第3話 人生二回目の少女
吉崎里琴という少女が正直、苦手だ。
なにせ、彼女はどこか悟ってるとこがあるんだ。ほら、なんていうか、高校生のくせしてすげぇ考えが大人っていうの? なんか17年間生きて、身につくような思考回路じゃないんだよね、彼女。加えて、ちょいとニヒルなところがあってさ、なんかペシミストなんだよ。厭世的だね。あー、言えば大体、暗い話題が振られ、ハッピーなお話は頭にアンがついてしまう。
で、何が言いたいかっていうと、俺はね―――彼女、人生二度目をやってるんじゃないかって、思うんだ。それも、輪廻転生とかの生まれ変わりじゃなくてさ、同じ吉崎里琴を二回。ほら、年を取るたびに思わない? なんかある意味、無双してた幼稚園時代とか小学生時代に戻りて~ってやつ。もちろん、記憶は抹消じゃなくて、自我は残してね。そしたら、無双できるじゃん? 知識で同級生にマウントとって、お泣かせできるじゃん? ヒエラルキートップに君臨できるじゃん! 一瞬だけ神童とか称えられるじゃん!!
……と、閑話休題。お話がぶれてしまった。
ま、とにかくね。そんな夢みたいことをさ、彼女、繰り返してるんじゃないかって。
もちろん、こんな戯言にも証拠はあるさ。
俺ね、一度聞いたんだ。それは二か月前のことなんだけどね、彼女と初めてクラスメイトになって少し経った日のことなんだけどさ。俺、教室に課題を置き忘れていたんだよ。それを取りに戻ろうとしたときに、教室のドアが開いていてさ、彼女は夕日染まる誰もいない教室で、ぽつりと俺の席前にいたんだ。
それで、何かを呟いている様子。だから、耳を澄まして聞いたのさ。
そしたら、彼女は俺の名前を呼んでさ、こういったんだ。
「リョウ君……23年ぶりの再会か……」ってね。
え、えっとぉ、23年ぶりの再会? おかしいねぇ、俺の齢は当時、16歳だよ。
仮に彼女と俺が実は、ありがちな恋愛ラブコメ漫画みたいに幼少期に会っていたとしてもだ(もちろん、その場合はお馴染みの記憶喪失)。せいぜい、頑張っても14年ぶりの再会ってとこが、関の山だろう。
にも関わらず、23年ぶり、おかしいぜ、絶対!
他にも、時々彼女はなんか未来を見てきたかのような発言を度々することがあるのだ。俺もただの間違いだと思ってたけど、調べてみたり、考察してみたりすると、だんだん彼女が未来人であることが証明づけれるようになってきたわけだ。
しかし、吉崎は他のクラスメイトに聞いたところ、中学時代から普通にいただとか、なんなら幼稚園が一緒だったとかいう話も出てきている。つまり、彼女は幼少期から普通に過ごしているわけだ。だから、未来から来たわけではなさそうだ。
すなわち! 彼女は二度目の人生を繰り返しているのだ!
え、証明が弱い? 部分点もあげられない?
ま、まぁ、こういうオカルト話が好きな年ごろってことでさ、流してくれたらいいさ。
もちろん、俺は今日も彼女に探りを入れるけどね! で、絶対にボロを吐かせて、将来に伸びそうな株価を聞いて、俺は億万長者になるのさ! ヌハハ!!
というのは、一割。
実はとさ、どこか孤独気質な彼女に、俺は完全に惹かれているのさ―――
「あ、吉崎!」
昼飯時の騒がしい校舎から離れ、やや2分。
予想通りに吉崎里琴はピロティのベンチに佇んでいた。かなり閑静な場所で、あたりを見渡した所、やはり人はいない。彼女はいつもここで食事をしているのだ。
「……なに?」
整った美人顔から、冷たい目線が俺に刺さる。あまりの絶対零度具合に、一瞬うぐっと後ろめたい気持ちになるが、生憎慣れたものだ。
「いやさ、一緒にご飯でも食べようかと」
「嫌だけど」
「うぐっ! ……とか言いつつ、隣に座ってもどこにもいかない吉崎が案外、嫌いじゃないぞ」
「私がここを離れたら、あなたに占領されたことになりますからね。それすなわち、負けですし」
「ははは、確かに。吉崎はプライド高いなぁ」
俺は空笑いしつつ、菓子パンの袋を開ける。毎度お気に入りのエクレアだ。
「……その、菓子パンは体に悪いですよ。ほぼ糖質ですし。それ食ったら、明日に死にますよ」
「まさかの毒一服盛り!? 俺の生命保険を狙う刺客の存在!?」
「相変わらずにツッコミがうるさいですね……」
「まぁね、ボケ担当が声小さい分、ツッコミが声を貼らないとね」
「別にボケ担当になったつもりはないんですが……」
吉崎はため息をつきつつ、俺の菓子パンに手を伸ばす。
あ、パン取られた。
「とにかく、こんなものばっかり食べるのは関心しませんよ。ちゃんと、バランスを考慮すべきです。じゃないと、明日に死にますよ?」
「ねぇ、もしかしてデスノートに俺の名前書いた? やたら、明日に死が約束されてるんだけど……」
「人間はいつか死ぬんですから、そんな心配はしないでください」
「そのいつかが明日は嫌だよ!? もっと伸ばして!」
「はぁ、まったく……。安心してください、あなたはあと、6,70年は生きますから。……おそらくですけど」
「……なんか俺の未来を見てきたみたい」
「っ!? ち、違います。平均寿命通りに亡くなるだろうと推論したまでです。変なこと言わないでください」
うむぅ、何やら反応が怪しかったような……。
と、吉崎を怪しんでいると、彼女が風呂敷に包まった長方形を俺に一つ渡した。
「え、なんすかこれ?」
「……弁当です。流石に、毎日が菓子パンというのも味気がないと思いまして。勘違いしないでくださいよ、あくまで憐れだからこそ恵んであげただけですから」
「そのツン具合……、絶対俺のこと好きじゃん……」
「だから、勘違いしないで下さいと釘差したでしょうが!」
ぐいと弁当箱を押し付けられ、俺は有耶無耶言わず、頂くことに。
弁当の中身はシンプルでありながら、ボリューミーのある構成で、どれも美味そうに艶輝いてやがる。
「くっ、弁当の品一つ一つが生き生きしてやがるぜ……! トイストーリーならず、メシストーリーだ!」
「何を言ってるんですか、あなたは……」
やれやれ声とともに、さっさと食べてくださいとの声が届く。
「(こんなハイレベルな弁当を俺にくれるとか、吉崎俺に気があるんじゃね?)」
「そんな堂々と私にまで聞こえる独り言は初めて聞きましたよ……。勘違いも甚だしいです。さっさと、食ってください」
「では、海の神、空の神、大地のか……」
「長々しいいただきますはいいんで、さっさと食べろ」
「あ、はい。いただきます」
では、さっそく実食。まずは玉子焼きからぱくりと。
「……んん!?」
こ、これは!
俺ははしたなくも、勢いよく弁当を口にかきこむ。
う、美味い、美味いよ、お母さん! じゃなくて、吉崎さん!
玉子焼きの甘さ具合、佃煮の煮込み塩梅、米の炊き具合、全部が俺好みの食感、味だ。
そして何より、俺の大好物の磯辺揚げ! なんだこの完璧な構成の弁当は!!
「う、美味い! 吉崎、これ超美味い!」
「ふふ、そうですか……」
ちらりと吉崎の様子を窺えば、彼女は俺を見ながら頬杖しつつ、微笑んでいた。また、その微笑み具合が何というか、今まで見たことないほどに優しい顔をしている。何かを見守るような、眺めているような。ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ、悲しい表情が見えた気もした。
ただ、それよりもまずはお弁当が平らげることが大事だと思い、箸をつついていると―――1つの食材に目が入った。
「あのさ、吉崎」
「なにか?」
俺は咀嚼を終えてから、一言。
「実は俺……ブロッコリーが苦手なんだけど……」
「はぁ……全く相変わらずですね。好き嫌いしたらだめですよ」
「……相変わらず?」
「……ん! ち、違います! この前、あなたがブロッコリーは独裁者の次に嫌いだっていうのを耳にしたんです!」
「そこまで嫌いという発言をした覚えはないんだが……。まぁ、いいや。にしても、吉崎の作る弁当は本当に美味いな、伊達に17年生きてるとは思えないほどだ!」
「え、えぇ! 実質的にはもっと生きてることになりますからね!」
「……」
「……っう!」
どうやら、俺のぶっとんだ仮説は案外、立証されてしまったのかもしれない。
とりあえず、話を聞くべく、俺は先に弁当を平らげることにした。
「で、やはり人生二度目を謳歌中と」
「は、はい……」
「どうですか、二度目は」
「び、微妙でしたけど、最近は楽しい感じです。で、でも、どうして私が二度目の人生を歩んでいることを……?」
「容疑者に質問権限はありません」
「ひん、すいません……」
「では、先ほどのお弁当中の発言について、俺との関係がどのようであったかを簡潔にしてお答えください」
「あ、あのぉ……えっと……」
「はっきりと答えてください」
「……ふ、ふぅふ」
「もっと大きい声で!」
「ふ、夫婦でした! ラブラブでした! ずっとバカップルみたいな感じでしたぁ!」
「だったら、なぜ二度目は俺を避ける感じなんですかぁ! 俺に飽きちゃった系ですかぁ!」
「ち、違います! 飽きないです! ずっと授業中とかも見てましたし! なんなら、子供時代の住所も知ってたから、こっそり物陰から見てた具合までです!」
「なるほど。これにて白滝リョウの圧迫面接終了いたします。お疲れ様でした」
閉会。
「で、なんで二度目は俺を避ける感じというか、冷たい感じなの?」
吉崎はドッと疲れが蓄積したのだろう、少々項垂れる姿勢になっている模様だ。
「そ、それは。その、嫌だからです」
「嫌だから? 俺のことが?」
「だ、だから違います! そうじゃなくて……また、別れるのが嫌なんです」
「離婚して慰謝料取られるの、俺?」
「あなたほんとムードぶち壊し野郎ですね! 違います! 死別のことですよ!」
「あ……」
『リョウ君……23年ぶりの再会か……』
いつか聞いた彼女の声が脳裏によぎる。
なるほど。……そういうことか。
「私、自分が二度目を生きているって気が付いたのは3歳の頃だったんです。もちろん、全部が全部覚えていたわけではなくて、本当に極一部ではあるんですけど、そのほとんどが……その、リョウ君と過ごしたことだったんです。そして、数年の孤独のこと。私、ずっと悩んでて。リョウ君のいない人生はもう嫌だって。だから、敢えてこの世界ではリョウ君に会わないようとしたんです。ほら、リョウ君に会わないことに慣れれば慣れるほどに、大丈夫になってきますから」
彼女はつらつらと言葉を述べていく。また、彼女の口調はすっかりと様変わりを果たしていた。
「でも、どれだけ平静を振舞ってみても、やはり少しとは言え、過去の自我ありますから、周りともどこか馴染めないんです。当然ですよね。それで孤独になっちゃって。はは、今もクラスでそんな感じですよね。そうして、ずっとずっと葛藤するたびに、やっぱりリョウ君の顔が浮かぶんですよ。確かに見たアルバムから私の目に映ったすべてが。そして、つい耐え切れなくなって……、絶対に触れないことを条件に見ていたんです。でもね、結局はそれもエスカレートして、高校も同じ場所に選んだって感じです。それで、私、考え方も不器用ですから、上手くして嫌われれば問題ないって。でも、それでも、リョウ君が、リョウ君が……近づいてくるものだから……」
彼女の瞳から、スカートに涙がぼろぼろと。
吉崎は涙を袖で拭おうとするも、上手く拭えていなかった。
どうすればいいんだろうかと、考える前に―――俺の体は勝手に彼女を抱擁していた。
「あぁ、そうだな。吉崎はやり方が不器用だ。生憎、俺は一度、惚れてしまった人にはやばいぐらいにしつこくてね。あの程度じゃ屁でもないさ」
遠くから見た吉崎里琴という人物像はどこか歪に見えた。確かに、彼女は他の誰かとも違って、異質ではあった。
でも、こうして彼女を抱擁すれば、ただただ一人の少女であることに気が付いた。
「大丈夫だよ。その……里琴。今度はちゃーんと俺も長生きするさ。ブロッコリーもモロヘイヤも文句言わずに食うさ。なんなら、毎日像の餌ぐらいに食うまでだ」
「……じゃあ、毎日ブロッコリー尽くしでいいですか?」
「あ、いや、それはさすがにね……」
笑い声と共に彼女は泣きはらした笑み顔を覗かせる。その顔にはやばいぐらいにドキッとした。やっぱ、吉、里琴は鬼くそ可愛い。
「というか、さりげなくプロポーズしてますよね、あなた。私たち、まだ付き合ってもないのに」
「ま、まぁ、時にはプロセスをぶっ飛ばしてプロポーズっていうのもいいんじゃないかなぁ、ははは」
「ふふ、まぁそうですね。時には、こういうのもいいかもしれませんね」
「そうそう、時にはね」
「はい、時には」
俺たちの抱擁はまだ続く。
それは彼女にとって、埋め合わせというやつなのかもしれない。
校舎からは5限目の開始を告げるチャイムが鳴る。
その鐘の音は俺たちを祝福する、そんな音にも聞こえたんだ。
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