第2話 リセット症候群
三春美晴という少女は非常に明るく、元気な日もあれば、大変お淑やかで可憐になる日もある。また、情熱的になる日もあれば、悲哀的になる日も。からかい上手になる日があれば、ツンデレになる日だってある。
それは彼女が決して、気分屋だとか、多重人格者だとかそういう理由ではない。
彼女は、俺の好きな彼女は―――近年流行の『リセット症候群』ってやつに、患っているのだ。
んで、リセット症候群ってやつの説明に参りたいわけだが、その前に俺が彼女に惚れた理由でも述べようか。
それはいらん?
いや、聞けよ。いや、聞いてください。
まぁ、実のとこ理由ってやつがだなぁ、海よりも谷よりも深いわけで...。
えっ、そういうのはいらない?
けど、伝わってほしいんだ! それだけ彼女が好きだということに!!
わかったわかった?
ありがとう、お前は聞き分けのいい子だ。いや、聞き分けがとてもいいお方だ。
理由はな、理由は...、彼女、顔がいいんだ。とても可愛いんだぁ。
は? 結局、理由は顔だって?
ブァッカお前! 顔は大事だよ、顔は!! はっきり言って、内面とかどうでもよくて、むしろ顔よければなんでもいいまであるぐらいだからな!!
で、でもぉ、もちろん好きになったのはそれだけじゃなくて...。
あっ、コラ、男の羞恥姿を見て、吐き気を催すな! あと、待って! いかないでくれ! このままだと、俺がただの面食い野郎になっちまう!
あー、いくなぁ!!
「―――あ、三春さん...」
下校時、まだまだ残暑が続く、この9月。
俺は特にといって、学校で何かすることもないので、いつも通り帰宅に勤しむ。
が、今日は珍しい。駅のホームで、彼女に出会うとは...。
彼女、三春美晴はいつも汗一つも肌から垂らさず、光に照らされ肌は淡く白い。
横から覗ける彼女の顔は揺れた髪に隠れ、全貌は見えないけれど、それだけで美しいとわかるほどだ。
うむ、今日もふつくしい...。
そういや、今日は四六時中学校で寝てたから三春さんの顔はまだ拝んでなかったな。今日も眼福です...。
「あっ、た、田中君!」
ありがたやと、心の中で敬服していると彼女は俺の呼びかけに対し、妙にどぎまぎしつつも微笑んでくれた。
おぉ...!! いや、ただね...。
「あのぉ、俺、吉田です...。田中じゃないっす」
「あっ、そだった! ごめんね、山...田君??」
「山田じゃないっす! あんた鶏頭ですか!? 吉田、吉田っす! 三秒前に言ったよ!」
反射的に突っ込みに入れる。今日の三春さんはこういうキャラなのか...。
かと思えば、そのぱちくりとした彼女の眼光が光り、啖呵を切る。
「アァッ!? どっちも一緒だろうがっ!!」
「ひっ...! ち、違うっすよ!」
「あ...そ、そのごめんなさい。私としたことがいきなり...」
怖キャラに豹変したかと思えば、今度は三春さんの顔色に冷静さが張り付く。
彼女はまだ落ち着きを取り戻せていない様子で、ため息をついている。
ど、どうしたんだ。
今の瞬間だけでも、性格が複数出てきたような...。
もしや、何度も『リセット』されたということだろうか。
ただ、こんな短期間でリセットになることはないはず...。普段は一日毎だろ...。
『リセット症候群』、若年層に突如として流行り始めたこの病は主に、自分という人間を出せない者に対して罹患することが多い傾向にある精神的な病だった。
原理は不明。巷では集団的なヒステリーが伝播して、このような症状が発したいわれているが定かではない。
この病に罹患すれば、性格が多岐に渡って変化することが多くなり、あたかも多重人格のように振舞うことになる。
最新の研究によれば、その性格というのは自身の体験による嫌悪、恍惚、尊敬など影響を受けた他者の性格、人格を模倣する傾向にあるだそう。
クラスメイトの小林君も、このリセット症候群に罹患していて、彼は日が変わるごとに、「世界が、世界が俺を呼んでいるんだ」とか、「うるせぇ! 昼飯いこう!!」とか「オッス、おら小林! 今日の保健体育わくわくっすぞ!」などなど、なんか何に影響受けてるのがもろ見えな感じになっている。無論、これは中二病ではない...はず。
このような病に対し、治療方法はまだ確立しているわけではないが、現在確認されているところ二つのパターンによって完全治癒が確認された。
まず一つ目、ティーンエイジャーの卒業を機になくなった。いわゆる、少年少女の卒業というやつだ。
で、二つ目はだな...―――
「ちょっ、あんた、あたしの話聞いてるの!」
思わず思い耽っていれば俺は指をさされていた。これは、ツン系だな。
「あ、ごめん三春さん、もう一度言ってもらっていい?」
「だ、か、ら! どうして、今日学校であたしに話しかけなかったのよ!」
頬を赤くして、ぷりぷりと怒ってらっしゃる。ツン系もかわいい。
「あー、いやだって、寝てましたし...ね?」
宥めるようにそう言い聞かせれば、またも三春さんの表情が変わるのが伺えた。
「はっ、そのまま永眠すればよかったのに」
「よし、投身します」
「あー、うそ、うそよ! ごめん、線路に飛び込まないで!! 私が悪かったからぁ!!」
ぷりぷり怒ったかと思えば、罵倒したり、俺にしがみ付いてはギャン泣きしたりと、今までには見たことないペースで人格が変わっているようだ。
そんな模様替えが何度も続いているせいで、巷からはあまりいい目で見られていない感じだ。
仕方ない、三春さんの評価を下げるわけにもいかんしな...。
「すいません、三春さん」
俺は彼女の細く白い手を掴む。彼女の腕は熱く、外気にも負けないほどに熱を感じた。
「ふぇっ、あっ。よ、吉田君!?」
三春さんは何かを言うが、俺は気にせず彼女を改札外へと誘導し、人気のない公園へと足を運んだ。
「あ、あのっ...吉田君?」
耳には三春さんの優しい声が届く。
ハッ、場所を変えることに夢中になっていたせいか、ずっと俺は彼女の手を握っていたようだった。
「...す、すいません!」
俺はさっと彼女の腕から手を放し、謝罪のジャブを入れた。っべぇ、しまったわぁ...、三春さんの腕握るとか時代によればこれ死罪だろ。むしろ、現代でも死罪にまでなるレベル。
だが、彼女は全く気にしないでと言わんばかりに首をぶんぶんと横に振った。よかった。おかげで、抒情酌量にて流罪レベルで済む。
俺たちはとりあえず、そこらのベンチに腰を掛けた。
ちらりと、三春さんを窺うと、彼女は腕を組んでいた。なので、俺は謝罪から挨拶する。
「その、すいませんね...。生きてて...、じゃなくて、いきなりこんなところ連れ出して」
「まぁ、気にすんなよ。で、その...、こんなとこ連れてきたってことはよ...。理由あんだろ?」
「あ、まぁそすね。理由はありますけど...」
理由はもち、彼女が変な目にさらされないように。ということな。
「で、その理由は? それ次第では、時間という私の貴重な資本を奪ったということになるのだけれど?」
「わ、訳は言えませぬ...。変わって、この吉田目が腹を切って詫びます...」
「じょ、冗談よ!? やめてよ、ほんとにそんなことしないでよー!」
「あー、わかったんで、襟をつかんでグラグラしないでください...」
今日の三春さんは忙しい。
いや、忙しいのは俺かもしれない。
そんな心地いい忙しさの中、俺は虚空を仰いでふと呟いてしまった。
それは自分の中にある思惑だとか、思念だとか、思い出だとか、そういうのが交じり合ってしまって、特に考えず口に出してしまったのだろう。
俺は言った。
「やっぱ、三春さんが好きだなぁ」
言ってしまったのだ。
そのセリフが撤回すべきものだと気づいたのは、おそらく数秒も経ってからのことだった。
もはや、その空いた間では撤回ができない。だから、すぐさま言い訳をと、口開こうと三春さんを見たとき...。
彼女は、泣いていた。小さな粒が数的、彼女の頬に伝っていたのだ。
すぐに俺は、『やってしまった』と思った。
だが、あまりのてんぱり具合に俺は得意な言い訳すらも反射的には作動しなかった。
「そ、その...」
だから、俺は守るのをやめた。
「俺は、三春さんのことが好きです!! 超好きです!!」
頭の悪そうな告白。告白というのはこんなものなんだとわかった。
好きという言葉を発した瞬間。確かに、騒がしかったはずの梢の揺れや学童の遠い声が耳から消え去った。
そして、冷静になって感じたことはこうだ。
『どうにでもなれ』
一世の告白後、はたまた長い間合いが空き、沈黙が続く。
「あ、あの、三春さん?」
できれば電光石火の如くに手早く振っていただきたいのですが...。あと、できれば冷たい言葉が欲しいです。緊張あまり火照ってるんで...。
「...ありがと」
小さく、消えそうな言葉が聞こえた。
「えっ?」
どういうことかって聞こうとしたときには---三春さんは俺に抱き着いていた。ぎっしり、首元も腕に絡めて。
「え、え、え?」
なにこれ。俺は今日死ぬの? 幸福死しちゃうの?
まったく理解ができない。
俺があたふたしていると、彼女は少し顔を上げて、微笑んだ。その微笑みはとにかく優しい。
「よーし!」
白い歯を覗かせ、三春さんが活きこむと、俺のもとから離れて立ち上がった。斜から差す夕日が彼女の背後を照らして眩い。
「吉田君! 今からデートしよ、デート!!」
「え、あっ、デートすか?」
「そ、デート! ほらほら、はーやーく!」
三春さんは身軽なステップで、先へと進んでいく。
俺は慌てて、カバンを拾い立ち上がった。
そして、どうしても気になった言葉を一つ投げかける。
「あの、三春さん!」
どうしたのー、と少し離れた場所から聞こえる。
「その、今の三春さんは本当の三春さんなんですか!」
濃い影が躍る。その影は少しずつ、俺の方へと伸びていく。
「うん。今の私が本当の私。吉田君がね、魔法を解いてくれたの」
あぁ、そうなのか。
彼女は今日をもって『リセット症候群』を克服した。
「だから、ありがとね」
三春さんは深くお辞儀をした。そして、すぐに明るい顔を見せては。
「ちゅーことで、ほーら吉田君! 行こ!」
俺の手を引っ張った。
彼女の手はとても暖かった。
そういえば、言い忘れていた。
リセット症候群の治療方法その2とやらを。
まぁ、その2はだね、本人が抱えた問題や目標が解決すれば、治癒するだそうな?
例えば、小林君には『お前が人類ナンバーワンだ』と言ってあげれば治った。
他の子は、対象のクラスメイトとクラス分けしたら治った。
ある意味、リセット症候群は少年少女の葛藤を解決しようとする病だそう。
だから、彼女が何度も人格を変えては俺に接してくれたのは、
まさか俺の気を引きたかったとか?
...なんてな。おーっと、諸君たちとまだまだお話をしたいところであるが、生憎今からデートでね。悪いな、ガハハ!!
まぁ、しょうがない。
俺が彼女に惚れた理由でも最後に言ってやるよ。
え、いらない? まぁ、聞いてくださいよ...。
三春美晴はな―――どの人格になっても優しさがあったんだ。
なぁ、これって彼女が心優しい子である証明になるよな?
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