第3話 俺とあいつの共犯関係 1


    * * * * *

    

 俺はよほど哀れな表情をしていたに違いない。三つほど呼吸するうちに、カイトスはふっと力を抜いたように剣の切っ先を下げた。

    

「……『ひよこ鑑定士』、か。そういえば聞いたことがある……ミロンヌ男爵領では近年養鶏技術に何らかの革新が起きて、急速に鶏肉や卵の出荷量を増やしている、と」


「そ、そうそう。あれは俺が指導したんですよ。それで領地の財政を上向きにして、収益の一部を積み立てた金をここの学資にしてもらったんです」


「ほほう。なるほど、僕の周囲にはいなかったタイプだな、君は」


 転生した俺が生まれ落ちたのは、ミロンヌというなだらかな丘陵地を領地とする男爵家だった。俺はその三男坊だ。

 もともとが小さな領地でしかない。俺が相続できるような財産の余裕はなく、軍人や官僚、法律家といった進路を進むしかないのだが、そもそも学ぶための資金すら当初はおぼつかなかった。

 

 そこで、俺は転生時に得た「スキル」――一触れワンタッチ雌雄鑑別を生かして、領内で行われていた養鶏を産業レベルに発展させたというわけだった。まあ実のところミロンヌじゅうのひよこを全部俺が自分で鑑別するわけにもいかないので、手先が器用で目のいい、体力のある住民を何人か指導して本来の肛門鑑別法を教えてある。精度はまだまだだが、手掛かりもないよりはずっとましだ。

 

「雄は卵を産まず肉質も食用に適しません。なんで……生まれてすぐに選別して、最低限の数を残して残りは安く売りに出すんです。見ただけで雌雄が分かるとこまで育てると、その、エサ代がですね」


「ふうん……じゃあ、子供のころ祭りの日にこっそり出かけた広場で見かけた屋台のあれは、君のとこから出荷した雄だったのだな」


「あ、見たことありましたか」


 角鶏ホーンドコック――この世界の「鶏」は前世のものとはだいぶ異なっていて、羽の中ほどにカギ爪、頭部にはトサカの代わりに頭骨が隆起した角があり、尾は地球の鳥類のように退化することなく、中生代の始祖鳥に似た長い形態を保っている。

 人によく慣れるが雄は気性が荒く、自分のテリトリーを守ろうとする性質があるため、少々裕福な家ならこいつを番犬代わりにすることも珍しくはない。

 

 見た目がちょっとデフォルメされたミニサイズのドラゴンめいててカッコイイので、男の子には人気のペットだ。ただし素人が飼うとだいたい一週間くらいでころりと死んでしまう、トラウマ量産機でもあった。

 

「結構長生きしたのだが、乳母が捨ててしまってな。腹を立てて三日くらい泣き喚いた」


「はは。そりゃあ子供にはキツいですね」


「まあ、そんな話はいい。秘密を知った君をどうするか考えないとな」


 ちょっと見には、俺が一方的に絶体絶命の窮地に追い込まれているように見える。

 だがこれで騒ぎが大きくなったりすると、カイトスの方も自分が女であるということが露見しかねない――それを懸念しているのだろう、彼女は唇を軽く噛んだまま、せわしなく視線をあちこちへ動かして懸命に何か考えている様子だった。

 

(えーっと、どうすりゃいいんだろな、これ)


 殺されたくはない、もちろんだ。それに彼女の秘密を暴いたところで俺には何のメリットもない。

 寮の空き部屋はまだあるはずだが、部屋替えを願い出るのもあれこれ面倒だ。公爵令息との同室ということで、俺は既にいくらかの注目と羨望を集めている。さらに好奇の目を集めるようなことは避けた方がいいはずで――

 

「ちょっと質問しても? なぜそんなややこしい立場に追い込まれたんです?」


「うん……父、現バランセン公爵は結婚が遅くてね……初老に差し掛かって結ばれた母のことを溺愛していたようだ。それで、僕が生まれたのと引き換えに彼女を失った時、父には再婚するという選択肢が考えられなかった」


 なるほど。それで長女であるカイトスが対外的には男子として生活し、軍学を修めるために王立学院入りした、と。

 21世紀の日本人としてはまあ、非常によくわかる。だが高位貴族家の当主としては、いささか無責任に過ぎる振る舞いというしかない。貴族たちの家庭における最重要事項は、家督の保全と相続の調整であるはずだ。 

 


「ええと。取引をしませんか、カイトス殿下」


「ほう?」


 何を言い出すつもりだ、とばかりに警戒心をむき出しにした顔。だが話を聞いてくれる気はありそうだ。 

 

「秘密を知った俺を殺せば騒ぎになる。といって、目の届かないところに俺がいて何を誰にしゃべるかわからない、というのも嫌ですよね?」


「そうだな……?」


 よしよし、乗ってきた。ここはもう一押し。

 

「貴方の秘密は口外しません。うかつな人間を近づけないよう、そばに控えてお守りしますし、学院での身の回りのお世話も、許される範囲で務めさせていただきます……その代わり」


? 命を保証するだけでは足りんと言うのかい?」


「そりゃあ、まあ。俺はしがない三男坊です。軍や行政府おやくしょ、さもなくば法院さいばんしょあたりに行って自力で出世しない事には身が立ちません。然るべき機会には、学友ということでよろしくお引き立ていただければ、と」


「あきれ果てるばかりの図々しさだな……まあいい。必要な時には便宜を図ってやる。それと、君の秘密も守ってやるさ」


「俺の秘密?」


 あ、いやなことに気づきそうな予感がする。カイトスが口角を吊り上げてにやりと笑うのが見えた。

 

「そう、だ。触っただけで男女の識別ができるというなら、その力を利用したい奴など貴族社会にはいくらでもいる……知られた相手によっては、君の身の自由はまことに危ういものになるだろうな」


「あっ」


 これはまずい。俺のひよこ鑑定、ミロンヌで養鶏に携わる者には周知の事実だが……彼らに詳しく聞き込みでもされたら、俺のが訓練された技術ではなく特殊な能力だとバレてしまうかもしれないではないか――そうなったら、まさしく彼女の言う通りになる。




※ 近況ノートで、この世界の鶏である「角鶏ホーンドコック」のイメージ画像を公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16817139558730623977

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