悪魔探偵

赤城ハル

第1話 ドナドナ

 二葉亭四迷の小説「浮雲」をご存知だろうか。


 なぜそれをと申しますと今の状況はから始まっているからだ。


 というのも、同期で友人気取りの奴が残り、俺はクビ。おばさんにはタラレバの説教。「上司に媚を売れば」とわめかれ、そして後日、友人気取りの奴がおばさん達の前で俺を公開説教。私が怒り、外に出ると中から笑い声が。


 小説「浮雲」ならここで主人公は何もしないが、俺はすぐに屋敷に戻り、「何が友人だ! 建前言うな。結局お前は人を馬鹿にしたいだけだろ!」と啖呵を切って、ドアを屋敷が震えるくらいに強く叩き閉めて外に出たのだ。


 その後、あてもなくブラブラして飲めない酒もガブガブ飲んで、とうとう夜になった。おばさんの屋敷に帰るのも気が引けるので、今夜はどうしようかと彷徨っていた時、奴と出くわした。奴は俺の知らない友人知人らしき者を連れて夜の町を歩いていた。


 向こうも俺に気付いたのか目が合うと悪巧みの目を向けて俺に大きな声で呼びかけてきた。おばさん達の前だけでなく、友人知人はたまた衆人の前でも俺を馬鹿にしたいらしい。


 呼びかけに無視をしたが、あいつは駆けつけて俺の肩を抱き、お連れの者達に俺のことを嘲笑ぎみに紹介する。


 肩の手を払い退けて去ろうとするも、あいつは無理矢理腕を掴んで引っ張る。

 そしてあれこれとまた馬鹿にする。

 そこでカチンときた俺はあいつを殴った。


 殴られたあいつはすぐに殴り返し、俺もまた殴り返した。あいつの連れも止めるのでなくあいつに加勢するよう殴ってきて……そして一方的に俺は敗れた。


 そして俺は今、牢屋にいる。ここにぶち込められて3日目。


 肩を掴んだのは向こうだし、どうみてもこっちが被害者なのだが、どうやら俺が先に手を出したということになっているらしい。仮にこっちが先だとしてもボコボコに殴られたのだから向こうが過剰防衛で捕まるべきではないか。


 普通ならそうだ。


 だが、それは日本でのこと。


 のここでは日本の法とは違ったものが作用する。


 俺は平民。奴は媚を売り、成り上がった男爵。そして奴を可愛がる上司は子爵。


 貴族社会では平民は基本何をしても負ける。例え成り上がりの爵位だろうが男爵は貴族なのだ。


  ◯


「3番、送検だ。出ろ!」


 看守にそう告げられて俺を牢屋から出された。そして俺は看守に腹を縄で締められて引っ張られる。引っ張られた俺は裏口から外へと出された。数日ぶりの日光が俺の目を突き刺す。目を細めていたらガンをつけられたと勘違いしたのか看守が、

「何をもたもたしている。早くしろ!」

 と怒鳴り、腹の縄を強く引っ張る。


 門の前に馬車があった。あれに乗れというのか。

 看守は馬車の荷台を開けて、縄をほどく。ほどくといっても俺の腹に巻かれた縄だけで、両手首の縄はそのまま。そして看守は顎で乗れと言う。


 馬車には4人の罪人が乗っていた。


 いかにも悪そうなゴロツキから犯罪を犯しそうにないような奴まで千差万別。


「よう、イケメンのあんちゃん。何しでかしたんだ?」


 俺の目の前に座るキザったい男がニヤついた笑みで俺に聞く。


「顔を見たら分かるだろ」

「喧嘩か?」

「そっちは?」

「何に見えるよ?」


 質問を質問で返され、イラっときた。

 そのキザったい男はを着ていた。


「詐欺師か?」


 男は笑うだけで返事をしなかった。

 そして馬車は俺らの尻を揺らさせながらゴトゴトと進んだ。どうやら俺が最後だったらしい。


「あんたは?」

 とキザ男は隣の優男に聞く。


「……別に」


 優男は顔艶は良いが少しボロボロの服を着ていた。


「娼夫か?」

「は?」

「有閑マダムに買われたのか?」

「お前な!」

 優男が凄む。


「静かにしろ!」

 馬車に乗ってた看守が怒鳴る。


「すみませんね旦那」

 キザ男は全然反省していない調子で言う。


「で、あんたは?」

 次にキザ男はゴロツキに声を落として聞く。


「……お前な」


 俺は溜め息を吐いた。

 先程怒られたのにどうして口を開くのか。


「見た目通りさ」

「ふうん」


 そして最後に奥の男に、

「あんたは?」

「お前には関係ない」

 と冷たく返された。


 奥の男は冷たい目をした男だった。

 物苦しい空気の中、なぜそんなに悪事を聞くのか。


 暇つぶし?


 それとも今後の刑務所での生活のためか?

 でも名前は聞いていないな。


 ……。


 にしても刑務所か。


 いや、まだ決まったわけではない。

 裁判がある。


 そこで無罪か叙情酌量かのどちらかで減刑を目指すか。


 そんな事を考えているとキザ男に、

「そう暗い顔しなさすんなって」

「あん?」

「どうせ釈放さ」

「釈放? どうして?」

「おっ!? やっぱあんた初めてか?」


 いちいち癪触る奴だな。


「……で、どうして? 送検だろ?」


 キザ男は周囲の顔を見る。


「どうやら知らないのはあんただけってことか」

「なんだよ。勿体ぶるなよ」

「いいか? 送検には手続きが必要なんだよ。でも、今回俺達は捕まって何の手続きもなしに送検だろ? これは釈放送検さ」

「釈放送検?」


 なんだそれ?

 不起訴や起訴猶予は聞いたことがあるが釈放送検は初耳だ。

 この世界特有のルールか?


「検察官から聴取というか書類確認を受けて、その後で所持品を返されて釈放。それが釈放送検さ」

「へえ」


 俺は周りを伺うがその他の罪人達は知った顔だった。本当に俺しか知らなかったということか。


「でもなんで送検? 釈放するのに送検なんて必要か?」


 俺の質問にキザ男は笑った。


「あんた喧嘩をしたと言うが、相手は貴族だろ。そして貴族に非がある」

「……ああ」


 悔しいが当たっている。


「そういうことさ。裁判になったら困るやつがいるのさ。例えそいつが勝てる裁判でもな。だから釈放するけど俺達に非があるような送検という形が必要ってわけよ」

「フィリップ! お前とその馬鹿を一緒にするな」


 看守がキザ男に向け、怒鳴る。キザ男の名前はフィリップというのか。

 てか俺、馬鹿にされた?

 フィリップはニヤけた笑みで両肩を上げる。


 てか、俺と違うってことはこいつは別?


  ◯


 そして俺達を乗せた馬車は検察庁に着いた。


 検察庁はそれはもうずいぶんとボロかった。震度5あたりの地震で壊れそうなくらいだ。


 俺達は馬車から降ろされて、一列に並べさせられる。


「いくぞ」


 そして俺達は検察庁の裏口から入らされた。


 検察庁には俺たち以外にも他に罪人がいて、二つの部屋に別けられていた。キザ男ことフィリップとゴロツキ男、そして俺が2番の待合室に通された。


 待合室も検察庁の外観と同じくらいボロくて床は歩くと軋み、椅子は脚の長さがバラバラなのか少し屈むだけでゴトゴトと揺れる。俺達が入ったドアの反対側にもドアがある。


「呼ばれたら、そこのドアから出るんだよ」

 とフィリップが教えてくれる。

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