第4話 菅野さんは裏の方が可愛い
よくよく人には表裏があるという。
例えば、うちの母ちゃんなんか家では天下無双の独裁者であるが、三者面談になると犬みたいになる。
ただ、これは芯がしっかりしていないとかじゃなくて、至って社会にでもでれば当然のことだ。無論、社会のみならず、学校でもそういう人はいる。
俺だって、学校ではそこまでハイテンションではないが、自室に戻ればドラッグハイみたいにテンションが高くなる。ましてや、FPSゲームなんてすれば、『俺の放す弾丸はぁ自動追尾じゃあ!! ガハハハ!!』なんて声が漏れる。無論、その際は妹によって、壁ドンされるわけだが。
ま、とにかく俺が言いたいのは表裏があったて、変じゃないってこと。
むしろ、そこらの奴らが表裏あると思うと、案外人を見るのも楽しくなるものだ。陽気なあいつは家ではかなり無口かもしれんし、実は気弱のあいつは格闘技がめちゃくちゃ強くて、試合になると性格が変わるとか。
そういう変化があって、俺は面白いと思う。
で、ある時だ。そういうはっきりとした変化を俺は間のあたりにしたわけだ。
そう、菅野萌乃を。
彼女はお淑やかで、気が非常に利く女の子だ。むしろ、気が利きすぎて、男子諸君諸々、実は俺のこと好きなんじゃねと勘違いさせてしまうほどだ。てっきり俺は、彼女のその優しさが天然でできた成分だと思っていたのだが、ある時の放課後。それは庭掃除を俺が命じられた時のことだった。校内の裏庭で俺が草むしりを行っていたところ、菅野さんがベンチに座っていた。裏庭のベンチといえば、よほどなことがない限りに人なぞ来ない。
だからだろうか、菅野さんはかなり大きな声でこんなことをおっしゃっていた。無論、一人で。
「っ! なんであたしが気配り上手になる必要があんのよ! なんで、こうでもしないと知り合い一人もできないのよ! ちっ世の中ほんっと理不尽、まじ理不尽よ...」
まぁ表裏があってもいいじゃないと、個性を尊重する俺であったが、さすがにあの時はビビったね。
あまりにもお淑やかなイメージが菅野さんにあったわけだからね。それが一瞬で砕かれるってのは相当、衝撃度が高いわけだ。
で、普通ならこういう場面に遭遇した時、お互いのために場を避けるのが常識だよな? 墓場に持っていくのが常識だよな?
にもかかわらず、世の中ってのはよくわからんもんだ。
俺が立ち去ろうとした瞬間に、スマホの着信音が大音量で響くわけだから。普段は電話なんか来ないんだぜ?
ということで、真の菅野さんとご対面。
「あ、えへへへ。どーも」
俺はそう笑うことしかできんかったね。
一方、菅野さんはというと、まぁ形容しがたい表情をなされていたことは、確かだ。
で、その帰り。
俺は菅野さんによる身の毛のよだつ威圧によって、共に電車に揺られている。行先は須藤駅。須藤駅といえば、あまり本校の学生があまり遊び場にしていない良き隠れスポットだ。俺は本校の奴らと顔合わせをしたくないという理由で、ここらの駅前でバイトをしているもんだ。
さて、駅に着いたらボコボコにされるかもしれねぇ……と、ある程度の覚悟を胸に抱えていると、菅野さんが俺の方を見た。
「……あのさ」
少なからず、俺の知っている菅野さんはこのような口調を使わないが、気にせず「どうかした?」と返す。
「あ、いや……やっぱ今はいい」
どうやら、俺越しに目を据えてから発言をためらったように見えた。
一応、ちらりと振り返ってみると、俺たちと同じクラスの連中がいた。特にと言って、俺とも菅野さんとも関りが深いとはいえんが、顔見知り程度ではあるようなので、どうやら発言は控えたようだった。
そうして、二人沈黙のまま、須藤駅まで揺られるのだった。
改札を降りて、威圧感ある背中にしばらくついていくと、菅野さんは喫茶店の前で立ち止まった。
てっきり裏口に呼ばれて、しめられるとでも思っていたので、俺は思わず喫茶店の看板を仰いだ。
店名は『スガノ珈琲』。かなりシックな感じで、趣のある喫茶店だ。
「その。ここ、おじぃがやってるのよ」
菅野さんはそれだけ言うと、店内に入っていった。無論、続けということだろう。俺も、続く。
店内は外見から予想できるように、味のあるレトロな風貌の間取りだった。
「おー、いらっしゃい」
店奥から出てきたのはひげを蓄えた老父だ。パニック映画とかで猟銃使って、主人公を助けてくれそうな風貌。
「奥、使うから」
彼女は冷たく、そうだけ言うと店奥にずかずかと進んでいった。
俺はどうともいえなかったので、おそらく彼女の言うおじぃである人に軽く会釈だけしておく。
俺の会釈に対し、おじぃもにっこりと微笑んでくれた。
なんとなく、本当になんとなくだけど、その微笑みはの菅野さんが普段振りまくそれに似ていた。
さて、遅れながらに店奥に行くと、まさしくラスボスみたいに菅野さんが座っていた。
……なんか背後に鬼とか見えない?
「そこに座りなさい」
「は、はい」
さりがなく今日、初めての会話だ。
恐る恐るに腰を掛け、菅野さんを見る。彼女は頬杖をついて、何やら悩んでいる様子だ。
「ねぇ、笹原」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、俺はさらに返事の声を大きくする。返事の大きさは従順さを表すのだ。
「その、あたしに……失望した?」
パンチ食らわせるから顔面こっちによこしなさいとか言われるかと思ったら、違った。
菅野さんは寂しそうな顔で、俺の方を見ていた。
「あ、あー、失望か、いや失望とかは全然ないな」
「……どうしてよ?」
「そりゃあ、人間誰だって、二つや三つ違う顔を持ってるからな。かくいう、俺だって家ではこんな感じだ」
ほらな、と自分の口調を強調する。普段の俺はどっちかといえば、敬語よりの丁寧口調だ。
「け、けど、あたしの普段と比べたら大差ないでしょ...」
「なに。これでもか」
フォーーーーー! と、俺はどうにか踏ん張って、家でゲームやってるときみたくハイテンションを演出する。無論、ここが喫茶店であることを忘れて。
めちゃくちゃなハイテンションぶりを彼女に見せたところ、どうやら菅野は一歩後ずさりしている模様だった。
「へ、へぇ。い、家では……そんな感じなのね……」
「おい待て、引くな。さすがに今のは誇張だ。誇張した笹原和樹だ」
「え、えぇ、もちろんわかってるわよ~……うん」
「ぜってぇわかってねぇ! めちゃくちゃドン引きしてるじゃねぇか! 普段あんな陰気臭い奴が水得たらこうなるんだ、って実験的に見てるじゃねぇか!」
「見てないわよ」
「あ、そ、そうなのか」
「えぇ、見てないわよ。けど、動画撮り忘れたからもう一回やりなさい」
「やっぱそういう風に見てるじゃん!?」
自然で反射的なツッコミを繰り出すと、菅野さんは口元を抑えた。
「くふっ、ふふふ」
どうやら、笑っているようだった。嗤うじゃないよね?
しかし、笑わないでくださいとも言えないので、新鮮な彼女の笑う姿を見ていると、どうも照れ恥ずかしくなってくる。
なぜだろう。彼女の笑う姿がとても魅力的だから? それもあるかもしれないな。
「ふふ、ねぇ笹山?」
「あん?」
「あたしさ……これからちょっとずつ素の姿で生きていこうって思うんだけどさ。その、こんな私と、仲良くしてくれませんか?」
こりゃあまさかだ。
表裏一体しようとでも、いうのか。
しかし、先人曰く。
『素の姿のままで生きることこそ、幸福たる人生』
そりゃあだれだって、本当は仮面を被りたくない。
でも、そうせざるを得ないから仮面を被る。その面の下ではいつも考えているんだ。
それは本当の自分じゃないんだって。自分を曝け出せたらどんなにいいだろうって。
もしかすると、彼女はずっとその一歩を踏み出すきっかけを探していたのかもしれないな。
そして、当然、俺も。
「あぁ、実はと俺も素の姿で生きようと考えていてな。しかし、この性格で生きると友達ゼロスタートは避けれんわけだ。だから、そうだな。俺からも言葉を渡すよ。こんな俺と仲良くしてほしい」
お互いに見つめあい、微笑む。
はは、まぁこういうきっかけがあってもいいじゃないか。なぁ?
少々の照れ恥ずかしさと気まずさで沈黙が続く中、おじぃがコーヒーを配膳してくれた。
おじぃは何も言わず俺たちを見つめ、そして微笑んだ。おぉ、やっぱ寡黙で厳かな人なんだな……。かっこいいぜ。
と、思った矢先---
「聞いてくれぇ!! わしの孫が彼氏を作りおったぞぉ!! ふぉおおおおおー! ひ孫伝説!!」
いきなり豹変し、席に座る常連客にそう宣言していった。
おおぉぉおい、じいさん!! 人格変わりすぎだろ!!
どうにかあの爺さんを止めろと、菅野に振り向く。
が、菅野は恥ずかしさあまり、顔を手で覆ってらっしゃった。
そして、小さな声で、微かに小さな声で。
「ち、違うからぁ……」と。
そんな菅野の姿を見て、俺は諦めてコーヒーでも飲むことにした。
砂糖とミルクはまだ入れていないはずなのだが、どうも甘く感じてしまった。
ま、人には案外、激しい表裏があるってことで。
後、菅野は断然、裏の姿の方が可愛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます