幕間その1

カイトス、母になる(?)

 ココッポラ村から帰った俺たちは、休む暇もなく報告や事後処理に駆け回った――カイトスは別としてだ。

 彼女は学院に戻って以来、我が家謹製の痛み止めを服用してベッドに潜り込んでいる。

 

 卵不足の原因がコカトリスの跳梁と角鶏たちのカルシウム不足、という報告は食堂支配人を驚かせたが、彼はすぐに然るべき方面へ手を回したようだ。

 コカトリスについては、冒険者を雇って村の警備と残った個体の駆除。カルシウムについては魚粉に代えて、カキ養殖場から廃棄されたカキ殻を供給するそうだ。

 

 社会を実務面で回すのは大人の仕事。俺たちは情報収集によってそれに貢献したわけで、報告を受けた学院長からはねぎらいのお言葉をいただいた。まあ、幸先は悪くない感じだった。

 

「ときにシュバルツ君。尋ねたいことがあるんだが……」


 部屋を区切るカーテンの向こうで、ベッドに横たわったままカイトスが語尾を妙な具合にひねり上げた。

 

「俺に答えられる事なら、ご遠慮なく」

 

「何で僕は、コカトリスの卵を腹の上で温める仕儀になってるのかな」


 実に不本意そうな声。理由はまあ説明しづらいが一応あるにはある。

 

「その卵の大きさ、明らかにおかしいらしいんですよ」


 持ち帰った卵を魔物学の教官に見せたらそんなことを言われた。コカトリスの卵は文献によれば長径がメートル法換算で十五センチ、短径が十二センチほどの楕円形だ。しかしこの卵は、角鶏ホーンドコックのそれとさほど変わらない。つまり鶏卵サイズ。

 

 何やらインスピレーションを受けたと思しい教官は、俺たちにそれを温めて孵すことを依頼してきたのだ。


「そういうことを聞きたいんじゃない」


 はい。分かっております、カイトス公子殿下の言わんとすることの力点は、「何で僕が」ですよね。


「すみません。授業も教練もすっ飛ばして寝て居られるので、ちょうどいいということになりまして」


「なんてひどい理屈だ。やっぱり僕、君を生かしておくべきではなかったんじゃないかな……」


 物騒なことを言い出した。きっと今、彼女は衣装掛けにぶら下げた剣帯を見ているに違いない。

 

「大丈夫ですよ」


「何がだよ」


「コカトリスでも初生雛はまだ毒蛇も毒虫も食ってないですから、爪に毒はないそうです。そしてそいつら、もうじき孵ります」


「……なぜわかる」


「さっき温めお願いする前に触ったら、もう雌雄が分かったんで」


「待て待て。先一昨日の晩に聞いた話と違うぞ。生まれる前のものは分からないんじゃないのか」


「卵は胎内じゃないですからね……」


 そう、人間を触る場合は母体の性別が分かるだけ――微妙におかしなことを言ってる気がするがまあいい、それに対して卵は直接触れるから、中でひよこが形になればある時点から鑑定可能になるのだ。

 

「げっ、動いた! うわ、わ! すまんシュバルツ、ちょっと見てくれ。カーテンのこっちに入っていいから!!」


 カイトスが急に切迫した声を出した。俺も慌ててカーテンをめくり、ベッド脇にかがみこむ。不満そうな物言いと裏はらに、彼女は腹の上に毛布で丸く堰を作って卵を囲い、転げ落ちないように卵と毛布を優しく手で押さえていた。

 

 パリ……

 

 卵の一つに亀裂が入り、小さなくちばしがこちら側に突き出した。雛は時間をかけて少しづつ殻を脱ぎ捨て、やがて彼女の白く滑らかな腹の上に、尻尾のある濡れそぼったひよこが転がりでてぴいぴいと鳴いた。

 

 その夜遅くまでかかって、都合五匹がめでたくこの世に誕生したが―― 


「あっるぇー?」


「どうしたんだ、そんな変な声出して。取り合えずこいつらを連れて出てくれ、身体を拭いて着替えてちゃんと寝たい」


 俺はひよこ達を空き箱に入れて抱え、自分のパーティションに戻った。改めてしげしげと観察する。

 

「……こいつら角鶏ホーンドコックのひよこだよな、どう見ても」


 この事実を解釈するに、一つの仮説が成り立つ。ココッポラ村で最初に開発された角鶏の最古品種とは、コカトリスかその近縁種から生み出されたものなのではなかろうか。

 そして、あの「コカトリス」は逃げ出した角鶏が野生化し、過酷な環境の中で動物を捕食するようになって、先祖返りしたものなのでは――

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