第7話 村に潜む脅威

 国内で活動する、王立の常備軍や領主が招集した地方軍――そうした軍の要請に応えるため、王国では各地に武器廠を設けている。


 フロベルの王立武器廠もその一つ。職人を集めて刀剣や甲冑、火器などを、この世界なりに可能な範囲で規格化して生産し、必要に応じて供給している。

 個人相手には売らないのが建前だが、王立学院で学ぶ俺たちのようないわば幹部候補生には、例外として所定の手続きを条件に卸してくれるのだった。

 

「16番サイズの実包を三箱ぶん、何とか掻き集めてもらったよ」 

 

「三箱!? ずいぶん沢山買い込ん……買い込みましたね、殿下」


 記帳を済ませて荷物と共に戻ってきたカイトスを見て、俺は流石に首をひねった。

 脂を浸ませた紙に包んだ、実弾入りの薬包がつごう百八十発分。しかし彼女が持ってきている短銃は、前世だと十八世紀頃に使われていたような、単発・先込め式の滑腔スムーズ・ボア銃だ。

 俺自身もそんなに詳しいわけではないが、これをそんなにバカスカ撃ちまくるような距離やペースでの戦闘というのは、あまり発生しえないのではないだろうか。

 

「ああ。これにはちょっと理由があるんだ。機会があれば御覧に入れるよ」


 謎めいた笑顔をちらりと見せて、また彼女は俺たちの先頭に立って馬を進めた。

 フロベルでは俺もちょっと買い物をしておいた。シンプルな拵えの長剣を一本だ。  

 家を出る時に選んだ剣が実のところあまり出来のいいものでなく、柄の部分が緩んで微妙にガタついていたのだ。

 別に家伝の宝剣とかではないので、武器廠で預かってもらってある。

 

 

 ココッポラ村には昼ちょっと過ぎに着いた。どこかで鶏の鳴き声がするが、村に近づいても人影が見あたらない。

 

「なんだ? まさか廃墟にでもなったってのか?」 


「いやシュバルツ君、それは早計だろう……それほどの事件なら、支配人の耳にも届いてるはずだよ」


 デネブが冷静な意見を口にする。確かにそうだ、支配人は昨日、「事情がつかめない」としか言ってない。

 ということは、これは……

 

「卵の品薄とはあまり関係ない、突発事態ってことか」


「しっ……子供の泣き声が聞こえた気がするぞ」


 カイトスが馬を止めた。片耳に手を当てて、辺りの音に耳を凝らす。俺も真似して、手を集音器代わりにして目を半分閉じた。

 

 聞こえる。声を殺してしゃくりあげているような、乱れたかすかな息遣いだ。何かを恐れて家の中にいる――何かって、なんだ?


「二人とも、周囲を警戒! この辺に何か――」


 俺がそこまで言いかけた時だった。 

 近くの藪がガサッと揺れて、なにか大きなものが飛び出してきた。巨大な鳥めいたそれは、鋭い爪を具えた足を突き出しながらデネブにとびかる。

 

「危なッ……!?」


 惨劇を予感して息をのむ。だが、デネブは不思議な動きで爪の下をかいくぐり、手綱を放して馬から跳び降りた。 

 

「残念だったな。僕にかぎって、不意打ちや初見殺しやらの一発狙いは通用しないのさ……!」


「デネブ卿、よくぞ無事で。だけど……馬が!」


 怪鳥の爪でかきむしられ、デネブの馬が膝をついていた。その肩のあたりから、何か得体のしれない変化が起きている。栗色の毛並みだった馬の体から見る間に毛が抜け落ち、どす黒い紫色に変色しつつあった。


 怪鳥から距離を取りつつカイトスが叫んだ。

 

「気をつけろ、たぶんコカトリスだ!! 毒にやられたら助からないぞ!」


「コカトリスだって!?」


 前世の伝承にも同じ名前の怪物がいた――RPGなんかでおなじみのやつだ。石化能力でないだけまだマシかも知れないが、毒で死ぬのも大した変わりはない。


 俺たちは怪物から距離を取って対峙した。三人がそれぞれ三方向から囲むような形になると、そいつは次に襲うべき目標を選びかねたのか一旦動きを止めた――それで、全貌が明らかになった。

 羽毛ではなく鱗に覆われた太く長い尾を持ち、頭部には過剰に発達した冠状の角を持つ、体高二メートルを超える巨大な鳥。角鶏ホーンドコックに似ているが、これはもうむしろドラゴンの範疇に入れていいくらいの怪物だ。

 

「シュバルツ、デネブ卿を助けて後ろへ下がれ! こいつは僕が仕留める」


「無茶だ、カイトス!」


 制止する俺に首を振り、彼女は鞍袋から短銃二丁を引き抜いた。装填は前もってしてあるはずだが――

 

 ――パァン!

 

 銃声がこだまし、びっくりするような大量の黒煙と火花が銃口から噴き出した。俺は馬を速足トロットで走らせながら、腕を伸ばしてデネブを拾い上げようと試みる。彼は嘘のような身軽さで、俺の鞍の後ろに飛びついた。

 

 ――パァン! 

 

 続いてもう一発。命中したかどうかは煙のせいで確認できない。

 

(これで仕留めるか撃退できなければ、彼女が危ない……どうする?)



 ――パァン! パアン! パァン! パンパンパンパン、パパン!

 

 つるべ打ちに続く銃声に、俺は耳を疑った。カイトスは煙を避けて風上に移動しながら、単発のはずの銃を連射していたのだ。

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