はなかなか呼ばれなかった。


「暑いね〜」

 キザ男ことフィリップは襟元をばたつかせて言う。


「野郎ばっかだと暑いわ〜」

「フィリップ黙れ」

「でも暑いんだよ〜」


 確かにフィリップの言う通り暑かった。

 俺も額を汗をかいているし。


「確かに暑い。看守、時々でいいからドアを開けてくれねえか?」

 ゴロツキが看守に頼む。


「無理言うな17番」

「釈放されるのに逃げねえよ」


  ◯


「どうしてお前だけ名前呼びなんだ?」


 俺は小声でフィリップに聞く。俺やゴロツキは番号で呼ばれるのにキザ男だけ名前だ。


「そいつは常連なんだよ」

 と看守が忌々しく答えた。


「……お前」

「おいおい、そんな目で見るなよ。俺が悪人なら釈放しないだろ?」

「いや悪人だからな」

 と看守が間髪入れずに咎める。


 それにフィリップはへらへらと笑う。

 しばらくしてドアが開かれて役人がフィリップを呼んだ。


「お! やっと来た。遅かったじゃないの」

「忘れ物をしたやつがいたんだとよ。それでだ」

「ふうん」


 立ち上がったフィリップは伸びをした。そして俺達に向かって、「お先に〜」と言い、役人に連れられフィリップは部屋を出て行く。

 次はゴロツキか自分かと待ったが、これがまたなかなか呼ばれなかった。


「遅くね」

 無言だったゴロツキがとうとう言葉をかけてきた。


「確かに。検察官の聴取って長いのか?」

「いや、書類に書かれてることを確認するだけだ」

「聴取の内容がおかしくて調書のサインが嫌とか?」

「調書のサインはない。ここにくるまで警察で聴取を受けて調書にサインしなかっただろ。あるのは釈放手続きのサインだけだ」

「あいつも忘れ物をしたとか?」


 看守は俺達の会話を咎めることはなく、ぼんやりと座っている。

 その顔は早く終わらないかなという表情だった。どうやら看守もつまらないようだ。

 そしてやっと役人がやって来た。


「3番来い」

「やっとか」


 俺は息を吐き、立ち上がる。

 役員は俺を連れてドアを出る。


 廊下を真っ直ぐ進むと十字路の向こうに役員2人がドアの前にいた。1人がドアノブを掴み、ドアを開けようとしている。しかし、鍵が掛かっているのか開かないようだ。


 その内1人の女役員を見て、俺は顔をしかめた。そしてバレぬように俯く。

 十字路で左に折れ、「よし!」と思った瞬間、女役員が二度見してから駆けてきた。


「バーナード!? あんた何してんの!? てか何その顔!?」

「……」


 バレてしまった。


「よ、よう、ジニー」


 その駆けつけてきた女役員は学生時代の旧知で名前はジニー。


「え!? あんた捕まったの? 何したの? 待って! そうだ。ペネロペの奴、顔が腫れてた。詳しくは言わなかったからあんたがやったのね」

「……そうだ。で、俺は捕まってここにいる。今から釈放されるのさ」

「やれやれ」


 ジニーは両手のひらを上に向けて息を吐く。


「ジニー。知り合いのようだがこいつは罪人なので検察官のとこへ送りたいのだが」

 と役員がジニーに言う。


「ああ、ごめんなさい」

「というかジニー、お前こんなとこで何している。持ち場が違うだろ」


 確かにジニーは役所の人間だが検察庁では働いてなかったはず。


「ええ。ちょっと備品を取りに」

「備品?」

「紙です。再入室許可証を作るのに紙が足らなくて」

「この前、大量に作ったはずだがな」

「え〜昨日からありませんよ」

「違うとこに置いてんじゃないのか?」

「それがどこにも」

 とジニーは肩を竦める。


「で、備品室ならとあまりがあるかなと思ったのですが、ドアがかたくて」

「ここも老朽化で建て付けも悪いからな。……ほら、行くぞ」

「またなジニー」


 手を振りたかったが、縄で両手首を絞められているので出来なかった。

 そして俺は役員に引っ張られて廊下を進む。

 廊下を進むと左右に道が別れた。


「釈放にサインしたら右に進め。ドアがあるから開けて外に出ろ」

「はい」


 役員と俺は左に折れて、廊下を進む。突き当たりに検察官の部屋があり、役員はノックする。


「3番をお連れいたしました」


 しかし、中からの返事は待てどこなかった。

 おかしいと思いつつ役員はもう一度ドアをノックする。次は少し強めに。


「3番をお連れいたしました」


 ……。


 けれど中からは返事はない。


 役員はドアノブを回すも鍵が掛かっているのかドアが開かなかった。


「検事! 何かありましたか?」


 役員はドアを叩く。


「クソッ」


 そして役員はどうしようかと決めあぐねていたが、俺の手首の縄をドアノブにキツく括り付け、

「いいか。決して変なことはするなよ」

 と言い、来た道を急いで戻る。


 たぶん合鍵を取りに行ったのだろう考え、俺は1人となり、待ち続けた。


 足音が聞こえ戻ってきたのかと振り向くと知らぬ男であった。


 短い黒髪に涼しげな目、鼻筋も透き通っていて、口元も優しい。女受けしそうな顔だ。体も高身長で、無駄な肉がないことが気立ての良いスーツからも分かる。


 それらから俺はその男が貴族であると理解した。


「何をしているんだい?」

 涼やかな声が男の口から発せられる。


「部屋が空かないから役員が合鍵を取りに行ってるんだよ。で、俺は待ってる」

「ふうん」


 男は俺の言葉を確認するようにドアノブを握る。ふと男が近づいた時、花の香りがした。

 そして男はドアノブを回し、押す。


 すると──。


「開いた!」


 俺は驚きの声を発した。だってさっき役員が何度試しても駄目だったのにふらっと現れた男が何のこともなく開けたのだから。

 男は部屋の中へと入る。


 ドアノブに縄が括られているので必然と俺も部屋へと足を踏み入れた。


 そして部屋の中に入った俺は絶句した。


 なぜならフィリップと検事らしき初老の男が絶命していたから。

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