卵、品薄の秘密
第5話 動くに華麗なる男
「やあお二方。ここ、座ってもいいかな?」
頭の上から降ってきた、爽やかな美声につられて顔を上げると、そこには剥き卵がいた――おっと失敬。
確か同期の学院生で、どこぞの伯爵家のご令息だったはず。色白で張りのある肌をして黄色い髪を形よく撫でつけた、まあ美少年と言っていい貴公子だ。
……体型に目をつぶれば。
学院にある食堂は、メニューこそ日替わり定食のみ、配膳も基本的にセルフサービス。ただし広大なフロアには丸テーブルが程よい間隔で置かれ、気の合ったメンバーで固まったグループでテーブル一脚を占有するのがお決まりの風景だった。俺とカイトスはその中で、贅沢にも二人だけで一つのテーブルを使っていた。
「どうぞ、構わないよ」
カイトスが鷹揚に答えたので、俺はさっと立ち上がって、ころころと健康そうに太ったその幼児キリストの似姿めいた少年のために、テーブルの空いた椅子を引いてやった。
「どうぞ、ええと確か――」
「……アルジャナエ家の嫡男、デネブ卿だよ。今のうちに同期の顔と名前は全部覚えておけ、シュバルツ」
「は、申しわけありません」
「いやいや君、気にしないでくれたまえ。失礼します、カイトス公子」
デネブ卿は丸パン二個とスープの鉢、仔牛肉のピカタとサラダ、それに何か丸いものの入った盃を載せたトレーを片手で支えたまま、ふわりと――シャボン玉が地面に向かって漂い落ちるような身ごなしで席に着いた。
(えっ、何今の。すっごい)
思わず目を丸くする。見た限りいま彼が着座する過程で、スープ鉢の中の液面は殆ど動いてなかった。
「いかにも、僕はケイジョー子爵(※)デネブ・アルジャナエ。いずれメスティングの伯爵領を継ぐ男だ。フフッ、どうあれ直ぐに覚えることになるさ」
デネブ卿は軽やかにトレーをテーブルに下ろすと、略式で一対用意されたナイフとフォークを手にして――次の瞬間ぴたりと止まった。
「んっ?」
すでに食事を始めていた俺とカイトスのトレーを交互に見つめ、また自分のトレーを見る。
「むう」
テーブルに置かれた呼び鈴に向かって、彼は肩の高さでくるりと回した左手の人差し指を、花にとまる蝶のように軽やかに下ろした。
なんとこの男、一挙手一投足の全てが高度に訓練された無駄のない、無駄に華麗で優美な動きだ。
俺たちのテーブルまで早足でやってきた食堂のフロア支配人が、デネブの要求を待って身を固くする。
「……僕の食事にゆで卵がついていない。どうしたのかね」
「ははっ、説明が足りず申しわけございません。ゆで卵は先ほど本日分を切らしまして……! 貴方様のトレーには代わりにこちらの」
そう言って支配人がトレーの隅を四つ指をそろえた手で指し示した。
「プランタ芋のプディング・ベリーのジャム添えをお付けさせていただいております……」
「……そうか」
がっくりと肩を落とすデネブ。正直そのプディングの方が、俺のトレーに乗ったゆで卵よりはるかに美味そうに見えるのだが、彼の落胆はひとかたならぬ様子だ。
「デネブ卿、よかったらこの卵……召し上がります? まだ手を付けてないんで」
「いいの!?」
うつむいた顔をガバっと上げて、満面の笑み。
「ふむ……そんなに卵が好きなら、それ、僕のも進呈しよう」
「――ありがとう! ありがとう!」
俺とカイトスがエッグスタンドごとゆで卵を差し出すと、デネブは涙を流さんばかりにして受け取り、プディングの盃をこちらへ押し出した。
カイトスがちらっとこちらを見て、プディングに真ん中からナイフを入れ、半分を俺のトレーに移す。わあ、なんか儲けた気分だぞ。
だがどうも気になる。卵は安いし、元気な鶏なら毎日でも産むようなものだ。それが不足するとなると……学院の近辺で、なにか変ったことが起きているのかもしれない。
※(嫡男なのでメスティング伯爵が所有する従属爵位を儀礼称号として名のっている。なお貴族の尊称はクッソややこしいのであんまし解像度上げると作者が死にます)
あと、主役二人のイメージラフを描いたのでこちらも、よろしかったら
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