第4話 俺とあいつの共犯関係・2
「理解したか、良い反応だ。東方諸国のような『後宮』はなくとも、国王陛下や大貴族ともなれば、普通は再婚や第二夫人以降を迎えることなど珍しくもない……跡目争いは、彼女らが身ごもったその瞬間から始まる。競争相手が男女どちらを宿したか判るなら――」
「いや、待ってください。俺の能力は……!!」
とんでもない誤解が発生している気がして発言を遮ったが、カイトスは憐れむような笑顔で頭を振った。
「生まれる前は判別できない、かな? そんな抗弁は通用すまいな、外戚の地位を狙う貴族たちは皆それぞれ必死だからね。それに、これだって起きそうなことのほんの一例に過ぎない」
これは参った。俺はそもそも上流社会の近くへ出てくるべきではなかったのか。どうすればいい?
カイトスはベッドの上に身を起こしたまま、獲物を追い詰めた狩猟者の眼でこちらを見据えていたが、不意に瞬きをするとがっくりとうつむいた。よく見ると顔が汗でずぶ濡れだ。
「あ、殿下……まだ痛みます?」
「う、うん……」
彼女は手にした剣を床に取り落とし、そのままばったりとベッドの上に倒れ込んだ。
「こんなひど……久しぶり……なあ君。聞き間違いでなければ…痛み止めがどうとか、言ってなかったか……?」
何だ、ちゃんと聞こえてたのか。
「ええ。使いすぎると胃に悪いですが、効き目は確かです」
「それ頂戴……」
消え入るように告げた彼女の声は、さっきまでに比べてやたらと可愛かった。
(なるほどなぁ、これが素かぁ)
ミロンヌを出る時に持ってきた、家伝の痛み止めを薬箱から一包取り出す。水差しからグラスに一杯注ぎ、開いた薬包と一緒にトレーに載せてカイトスのベッドまで運んだ。
「はい、これ
「ん……」
辛そうに頭だけ起こして、どうにか薬を飲める体勢になった。口を開けてもらって舌の上に散薬を落とす――途端にカイトスが猛然とほっぺたを膨らませ、眉根を寄せて涙目になった。
(吐くなっ!)
耳元で語気強くささやきながら、口の前にグラスを差し出す。何とか唇を緩めて水を受け入れようとしているが、粉の一部がグラスの中に逆流しているのは不可抗力なのだろうと思えた。
「んっく……んぐ。ぷ、んはっ……何だよこれ、
「まあまあ。昔から良薬は口に苦しと申しまして」
「申さないよ。どこの格言だそれ」
申さないのか―。そうかー。
「……とにかく、効くのは間違いないんでご安心を」
カイトスはすぐには返事をせず、しばらく虚空を見据えていたがやがてふっと息を吐いてまぶたを閉じた。
「ありがとう、少し楽になった気がする」
「そりゃよかった。明日も早いですし、しっかり眠るといい」
壁にかかった灯油ランプを吹き消し、カーテンをかき分けて自分のパーティションに戻った。やれやれ。どうにか斬られずに済んだし、上手く立ち回れば公爵家との
そんなことを考えながら寝床に入り直していると、隣から俺を呼ぶ声がした。
「シュバルツ……」
ささやくような声。まだ痛むのだろうか。
「あー。本格的に効くまでは、ちょっと時間がかかるぞ」
「いや、そうじゃない。僕の本当の名を教えておこう。ミラ……ミラ・シャマリーだ」
「……過分な名誉を賜り、恐縮です」
……何やら妙なことになってきた気がしないでもない。ともあれ、学院にいる間にその名前を呼ぶことはないだろうが。
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