ひよこ鑑定士、女の園へ

第11話 巡り来るチャンス

 何週間かが過ぎた。

 

「やあシュバルツ君。どうしたんだね、浮かない顔じゃないか」


 寮の廊下に置かれた長椅子に腰掛けて周囲を見張っていると、デネブが寄ってきて隣に腰を下ろした。例によって世にも洗練された所作で。

 

「あー……男爵家の三男坊くらいってのはホントに何にも期待されてないんだと思いまして……」


「あ、もしかしてスキル授与式の件かい」


「ええ。まあもういいんですが」

 

 儀式すっぽかされの件で問い合わせの手紙を実家に送ったら、どうしようもなくガックリするような返事が返ってきたのだ。


 ――「嫡男のガルックス以外は領地から出すことはないと思ってたし、費用も掛かるので見送っていた」だそうだ。ふざけんな。

 

 俺は養鶏の収益から指導料を取って自分の個人資産にしたからまだいいが。次兄のガイナン兄なんかどうするんだ。自分じゃいっぱしの騎士のつもりで領内を毎日見回ってるけど、戦場に出たらひとたまりもないだろ、アレ。 

 

「もういいって、良くはないだろ。十歳儀礼を四つ下に混じって受けるのは気が引けるかもしれないが、受けときたまえよ」


「そうですねえ……まあ機会があれば」


「気乗りがしない、って感じだな、僕には理解できないね」


 俺は長めのため息をついて、自分の膝の上で頬杖をついた。ガイナン兄さんへの気兼ねもあるし、親の不見識を世間にさらすのもなんというか、子の立場としてはやはりためらわれるもので。


「ところで、そこで何を?」


「ああ、カイトスが風呂に入ってるんですよ」



 そう、廊下のこの場所は、浴室入り口の真正面なのだった。彼女の入浴中にうっかり中に入ろうとするやつがいたら、俺が止めるように言いつけられている。

 

「見張りを頼まれてます。一人で入りたいらしくて。」


「この浴室、一度に三人は使えるんだがな……公爵家の一粒種ともなると贅沢なものだね」


 ちょうどそこへカイトスが上がってきた。部屋着にしているベスト付きシャツを着なおしているが、ボタンを外した襟元から鎖骨の辺りがのぞいてなまめかしい。

 

「いいお湯だった。シュバルツ、次入るかい?」


「いや、俺はいいです」


 この後は部屋までカイトスをエスコートして、こまごまとした世話を焼くことになるのだ。風呂に入るのはまだ先、そんなことくらいカイトスも分かっているはずなのだが。

 

「空いてるなら僕が入るとするか……着替えと垢すり布を持ってこないとな」


 デネブはそれほど汗をかく方ではないのだが、清潔には気を使っている。彼は立ち上がると、絵に描いて残したいような所作で一礼して、自室に向かって悠然と歩いて行った。

 

「ところで――」


 カイトスは俺の隣にひょいと腰かけると、デネブの後姿に視線を向けたまま話し出した。

 

「シュバルツ、知ってるかな? 当学院には、実は女子部がある」


「あ、まあそういう話くらいは」


 この世界、女子の社会的地位や扱いは実はそんなに悪くない。親がちゃんとしていれば花嫁修業の範疇を超えた高等教育も受けられるし、軍務につくことはないものの、独立して働くことも別に珍しくはない。

 

 流石に敷地を隣接させるわけにはいかないらしいが、王国の別の場所にそういうものがあるというくらいのことは知っている。

 

「……切り出し方が逆だったな。ええと……実は先日、学院の理事と話をする機会があってね。近く行われる今年の十歳儀礼に、君をねじ込んだ」


「ちょ」


 実家からの手紙のことはまだ何も話してなかったのに。どういうタイミングだ。それに、女子部の話を先に切り出したというのはなんの繋がりなんだろう。

  

「ここからちょっと離れたアブリヨンって町に神殿があるんだが、今年はそこでこの地方の十歳儀礼が執り行われるんだ。で、君もそこで儀式に加わってもらうことになる」


 なんと。うわあ。なんと。


「……ありがたいことですが、その、費用が」


 俺も色々調べてみたが件の儀式、寄付やら旅費やらで弱小の男爵家がつい見送る程度にはかかる。俺の個人資産でも出せなくはないが、ともすると学費にまで食い込みそうだ。


「……気にするな、立て替えさせてもらった。君との同室、最初は死ぬほど嫌だ生理的に絶対無理だと思っていたが」


 無慈悲な言葉の凶器が俺を襲う――え、立て替えた?


「今日まで過ごしてみれば、色々気配りもしてくれるしこうして秘密保持に協力もしてくれる。一緒に武勲も上げたしなかなか悪くない……だからこれは、僕からの褒美だと思ってくれ。で、話は戻るが」


「あ、はい」


「女子部はそのアブリヨンにあるんだよ。で、儀式には女子部からも何名か参加することになってるんだ」


 何やら微妙に怪しげな雲行き。俺はカイトスの次の言葉を聞き逃すまいと、耳に神経を集中させた。

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