第6話 伝統への小旅行

 支配人はまだテーブルのそばに残っている。俺は彼を手招きして小声で尋ねた。

 

「……なあ支配人。卵のような安いものが品切れというのは少々珍しく聞こえるんだが」


「ええ、そうなんですよね。私もよく事情がつかめずに困っているところです」


 食堂で使う卵は、少し離れた山あいの農村から出荷されているという。

 

「ココッポラ村と申しましてね、古くから養鶏をやってるらしいですが……」


「おお、ココッポラ村か!」


 デネブが何やら食いついた。知っているのか〇電。

 

「有名な村なんですか?」


「ん、シュバルツ君は確かミロンヌの男爵家だろ? それが王国で一番古い鶏種を守ってる村を知らんとは」


 なんと。


「いや、初耳です。面目ない、ミロンヌは確かに養鶏で急成長中ですが、いかんせん参入がほんの近年ですので」


「それなら仕方ないか。しかし、品切れの件は気になるな」


「同感ですよ。気になりますねえ」


「……やれやれ、君たち二人は卵が縁でこう、仲良くなれそうだな?」


 首をかしげ合う俺たち三人に、支配人が弁解がましく言った。

 

「今後も出荷数が戻らないようなら、近隣の街から冒険者でも雇って調査させるつもりですが……」


 消沈する支配人を前に、デネブが不意に顔を輝かせた。

 

「待ちたまえ。その調査、僕たちが出向こうじゃないか!」


「僕たち!?」


 思わずのおうむ返し。俺はデネブをまじまじと見てしまった。

 

「ちょうど明日から三日間、先生方の研修に合わせて講義が休みになる。外出許可を取って、行ってみるというのはどうかな?」



    * * * * *

    

    

「よかったんですか。まだ調子悪いんでしょう?」


 部屋に戻ると、俺はカーテン越しにカイトスに言った。

 あの後結局、ココッポラ村へ調査行に向かう方向で話がまとまったのだ。それも、カイトスを含めた俺たち三人で。  

 

「大丈夫だろう。君の痛み止めがあればなんとかなりそうだ。学院にいると何かと気を張ってばかりだし、むしろ外出はありがたい」


「いやしかし、着替えとかは……その、いろいろと障りもあるんじゃあ……」


「出血の事なら心配いらない。乾燥ヤマクラゲを仕込んだ綿花の当て物をふんだんに用意してある」


「なるほど、ヤマクラゲ……」


 日本でいうところの「山クラゲ」ではない。あれはレタスの一種の茎を乾燥させたものだが、こっちで言うのはちょうどビデオゲームに出てくるぷよんぷよんした「スライム」を思わせる、移動能力を持った原始植物だ。

 ゲル状の外皮の中に吸水性に富んだ組織を抱えていて、雨天時には体積が数十倍に膨れ上がる。食用にこそならないが、生息地周辺では様々な用途に利用されるものらしい。

 

「着替えは……まあ男物の服なら着脱に手助けはいらないさ。僕は一人部屋を取らせてもらう。君もデネブ卿と男二人で気兼ねなくやるといい」


 そう都合よく部屋割りできる宿泊先とは限らないのだが、カイトス、いやミラはごくごく楽天的に考えているようだった。

 

 

 さて翌日。俺たちは学院の厩舎から馬を三頭借り出して街道へ出た。学院の制服として定められた提灯袖パフスリーブ胴着ボディスの上からマントを羽織り、着替えなどの荷物は鞍嚢サドルバッグに放り込んである。

 

「途中でちょっと寄りたいところがあるんだが、構わないかいデネブ卿?」


 先頭を行くカイトスが振り向いて、街道からやや外れた方角を指さした。

 

「必要なら、もちろん……しかしそっちは確か」


 デネブは額に手を当てて何か思い出す様子だったが、得心が行ったようにうなずいた。

 

「フロベルの王立武器廠か。もしや、銃器を?」


「うん、剣以外にも武器があった方がいいと思ってね。弾薬を少し多めに欲しいんだ」


 そう言ってカイトスは、鞍嚢につけた二本の短銃を後ろ手で叩いた。

 この世界ではすでに銃器が発明されていて、使い手の少ない魔法を補完するような形で、軍事上の重要な地位を占めているのだ。

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